JK師匠の選ぶ!亜人街百景 ―呪いで死ぬまでに行きたい異世界の名所―
ゴッカー
101番地:ロスマリヌス礼拝堂 / コラム:天魔千年戦争の詩
エルフ――特に森に住まう種族の通過儀礼の代表に、『樹籍入り』がある。
樹籍とは、人間であれば鬼籍――死。似て非なるものだが、大方そういうものだ。
(人間から見れば相当遠い将来だが)肉体の死を目前に控えたエルフは、己が見初めた樹、あるいは手ずから選りすぐった苗木に寄り添い、永い時をかけて、接ぎ木のように一体となる。
樹と合一を経たエルフの眠りは清らで、瞑想に似ている。樹に抱かれる冥福の中、瞑想を経て、その魂は一族の守護精になるとされていた。
それは、森を生涯とする者たちの信仰。
種たる肉の生の集大成であり、エルフが目指すべき至高の境地、緑の生、その芽吹きである。
多種族の子供たちに囲まれた彼女も、そんな頃に差しかかったエルフ、早熟の種であった。
「あーあー、呼んでもないのに、たくさん集まっちゃってまあ」
言い草に棘がある。エルフの女は褪せた白髪ながら、人の目にもまだ若い姿をしている。知らぬ者ならば、エルフの老境とはかくあるものかと、異種族の神秘と邂逅した心地になる相貌だった。
「ま、悪い気はしないんだけどさ、……あんた達、毎日毎日飽きないで、ひょっとして暇なの? ンなわけないわよね? ちゃんと家のお手伝いしなよ」
「終わったから来たんだよ」
「お勉強は? ほら、そこ、通学組」
「ちゃんとやってるって」
「……えっとね、秋の日は釣る瓶落とし、と言って」
「春先だし、まだ日暮れには早いよ」
「うっ」
通学組の「ちゃんとやってる」は、嘘ではないらしい。
「ねえ、分かってて聞いてるでしょ」
「ねえ、お姉ちゃん。お詩を聞かせて。早く早く」
「……はぁ~」
わざとらしく、仰々しく、両手の自由があれば額に手を当てて呆れているであろう深い溜め息を、エルフが吐いた。
これがまた存外、他の種族にウケる。
緑深い森の最奥に籠り、人を払う、厭世家揃いの神秘の種族、エルフ。その先入観におもしろいくらい合致する人物像。
いわゆる『エルフの茨節』。
本物のエルフに会えた実感も一塩というわけだ。
もっとも、これが彼女の素なのだが。
「仕方ない子たちね、全く。どうしても、って言うなら、昔話を聞かせてあげなくもないわ。いつも通り、神官さんに麦飴をもらっていらっしゃい。銅貨でも屑銭でも売ってくれるでしょ」
声を揃え、元気のよろしい返事で、子供たちはロスマリヌス礼拝堂の神官の元へ駆けて行く。
亜人街郊外の川のほとりにあるこの礼拝堂は、拝露教会の施設である。エルフは、その中庭の墓地の一角、とある墓石に寄りかかるようにして、樹と一体化しつつある。
教えによれば、彼女は異教徒に他ならない。
崇拝のある宗教は元来、教義に記されていないものを内に置きたがらないものだ。
それでも、この礼拝堂は、彼女がここに根を下ろすことを許している。
「うん?」
麦飴を買いに走る子供たちの背中が遠くなる一方、一人のハーピィ族の子が右往左往するばかりで、友達の後を追わずにいた。
今にも泣きそうな様子で、翼や胸の羽毛に嘴をしきりに差して探るその子に見覚えはない。
小銭がいると知らなかったか、あるいは落としてしまったのか。見ていられないハーピィのうろたえ様に、思わずエルフは失笑しつつも、瞳を一層金に輝かせた。
小さな背中を押す、ささやかな瞳の魔法。
エルフの呼びかけに応じて、春の中庭につむじ風が誘われた。
