23.公爵令嬢4
“僭越ながら申し上げます。
フリッツ殿下との婚約は私が生まれた時からのお約束でしたが、それが数刻前にフリッツ殿下ご自身から私情を交えた婚約破棄を一方的に宣言されたよしにございます。
かねてよりミリー・デル男爵令嬢と懇意にされていらした数多の男性陣によって公の場での誹謗中傷の数々、高位貴族の子息とは思えぬ行動の旨をここに書き記しておきます。
陛下並びに首脳陣に無断で私にありもしない罪を被せて地下牢行きを言い渡した背景を是非ともお調べくださいませ。
男爵令嬢と「真実の愛」で結ばれることをお望みのフリッツ殿下ですが、かの令嬢の「真実の愛」のお相手は残念ながらフリッツ殿下お一人ではございません。
常々、男爵令嬢は博愛精神に溢れる女性なのだと、私も彼女を見習うようにフリッツ殿下方から助言を受けていたのですが、申し訳ございませんが、仮にも筆頭公爵家の娘である私には理解しがたい行為でございました。
ですが、大勢の殿方に平等に愛を与える事が出来る男爵令嬢をお選びになられたフリッツ殿下は男性として途轍もない大器でございます。
血を重んじ、公に生きる私には、規律や慣習を軽んじて乱すフリッツ殿下のお気持ちに寄り添うことは終ぞ出来ませんでした。
貴族の若き子息、御令嬢方が私を「
人間の本能に忠実な方々とは相容れないことでしょう。感情の起伏が激し過ぎる学園在籍の学生達との輪にも中々入ることが出来なかったほどでございます。
私のような合理的で秩序を大事と考える人間は、自由意志と理性なき感情論を振りかざす我が国の貴族子弟方にとっては、不快しか感じさせなかったことでしょう。
貴族として、王族として生まれ、今の今まで生きてきました私には理解出来ないことでございますが、この国の将来を担う者達が、法なき無秩序の社会を望み、そのような国王陛下と王妃陛下を望んでいたとは露知らず、数々の苦言を、フリッツ殿下を始めとした、皆様にお伝えしてきたことをここでお詫び申し上げます。”
懐かしいものが出てきたので、ついつい、読みふけってしまったわ。
昔の遺書を。
これは遺書であって遺書ではありませんからね。
事実しか告げていませんが、やっぱり若かったのでしょう。
文章が拙すぎます。
ひねりが全くありませんもの。
馬鹿正直に書き過ぎましたわ。
今ならもっと気の利いた悲壮感溢れる文章が出来た事でしょう。
毒を呷って誇り高く死のうとした王族、と私を揶揄する人々もいますけれど、事実はそうではありません。
あの日、飲み干した液体は毒ではなく一時的に仮死状態に近い状態にする薬だったのですもの。
もっとも、帝国の皇室にのみ伝わる秘伝の薬ですから、王国の者達が分からなかったのも無理ない事ですけれどね。医者に診せても「生死の境をさまよっている」という判断しか出来なかったはずです。
そうしなければ、私は今ここにはいられませんでしたもの。緊急の事態だったのですから仕方ありませんわ。
王家の秘密も闇も知り尽くした他国の皇族の血を引く公爵令嬢の存在は思っている以上に危ういものだったのです。
基本、王国は帝国に対して感謝して従順ではありましたが、内心では邪魔に思っていた事でしょう。平和になった今、帝国の存在が目障りになったといっても過言ではありません。帝国側にいるせいで自由貿易が出来ない事も理由の一つでしょうしね。
王国としては戦争の危機がなくなったならば、交易を更に増やして外資獲得に精を出したかった事でしょう。その考えの前に帝国という重しがある以上迂闊に動けない、というジレンマがあったはずです。
貴族の中には味方のふりをした敵。そんな存在なんて、そこかしこにいました。
本当に危なかったですわ。
騒動に乗じて始末されては敵いません。
地下牢に入れられ、看守たちによってこの身を汚され尽くされた挙句、身籠ってしまえば、あの宰相のことです。「王太子殿下を裏切って他の男の子供を身籠った」と言い出しかねません。
帝国を甘く見すぎていますわ。
平和ボケもここまでくれば感心します。
私の消息が不明になった段階で帝国軍がなだれ込んでくるとは考えなかったのでしょうか?
御自慢の三枚舌でなんとかなると思っていたようですが、それは無理というものです。外交手腕は確かですけれど、国家暴力装置の前には風前の灯火ですわ。
「アレクサンドラ様、どちらにいらっしゃるのですか?」
あらあら、ララが呼んでいますわ。
今日は息子の晴れの舞台ですもの。
母親の私が遅れるわけには参りませんわ。
息子は今日から『公王』になるのですから。
これで最初の約束通り、帝国の血を引く
ふふふ。国ごと変えてしまう事になるなんて当時は誰も思わなかったでしょうね。
契約違反のツケは重いとこれから嫌というほど王国貴族たちは理解するでしょう。
まだ、始まったばかりですわ。
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