第12話  聖夜を待たず


 いざ始まった期末考査に、奏多は出てこられなかった。とはいえ奏多の場合は事情が事情ということで、後日追試を受ければ問題ないらしい。奏多に会えない日が続いて参り気味だったオミも、試験はなんとかクリアした。赤点ラインギリギリだったけれど、卒業さえできればいいのでこちらも問題はない。

 終業式を終え、いよいよ冬休みに入った。予定は山積みだ。まずはクリスマスライブ。スケジュール的に地元でやれる最後のライブになる。そのぶん優李は気合が入っていたし、オミもいつも以上に力を入れていたように思う。

 ただ奏多だけが不安要素だった。会うことはできないものの、連絡は取れる。一応家で練習はしているみたいだったけれど、スタジオで合わせることは結局できないまま前夜を迎えた。


『二人とも、本当にごめん。本番は絶対行くから』


 クリスマスイブの朝、三人のグループチャットに奏多からメッセージが入っていた。シーレイの出番は二十一時。優李とオミは先に合流し、スタジオで合わせ練習をしていた。正直なところ、嫌な予感が拭えない。本当に間に合うのだろうか。


「つっても、俺たちだけで合わせてもって話だよな」

「まあね」

「奏多のやつ、本当に今日これんのかよ。最悪インストってことにしてもいいけど」

「でも……」


 やはり奏多に歌ってほしい。それが優李の本音だった。

 奏多にボーカルは荷が重いのではないかと何度も思ったけれど、あの話を聞いて以来、考えが変わった。重いからこそ意味があったのだ。無理をしてでも残したい軌跡。生きた証。奏多にしか込められない想いがそこにある。

 ふと、得体の知れない恐怖に襲われた。

 十四畳の防音部屋がやけに広く感じられて、すぐ隣でギターを抱えるオミの顔に靄がかかった。


 ──最後だから、今までで一番最低な甘え方していい?

 ──オミとシーレイをよろしくね。


 よろしくって、なにを?


「優李?」


 動きを止めた優李を、オミは赤い瞳で不審げに見た。優李は返事もせずにぼうっと立ち尽くす。

 この漠然とした不安はなんだろう。前にもどこかで、同じように曖昧な息苦しさを感じた気がする。

 それからしばらく、スタジオ内は静寂に包まれた。

 弾き始めない優李に痺れを切らしたのか、オミはコンビニに行ってくると言って部屋を出た。一人きりになった部屋で何度も深呼吸をして、心を落ち着かせようとする。いったいなにがこんなに怖いのだろう。よくわからない。わからないものを怖がるなんて、時間の無駄だ。そんな暇があれば少しでも多く弦を弾くべきだ。

 しばらくしてようやく気持ちが落ち着き、再びピックを握った。ちょうどオミが帰ってきて、大丈夫かと訊かれる。優李が笑顔を返すと、オミはコンビニ袋を床に放り出してギターを構えた。


「ごめん、ちょっとボケてた」

「テスト疲れだろ」

「オミと一緒にされると複雑だなぁ」

「んだとコラ」


 笑い合うと、ポケットでスマホが震えた。着信だった。相手は奏多のおばさんで、すぐに出ると、奏多が死んだことを告げられた。

 クリスマスイブの夕方、奏多は死んだ。

 聖夜を待たずして、歌うことなく逝ってしまった。


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