ガラスの靴でぶん殴ったら、なぜかデスゲームが始まった件

魔剤呑童子

第1話

暗い森の中で、一人。私は膝を抱え、涙で顔を濡らしながら座り込んでいた。

迷子になって、迷い込んで、ここに一人。


「大丈夫かい? お姫様」


そんな私に、声をかけてくれた人がいた。白馬に乗ったイケメン長身細身王子様が、私に向かって手を差し伸べてくれた。

私はその手を掴み、白馬に乗せてもらった。王子様は色々な話をしてくれた。今は武勇伝だとわかるが、当時はかっこいい冒険譚と思って聞いていた。

森を抜けると、おばあちゃんが私をぎゅっと抱きしめた。王子様は私に笑顔を向け……


「……ラ! ……デレラ! シンデレラ!」

「うぇ?」


私は静かに顔を上げる。ガタガタと揺れるカボチャの馬車の中で、どうやら私は居眠りをしていたようだった。

口の端に付いたよだれを袖口で拭こうとしたが、綺麗なドレスを着ていた事を思い出してやめた。


「おばあちゃん、ハンカチない?」

「全く……」


そう言いながらおばあちゃんは、懐からハンカチを取り出した。私はそのハンカチを受け取ろうとしたが、おばあちゃんはハンカチを引いた。


「それと、私は魔法使いさねぇ。あと言葉使いを気をつけるようにするんだよ」

「あ、そうだったね……そうでしたわね、魔法使いさん。ハンカチを貸していただけないかしら?」


おばあ……魔法使いさんは、私にハンカチを渡してくれた。私はそれで口の端を拭う。

魔法使いさんはため息をつき、私の顔をじっと見た。


「それにしても、あの娘がシンデレラになれるとはねぇ」

「頑張ったから……頑張りましたので」

「競争率No. 1のシンデレラだよ? あんたが受かるなんて、奇跡とも言えるよ……あたしゃ本当に嬉しいよ」


そう言いながら、魔法使いさんは私の姿を上から下まで眺める。

今の私は綺麗なドレスを身に纏い、カボチャの馬車に乗っている。向かう先は、王子様の待つ山の上のお城。

お義母様も、お義姉様達も、立派に役目を果たしてくれた。私に嫌味を言って、先に舞踏会に向かった。その時に甘いお菓子を忍ばせてくれた。緊張をほぐして、頑張ってねというメッセージカードと共に。

シンデレラとして、初めての仕事。これから何度も繰り返し、引退するまで続ける仕事。私が目指したその役の、最高のスタートダッシュを決めれた。


「みんなが私のために用意してくれたんだから、頑張らなきゃ!」

「シンデレラ。口調」

「あ、頑張りますわ」


山の上の城は、目前まで迫っていた。


「さぁ、しっかりやるんだよぉ!」


魔法使いさんがそう言って、魔法で馬車から抜け出す。私は自分の胸に手を当てて、ゆっくりと深呼吸をする。

馬車が止まり、扉が開く。私が降りると、そこには魔法使いさんが待っていた。


「キーッヒッヒッヒ! いいかい? 十二時には魔法が解けてしまうから、気をつけるんだよ」


さすがは魔法使い歴十五年。私を育ててくれたおばあちゃんはそこにはおらず、本物の魔法使いがそこに立っていた。

私は静かに頷き


「肝に銘じておりますわ」


と返答し、城に向かった。

そういえば、ハンカチを返すのを忘れていた。ポケットの中にハンカチをそっとしまい、お城の門を通り抜けた。


お城のエントランスは煌びやかに飾られ、巨大なシャンデリアが天井からぶら下がっている。品の良さそうなウエイターさんに案内され、城のホールへと案内される。ホールでは身なりのいい紳士淑女の皆皆様方が、お淑やかにダンスを踊っていた。ウエイターさんやメイドさん達も、忙しなく動き回っている。この全員が、私と言うシンデレラを盛り上げるためのモブ。その事実が、私の中の不安とそれを上回る期待を膨らませる。

私は所定の位置で待機する。ここで待っていれば、王子様がやってきて話しかけてくれる手筈だ。

私は心を躍らせながら、その場で待機する。踊っている人達を眺めたり、ウエイターさんから飲み物をもらったりしながら時間を潰す。

煌びやかな照明は、私の想像を掻き立てる。

私の理想の王子様。きっと頼れるかっこいいイケメン長身細身王子様に違いない。

私の記憶の中の王子様像が、ぼんやりと見える。


「やぁ美しい人。一緒にダンスを踊ってくれないかい?」


背後から声をかけられる。王子様だ。

私は満面の笑みを浮かべながら、ふんわりと振り返る。


「えぇ。良いですわよ……あれ?」


そこに王子様はいなかった。周りをキョロキョロと見ると、お義母様が目に入った。足元を指差している。

私は視線を下に移す。すると、そこに不機嫌顔の王子様はいた。

私の想像とは違い、ブサイクで顔面凶器。チビでデブのなぜかチキンを手に持って食べている男がいた。まるでどんぐりのようだ。


「僕はここだ。この失礼な女め」

「え、ええと。あなたは?」

「僕か? 僕はこの城の王子だ!」


そう唾を飛ばしながら大声を上げる自称:王子。

これは悪夢だろうか。いや、この嫌悪感は現実だ。顔についた王子の唾が、ぬめりを残して滴り落ちる。王子の口から漂う悪臭に、鳥肌が立つ。


「お、王子様ですか……えぇと」


私は先の言葉を捻り出そうとする。しかし、想像と違いすぎたためにショックで言葉が出ない。

私は一度深呼吸をし、心を落ち着かせる。


(人は外見だけじゃない。見た目は醜くても、心は立派かもしれない。うん)


