凍える雪に覆われた城

長くガタガタと静かに揺れ動く馬車の中ヘルトとロゼッタは向かい合わせに座り二人の間には沈黙が続いていた。


(今は下手に動いてライアンさんに何かあったら良くない。とにかくヘルトさんに付き従うしかないよね。どうかお願いライアンさん無事でいて下さい……!)


天へ祈りを捧げるかのように窓の外へ目を向ける、すると見えたのは樹木の隙間から差す暖かな朝日の光と辺り一面を覆い尽くす銀世界だった。

ヘルトの住まうベスティニア国は雪で覆われた土地でロゼッタの住まう春に包まれた暖かさとは真逆だったのだ。


「ロゼッタ様の住む土地とは比べ物にならないほど凄い雪景色でしょう、まだまだ降り続けますよ。申し訳ありませんが城に着くまで眠ってて下さい。また後でお話ししましょう。」

「どうゆうッ……こ、と……。」


ロゼッタは口元へと布をあてるヘルトの手を退ける間もなく眠らさられてしまった。


「大丈夫、貴女は僕と側にいる事を誓ってくれるはずだ。きっと……ライアンは一生僕を許してくれないだろうな。けれどこの子と側にいるためならどんな事でもしてみせる。愛しいロゼッタどうか貴女は、貴女だけは……僕を一人で置いていかないでほしい。」


眠るロゼッタの頬を優しく撫でながら縋るような眼差しを向けた。



ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー



「……れ、すみれ! 起きなさい。」


(声がする、誰の声……? 私の名前?)


「すみれっ! いい加減に起きなさいっ!」

「うぁ!? 大きい声出されちゃびっくりだよ!? って……ここ、病院……? お、お母さん?」


大きな呼び声に驚き勢いよく目を覚ましたすみれは目の前で怒っている母親の姿にぱちぱちと瞬いた。


(なにこれ、夢……? 確かヘルトさんと一緒に馬車に乗ってそこからの記憶がない……。頬を捻っても痛みはない、やっぱり夢だ。)


「すみれ? 大丈夫かい? 手術成功して良かったね。先生からは来月には退院出来そうだって言ってたよ。どうしたんだい? そんな泣きそうな顔して。」

「う、ううん……最後にお母さんに会えて嬉しかったな、って。」

「最後~? 何言ってんのよ! 徐々に回復してきてるんだから大丈夫だよ。」

「そ、うだね……。それよりお父さんは? まーた置いてけぼりにしちゃったの~?」

「お父さん!? もう~! あの人はまた……!」


母親の横に居るはずの父親がいないことに問いかけた、すると慌てて父親を迎えに駆け出して行ってしまったのだ。


「お母さん、お父さんか……。たとえ夢だとしても二人に会えて良かった……! さてと今は“あの場所”に行ってみよう。」


ベッドから起き上がりなんの違和感もなく歩ける身体に夢だと更に感じさせられた。

動けるうちにすみれは病院内で最も向かいたい場所へと足を進めた。

向かった場所は手術室だ、すみれが最後に居てそして亡くなった所だ。

扉を開け病院特有の強い消毒液の匂いと現代医学の力が凝縮した設備いっぱいの誰も居ない手術室に足を踏み入れた。


「ここで“私”は死んだんだよね。私が今もこうして生きていけてるのはロゼッタさんのお陰だ。でもそれが本当に定められた未来? 本来の定められていたはずの未来は“私が”死ぬ事だったはず。あぁ、そっか……。どうしてこの夢を見たかわかちゃった。」


