1.筆頭公爵
――王族専用の軟禁室――
「なんのようだ?公爵。見ての通り私は軟禁中だ」
「フリッツ殿下、一つお訊きしたいのですが宜しいですか?」
「なんだ?」
「我が娘、アレクサンドラの何が不服だったのですか? 親の贔屓目を差し引いてもこれ以上にない次期王妃でした。私は今でも分からないのです。我が娘の何がデル男爵令嬢に劣るところがあったのか、と」
はっきり言って、今も理解できない。
好みと言われればそれまでだが、フリッツ殿下は王族だ。しかも次期国王だったのだ。客観的に見てもアレクサンドラの方が王妃に相応しい。
「私はミリーを愛しているんだ」
「フリッツ殿下、私は男爵令嬢を愛しているのかどうかを聞きたいのではありません」
「私は彼女と夫婦になりたかった……正式な夫婦に……」
「だから、アレクサンドラを罪人に仕立て上げてまで結ばれたかった、と? 側妃ではいけなかったのですか?」
男爵令嬢が側妃になること自体も異例だ。
「ミリーだけを愛しているんだ。彼女の愛と真心に応えたかった。確固たる地位を与えたかったのだ……」
「それが正妃の地位であったと言うのですか?」
「そうだ…揺るぎない唯一無二の地位だ。国一の女性にしてあげたかった」
脱力感に苛まれそうになった。
この王子はここまでアホだったか?
優秀な王子であったはずなのに…いつの間にこれほどまでに愚かになったのだ。
「失礼を承知で申し上げますが、デル男爵令嬢に王妃は務まりません。アレクサンドラの存在がなくとも周囲が納得しないでしょう。無理に正妃に据えようとなされば、その段階で王太子位は剥奪されていた事は間違いありません。もっとも、王子妃としても誰も認めないでしょう」
「何故だ!!!」
私の言葉が不服だったのか、フリッツ殿下は椅子から立ち上がった。
急に立ち上がったものだから、椅子が後ろに倒れてしまったが、私も殿下も気にしない。
「当然でしょう。血筋も悪く、身分も低い、碌な教養も身につけておらず、貴族の立ち居振る舞いすらできない女が正妃などと。一体、どこの誰が認めるというのですか。諸外国に侮られ
「どうしてそう言えるんだ!そんなものはやってみなければ分からないだろう!!!」
「殿下は歴史の勉強をされていないのですか?古代から現在まで女に溺れて国を滅ぼした例は限りなくあるのですよ?」
「ミリーは違う!!! 私もそんなことはしない!!!」
本人に自覚がないとは。
恋は盲目というが…傾国の美女に狂った歴史上の王や皇帝も
「お気付きではないようですが、国中の者達がそのように噂しあっています。女に誑かされた王子、悪女に騙された王太子、肉欲に溺れ果てた愚かな王子、と陰口どころか堂々と表立って噂し合っている有様です」
「なんだと!?」
「驚くことでもありませんよ、殿下。フリッツ殿下は公衆の面前で私の娘に冤罪をかけて婚約破棄を宣言なさったのですよ。見ていた者達がそのことを話さないとでも?我が国以外の人々も大勢参加していた夜会なのですよ?」
「王太子たる私の行動を吹聴するとは!そんな不実な者がいるのか!?」
あれだけの人数の前で宣言したのだ。
口止めしたところで無駄というもの。
悪い事に他国の要人も多く参加していた夜会だ。
我が国だけで規制をかけても意味がない。
「私は、ただミリーとの仲を皆に認めてほしかったのだ。彼女に常に傍にいてほしかった。責められる彼女を守りたかっただけだ。それの何が悪いんだ…」
悔し気に言い放つ殿下には申し訳ないが、それがいけないのだ。
「私もミリーも何もしていないではないか」
…どの口が言うか!
「何故、こうまで責められねばならない」
あれだけの大事になって、まだ理解していないとは。
「殿下達が責められるのは当たり前ですよ。道理を弁えない行為、アレクサンドラへの仕打ち。殿下、事細かに言い聞かせねば理解できませんか?」
「それは……」
「殿下の責任であり、殿下を止めなかった側近達の責任でもあります」
「……こ、公爵。彼らは……」
「えぇ、解っていますとも。殿下の望みを叶えようとしたが故の行動だという事は」
「……」
「今回の場合は”全員の望みが一致した結果”ともいえる事のようですが…実に浅はかな事をなさったものです」
「……」
ダンマリですか。
まあ、弁解を聞いたところで怒りしか湧きませんがね。
「それほどまでに私の娘が邪魔でしたか? 罪人として捕らえ、地下牢に閉じ込めようと考えるほどに」
「なっ!? ヘッセン公爵!それは誤解だ!!!」
「誤解ですか?」
「そうだ!私はアレクサンドラを罠には嵌めた。だが、地下牢など有り得ない!!! 彼女は
何を馬鹿な事を。
そんな事を信じる者は誰もいませんよ。
我が国の貴族達だけでなく、他国の外交官達だって信じていない。誰が見ても地下牢行きにさせようとしていたとしか思えなかった、と口を揃えて言われたのだ。他国の人間からはもっと辛辣な言葉を貰った。
確かに、そう思っても仕方ない、と思える内容であった。
「近衛の末端を事前に準備しておいてですか?」
「ヘッセン公爵。いい訳に聞こえるかもしれないが、私にそのような意図はなかったのだ。近衛を用意していた事は認めるが、飽く迄も、パフォーマンスの一環だ!!!」
「なるほど、公衆の面前で罪人として捕らえられたアレクサンドラに再起はないと踏んでのことだったのですね」
「ヘッセン公爵!!! 何故そのように歪曲して考えるのだ?!」
「違うと仰るのですか?」
「アレクサンドラは優秀だ。妃にならなくとも他に幾らでも輝かしい未来がある」
「罪人に輝かしいも何もないでしょう」
「……」
「それとも、後で謝れば済むとでも思っていたのですか?」
「……」
「なんとも愚かしい事だ。殿下、貴男には心底失望しましたよ」
「……公爵」
「もう、お会いすることはないでしょうが、貴男のような男が国のトップにならなくて本当に良かったですよ。幾ら、アレクサンドラが優秀といっても愚王とその臣下の面倒は見られませんからね!」
私は振り向くこともなく、その場を立ち去った。
王族に対して礼を欠く態度である事は百も承知だ。
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