7.男爵令嬢1


「王太子殿下と共に離宮に入るか、貴族の後添えになるか。そのどちらかを選べ」


あの忌々しい女アレクサンドラが目を覚ました数日後、私は家で父親から二択を迫られた。

私が生まれたのは王都の男爵家の屋敷。

母親が平民で男爵家のメイドをしていたけど、そこの若様に見初められて愛人に収まった。本宅じゃない。愛人用の別宅で母親と共に生活していたわ。

それもこれも爵位を継いだ父親が正妻を迎え入れたから。

まあ、窮屈で気を遣わないといけない本宅よりも別宅暮らしの方が気楽だったから、これはこれでよかった。

家は裕福な部類だった。

庶子だったけど貴族が通う学園に入学できた。

世間では庶子は貴族じゃないっていうけど、それって変じゃない?

だって私は男爵のパパの娘よ?

男爵家の血が流れているんだから間違いなく貴族よ。

だから学園に入れた。

パパだって私は「可愛い娘だ」って言ってくれる。「自慢の賢い美しい娘だ」って何度も褒めてくれた。


私はパパとママの良いとこ取りだった。

パパと同じ金髪に緑の目、ママに似た美貌。

ママはどちらかっていうと色気のある美人だった。

だから幼い私に言ったわ、「無知を装え」って。私はいずれママみたいに悩ましいボディーになるだろうから予防線を張らなくっちゃダメだよって、口を酸っぱくして言うの。「男にスキを見せたら食い物にされるから付け込まれないように気をつけないといけない」って。

でも、堅物女でもダメ。

可愛く、賢過ぎず、庇護欲を掻き立てる存在じゃないといけない。

そうすれば、私ほどの美貌ならどんな家柄からでも望まれるから、って。

だから努力したわ。

貴族の礼儀作法を学んで、勉強して、ダンスも音楽も刺繍も出来るようにした。本物の貴族令嬢と比べられても見劣りしないように、ってママが煩く言うのよ。


美味しいお菓子をお腹いっぱい食べたかったのに我慢したわ。淑女はお菓子でお腹を膨らせたりしないから。三食のご飯も食べ過ぎないようにしたぐらいよ。本物の令嬢は少食な質だからですって。アホくさ。食べないと動けないじゃない。お腹がグーグー鳴っても食べさせて貰えなかった。私の将来のためだからって。太っていたらモテないから。


本物の令嬢は所作が美しいから、ていう理由で家庭教師が付けられた。

歩く練習?立つ練習?動作の練習?食事のマナー?

何それ?

歩行練習で頭に本を乗せられて歩かされたわ。頭を揺らし過ぎるって理由でよ?しかも歩くのに腕を振っちゃあいけないし、どうしろっていうのよ!腕を振る事で頭に乗っている本が落ちないようにしているのに!口答えすると、今度は水の入ったバケツを頭に乗せられる羽目になったわよ!

お辞儀の仕方にも種類があるって言われて何度も練習させられたし、椅子の座り方から立ち方まで細かいったらないわよ!これ意味あるの?って本気で思ったわ。だってバカバカし過ぎるんだもの。

しかも表情を変えちゃあダメだって言われた時はどうしようかと思ったわ。

常に微笑んでいるのが本物の貴族女性らしいわ。声を出して笑ってはダメ、口を開けて笑うのもダメ。口端を少し上げて目元を少し下げて微笑むのが笑顔なんですって。

バッカみたい。

それ笑ってないじゃない。

なにが「にこやかに微笑む」アルカイックスマイルよ。気持ち悪い。家庭教師にそう言ったら怒られたわ。なんで私が怒られるのよ。本当のことを言っただけじゃない。


学園に通うようになって、そんな貴族の見本のような女がいた。

まるで教本そのままの令嬢。

アレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン公爵令嬢。

彼女は王太子殿下の婚約者だった。

しかも『完璧な姫君』とも言われてた。

美しさも、家柄も、血筋も、全てにおいてこれ以上にない淑女だって。

皆がバカの一つ覚えみたいに褒め称えているんだもの。

穏やかな微笑みを絶やさない賢くて理想的な未来の王妃だって言ってね。

バカみたいだわ。

だってそうでしょう?

彼女の形成するほとんどが努力することなく掴み取っているものなんですもの。

親が美形なら美人に生まれるし、家柄や血筋だって生まれた時から決まってる。

笑顔だってそうよ。薄ら笑いで。人を馬鹿にしているとしか思えないもの。

なんだろう?

本心を決して開かない感じ。厚い壁が前にあるっていうか、ドアに何個も鍵がかけられてるって感じ。絶対にあの女は性悪よ!なのに、皆、騙されちゃってる。あの女の本性は『完璧な姫君』なんかじゃない。何重にも猫被っているのが分かるのよね。

何故かって?私も「お嬢さま」の仮面を被ってるから分かるのよ。

もっとも、向こうは私と違って完璧に演じてた。

私には、それが気に入らなかった。

嫌な感じのする女だった。

その女が我が物顔で王太子殿下の傍に居ることも嫌だった。

王太子殿下と恋人になってからは特にそう。

ただ家柄が良いだけで婚約者になってる女よ?

私だって公爵家の娘なら殿下の婚約者になれたってことでしょう?

なのに、あの女は王太子殿下に偉そうに説教してるのよ。殿下をこれっぽっちも愛してない癖に。




「ミリー、聞いているのか!」

「聞いています。そんな耳元で声を荒げないでください。もう少し落ち着いて頂戴、パパ」

「…お前、こんな状態でよく落ち着いていられるな」

「慌てることが何かありまして?」

「我が家は今岐路に立たされている事をわかっているのか?」


また始まった。

この数週間ずっとこんな感じだ。深刻に捉えすぎてる。


「大げさね」

「大げさなものか! まさか…王太子殿下を引っ掛けてくるとは…」

「あら、パパが大物を釣ってこい!って言ったんじゃない」

「限度と言うもんがあるわ!!!」


あんまりにも大魚だから驚いてるのね。


「安心して!愛はあるから!」


ココは大事よね。


「そんなものはどうでもいい!どうするんだ!」

「決まってるじゃない。殿下について行きます」


分かり切った事を聞く自分の父親にハッキリ告げた。



「ば…ば、ばっかも~~~~~~~~~ん!!!」

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