ゆっくりと手術台へと腰掛け目頭が熱くなりどうしてか涙がこぼれ落ちた。


「ロゼッタさん、大丈夫だよ。 私が絶対に未来を変えてみせるから……。最後に離れる場所もここだなんて運命には逆らうなって神様からの最後の通告なのかな。」


パズルのように崩れ落ちる天井を見て夢から覚めるのだと分かりすみれは目を閉じ“運命”へと従う事を心に固く誓った。



ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー✳︎ー



「……? こ、ここは。」

「ロゼッタ様やっと目覚められましたか? お加減はいかがです? 宜しければこれをどうぞ温かい紅茶です。」


目を開けまず見えたのは紅茶を淹れ差し出してくれたヘルトだった。


「ヘルト様……ここはどこですか? 灯りがあるのに暗く感じます。」


部屋内を見渡しす豪華な部屋ではあったが家具という家具はあまりなかった。

あるのはロゼッタが横になっていたベッド木で作られたとシンプルなテーブル、椅子だけだった。

気になったのは灯りがあるのに薄暗く感じた事だ。


「ここは僕の部屋ですよ。暗く感じるのは窓を覆ってしまうほどの雪が積もっているからですかね。さぁ、冷めないうちにこちらを。」

「お気遣いありがとうございます。ヘルト様単刀直入にお聞きさせて頂きますが何故私をここへ?」

「ん~と、今すぐじゃなくてもいいと思いませんか? それよりロゼッタ様その黒い服ではなくドレスへと着替えて下さい♪ 侍女達を呼んできますので少々お待ち下さいね。」


軽やかな足取りで部屋を出て行ったヘルトを見送りロゼッタは室内を見て回った。

扉から出られないか試してみたが鍵がかけられこの部屋からは出られそうになかった。


「一目だけでいいからバージルさんに最後会いたかったな。もっともっとお話してみたかった……。」


ポツリと零したロゼッタの言葉は誰にも届かずに終わった。

その後すぐに侍女達が部屋へ入りロゼッタの身の周りをお世話し出した。

髪型は後ろに三つ編みで垂らし紫色の輝く髪飾りをつけられ、ドレスは鮮やかな真っ赤な物を纏った。


「ふふ、ロゼッタ様お似合いですよ、さぁお手をどうぞ。」

「どちらへ向かわれるのですか?」

「着いてからのお楽しみですよ。」


差し出された手に躊躇っていたロゼッタの手を迷いなく優しく引っ張り部屋から連れ出した。

手を引かれてしまっては逃げるに逃げ出せなくなってしまったロゼッタは渋々といった形でヘルトの後を追う事となってしまった。


「さぁどうぞ、こちらにおかけ下さい。」

「あ、ありがとうございます……。ヘルト様ここは?」


着いた場所はガラス張りで出来た緑豊かな空間で落ち着いた印象だった。

中で椅子を引いてくれたヘルトの意思を無下に出来ないとロゼッタは椅子へと腰を下ろした。

周りをみると緑だけではなく花も咲き誇り心も体も癒される空間だった。


「ここは温室といって談笑をしたりする場所なんです。まぁ、大体僕しか使ってませんがね。」

「温室……知ってはいましたがこんな素敵な場所だったのですね。ヘルト様ありがとうございます。ここでならお話をして下さりますか? どうして私をこのお城へとお招き下さったのか。」

「気に入って頂けてよかった。ロゼッタ様のお母様もここに何度も居られたそうですよ。僕の幼い頃の記憶ですが思った通り貴女とお母様は瓜二つだ。城へ連れてきた目的はそうですね~。おや……すみません、少々お待ち頂けますか?」

「ヘルト様!?」


急に席を外し温室の入り口に向かったヘルトだったが誰かと話している様子だった。


「誰か入ろうとしてるのかな? あの~……ヘルト様大丈夫ですよ。私はご一緒でも。」


壁からひょっこりと顔を出しヘルトと誰かに話しかけたがその誰かはヘルトとは同じ深緑色の髪に青い瞳した大柄な男性だった。

腕を組みながらギロリと睨みつけあからさまにこちらを嫌っているのが伝わった。


「おい貴様、この俺を誰だと思っている。ヘルトもよくこんな生簀がない女を連れてきたものだな。なんでもリゼの娘だとか? 道理で下品な態度なわけだ。おい女その態度を改めさせてやる、こい。」


ズカズカと歩み寄ってきた男は容赦なく強い力でロゼッタの腕を引っ張り上げ温室から出ようとした。


「いッ……!」


腕は力強く握られているせいで痛みで顔を歪めてしまうロゼッタと威圧感な男の前へとヘルトは立ちはだかった。


「兄様、いくら兄様の頼みでもロゼッタ様を連れて行かせる事は僕が許してません。さぁ彼女を離して下さい。」

「はっ。お前も随分と俺に対して強気になったものだな。力も持たず役にも立たない落ちこぼれのお前の話など聞く価値もない。邪魔だ退け。」

「ぐっ……。」


ヘルトの腹部を思い切り蹴り上げ気絶させてしまった。


「ヘルト様……! 貴方ヘルト様のお兄様ですよね!? 手をあげるなんて貴方の方がよっぽど下品です! 自分が気に入らないからってなんでもかんでもその人に言っていいわけじゃないです!」

「あ? 誰に向かってその口を聞いている。女、俺は時期王となる身なんだ、あまり俺を怒らせるな。」


ロゼッタは男に首元のドレスを無理やり引っ張り上げられ体が浮いてしまい息が苦しくなってしまった。


「う、ぐっ……。」


(ダメ……目の前がッ……。)


意識を失ってしまったロゼッタをドサリと乱暴に床に落とした。


「ふん。さてこの女はどれほど俺を楽しませてくれるのだろうな。」


ニヤリと気持ち悪げに笑いながら男はロゼッタを乱暴に担ぎ上げ温室から連れ出してしまった。


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