32.公妃殿下3


私には同腹の姉がいた。


両親の最初の子供。

姉は三歳の時に不慮の事故で亡くなってしまった。

私が母のお腹の中にいた時のことである。

姉の死のショックで、母は流産しかけ、私は早産で生まれたのだ。


亡くなってしまった姉の分まで生きて欲しいと願われて、私には姉と同じ名前が付けられた。


……と。


ミドルネームをわざわざ「カルロス」と付けた両親の想い。

男の名前をつけることで私が強い王女に育つようにという願いが込められている。


そんなことも知らなかった。

私を姉と勘違いしている位なのだから。



私の伯父だと名乗った男。

血を分けた実の弟に対しても大して関心がないのだろう。

寧ろ、あの男が、両親に子供がいた、と知っている事の方が驚きの状況なのかもしれない。


姉の死を教える気はない。

そんなことをしても意味がないのだから。

あの男の事だ。

表向きの事故死を伝えたら、すんなりと信じそうだ。疑いもなく。

真実は、王妃の座を奪おうとした側妃の一人とその一族による「事故」を装った「暗殺」だった。

その側妃がいうには、姉ではなく母の命を狙ったのだと。お腹の子供、つまり私を生まれさせないために。

当時、母のお腹にいるのは男児だと信じられていたからだ。腹の中にいた私はとんでもないお転婆で、よく、母の腹を蹴っていたらしく「これほど元気にあふれているとは、お生まれになる赤子は男児に間違いありません」と侍医にまで言われていた程だった。

未来の国王の母になる事を夢見ていた妃は、王妃である母が男児を産むことを阻止したかったのだと供述していたらしい。

暗殺発覚後、速やかに、側妃とその一族、そして彼らに協力した者達は毒杯を渡された。亡骸は無縁仏として葬られたと聞く。


暗殺事件以降、父は心を病んだ。

母も、命がけで私を産んでくれたが、そのせいで、二度と子供を生めない体になってしまった。

それなのに、周囲の者は両親の気持ちも考えずに世継ぎになる王子の誕生を望んだ。

次々と後宮に送り込まれる貴族令嬢たち。

父は義務として妃たちに子種を蒔いた。

生まれてくるのは決まって女児。「何故、王子を産まなかったのか」と実家から責められる妃たち。

王子誕生のために送り込まれた妃たちは当然、王の寵愛を求めた。そして勃発する側妃同士の醜い争い。

そのさなかで何人の妃が命を落とした事だろう。

生まれる前に亡き者になった子供たち。

母親である妃の巻き添えを食らって命を落とした数多の姉妹たち。


華やかな後宮を舞台にした惨劇がどれだけ起こったことだろう。


やがて、妃たちは知る。

国王が愛しているのは王妃と嫡出の王女のみだという事実を。


その真実を認めることが出来なかった妃、真実を認めて恨み呪いの言葉をまき散らした妃、絶望して首をくくった妃、諦めて流れに身を任せる妃。


後宮の騒動の外にいた私達親子。


どれだけ側妃たちが王妃とその娘を憎んでも手出しは出来ない。

彼女たちは後宮より外には決して出ることは叶わないのだから。

それは、側妃を母に持つ王女も同じ。


国王が事件後に追加した後宮制度の一つ。

それが私と母を守った。

その制度がなく、従来通りに後宮と外が自由に行き来できる状態であったならば、私たち母娘は、憎悪を向けてくる妃たちの刃を受けていた事だろう。


父は母と私を確実に守り切ったのだ。

そんな父を私は尊敬している。

誰に謗られようとも、己の最も大切な者を守ったのだから。


あんな男に教える必要はない。

教えたところで、意味のない哀れみの言葉を吐くだけだろう。



私が、あの男がいる修道会に行く事はこの先二度とない。

もう、二度と会いたくない。


再び会ってしまったら、私はあの男への憎悪が収まりきらなくなるから。


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