心の中で結論を出し、王子様をもう一度見る。

王子様は私の事を舐めるように見て、気色の悪い笑みを浮かべる。


「お前、ツラはまぁまぁだが良い体だな。僕の嫁になることを許可してやる!」


そんなセリフは用意されていない。完全なアドリブだ。しかも欲望丸出しの。

王子は私の足を撫でてくる。

つま先から頭の先まで悪寒が駆け巡り、もう一度頭の先からつま先まで悪寒が駆け巡った。

予定されていないセリフをアドリブで言う人はいるという。しかし、それは物語を壊さない程度。この発言は度を超している。


「お、王子様。そんなことよりダンスをしませんか?」


私は顔を引き攣らせながら、王子を引き離す。

私は必死に元の方向性に戻そうとする。しかし王子は私の手を払い除けた。


「触るな下民が。勘違いするなよ、お前は体がいいだけだ。僕に意見する立場にいない事を理解しろ!」


救いを求めて周囲を見る。しかし誰も近づいてこない。みんな目を逸らす。

お義母様など泡を吹いて倒れている。明らかに異常事態だ。


「さぁ、ベッドルームに行くぞ! ぐへへへ」


王子は私のドレスのスカートを引っ張り、城の奥に引っ張っていく。

私はついに、我慢の限界に達した。何かがぷつんと切れたように、周囲の景色が白ける。スカートを振って王子の手を振り払う。王子は、私を睨みつけている。何かを言おうとしていたが、その前に私は行動に移った。

ガラスの靴を片方脱ぎ、それを手に持つ。大きく振りかぶり、王子の頭に狙いを定める。


「いい加減に、しろぉ!」


私はガラスの靴を王子の後頭部めがけて振り下ろした。

王子の後頭部に当たったガラスの靴はバラバラに砕け、周囲に雪のように散った。王子は空中で一回転し、後頭部を地面に叩きつけられた。

周囲は静まり返る。まるで、時が止まったかのようだった。しかし、砕けたガラスが地面に落ちる音だけは止むことがなかった。


(やって、しまった……)


全身から汗が噴き出る。物語を壊すような事をやってしまった。私が必死で長年夢見たシンデレラという役を、今自分の手で破壊してしまったのだ。シンデレラという存在を見ている子供の夢を、今、私が壊してしまったのだ。

頭が真っ白になる。


「あ……あ……」

「き、貴様ぁ……許さん……」


王子がうめき声を上げながら私のことを睨む。


「ご、ごめんなさい!」


私の口からやっと出た言葉は、たったそれだけだった。

まるで弾けるように私は走り出した。逃げるようにホールを抜け、エントランスを突っ切る。

走って門を抜けたため、予定通りに城の鐘が鳴る。大きな時計が指し示している時間は、十二時には至っていなかった。



ドレスのまま、お城の外の森を走る。目的地なんてなく、ただがむしゃらに。

頭の中は


(どうしてこんなことに)


という後悔の言葉が絶え間なく浮かんでいた。

私は間違っていない。間違っていない。そう思いながら、必死に走る。


「キャッ!」


ドレスが木の枝に引っかかり、顔から転ぶ。

土と血の味が口の中に広がる。

その場に座り込み、膝を抱える。


「こんなはずじゃ、なかったのに」


そう呟く。

この日のために、シンデレラになるためにどれだけ努力したか。

メイク、ファッション、姿勢、マナー、言葉遣い、ダンス。興味のないことも、嫌なことも我慢してやってきた。好きだった筋力トレーニングの時間だって削った。

それなのに、この仕打ち。あんまりではないか。

私が何をした。悪いことなどしていない。ただ善良に生きてきただけ。それなのに……


涙が溢れてくる。

それを手の甲で拭う。


ふと顔を上げると、記憶の中の光景と重なった。

ここは、私が迷子になって泣いていた場所だ。王子様に、助けられた場所だ。


「王子様……」


今度は、誰も助けに来ない。


(いいかい? お姫様)


記憶の中で、王子様が私に微笑む。


(正義っていうのは、人を助けて自分も救う道の事を言うんだ。それを忘れちゃダメだぜ)

「……わかってるわ」


それは、自分が肝に銘じて生きてきた言葉。何事にも変えられない、人生の指標。憧れて、恋して、目指した人の言葉。


その言葉を思いだしながら、その場に寝転ぶ。

空には、幾つもの星が瞬いていた。

子供の頃は怖かっただけの場所なのに、視点を変えればこんなに綺麗だ。


「……これからどうしようかな。何かいい案が思い浮かべば良いのに」


そんな夢物語のような言葉を呟きながら、シンデレラはいつの間にか眠りについた。



※※※※



「……ぇ」


目が覚めたら、真っ白な四方の壁と床が目に入った。

周囲を見渡せば、知らない男達が私と同じように眠っていた。


「あ〜あ〜起きろ下民ども!」


どこからかあのクソ王子の声が、大音量で聞こえてくる。その声に驚き、周囲の人達も次々と飛び起きる。

白い壁に、クソ王子の顔がデカデカと映し出される。


「クソ下民ども、突然だがお前達には死んでもらう」


クソ王子は、自信たっぷりに宣言した。

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