草木を揺らし、花弁と葉を巻き上げるだけ巻き上げて、目も開けていられない圧で、文字通り颯の如く、束の間に吹いて去っていく。
怪しげな風に翻弄され、怪訝に辺りを見渡すハーピィ。ふと、頭に落ちた軽石のような感触を追って足元を探ると、ピカピカのメルトポ銅貨が一枚落ちている。
「探し物は見つかった?」
と、素知らぬふりで尋ねるエルフに、ハーピィの子は「ボクんじゃない」と正直に答えた。
「じゃあ、水の神様から、良い子にしているご褒美かもね」
「風が吹いたのに?」
「風の神様に届けてあげてってお願いしたのよ」
「……でも」
「エルフーは何でもお見通しー。神様のお恵みは、ありがたく受け取っときなさい。ほら、水の神様ありがとう、は?」
「……うん! 神様、ありがとう!」
どこに向けても届くように、元気の良い感謝を上げたハーピィ。そのまま友達の後を追い、広げた翼で半ば滑空するように走って行く途中。
「やっぱり、お姉ちゃんありがとう!」
と、振り返って、その背中を見送っていたエルフに礼をして、足早に去って行った。
エルフはバツが悪そうに苦笑いして、「子供ーも何でもお見通しー」と、恥ずかしがった小声で口ずさむのだった。
ロスマリヌス礼拝堂のそこはかとない厳かさは、昼過ぎの一時に鳴りを潜め、子供たちの賑やかさに占領される。
人嫌いで有名なエルフ族の者を敷地内に住まわせて良いものかと、神官らは最初こそ首を傾げたものの、エルフの昔話を聞きに子供が集まり、親が集まり、いつしか礼拝堂は亜人街の民の憩いの場となった。
今のように、トラブルが起きると当のエルフの人嫌いはどこへやら、こっそりと手を貸して、何かにつけて水の神様の思し召しだと嘯いては、神官の懸念をうやむやにする。
そうして、エルフの処遇にまごついている間に、当のエルフは礼拝堂にとってかけがえのない存在となり、さしもの神官長も根負けし、礼拝堂内のエルフの樹籍入りは、例外的に不問となったのだそうだ。
今ではエルフの身体が幹に少し埋まり、文字通りロスマリヌス礼拝堂の風景の一部となっている。
◆◆◆
今回の演目は天魔千年戦争の英雄譚、黒白の巫女降臨の日の詩。
それなら弾けると、頼んでもいないのに若い神官が自前のリュートを引っ張り出して、演奏を買って出た。古参の神官が眉を顰めているのも目に入っておらず、どうやら血が騒いでいるらしい。
演奏付きの豪華さに、芝の鑑賞席の熱が上がる。
リュートの調律を終えた神官は、場の頃合いを見計らい、英雄譚の前奏を爪弾いた。
その調べに乗せて、エルフの語りから詩が始まる。
「老いたる人の若かりし頃、エルフの語るついさっき。光の連合と闇の軍勢、世界を二分する大戦が、千年に及んだ頃の話。光と闇の神は、戦に決着をつける英雄を求めた。けれどね、なんと、正反対の神様が見初めたのは、同じ異世界の同じ少女だったの。二柱の神様が鉢合わせ。天魔の頂による、英雄争奪戦が始まり始まり」
白昼と暗夜の狭間に降りた
神に誘われし異界の少女
女神は秩序の太平を説き
魔神は混沌に隠れ生きる嘆きを説いた
光の啓示に闇の誘惑
禁じてこそ求むまつろわぬ心
幾万幾語に舌を躍らせ
聞き届けし少女は雄弁に申し出る
護るべきと滅ぼすべきを
どうか私めに見定めさせたまえ
振るうに値するは光か闇か
曇りなき我が身に委ね判じさせるべし
「少女は、神が授ける力が如何なるものか試したいと言う。ただし、光の祝福のみを受けては闇が汚らわしく思いかねず、また闇の魔力のみに魅入られては光が疎ましく思うことだろう。だから、両方を一度に試したい。そう申し出た」
光の神は授けたり
光の祝福 呪い祓う加護
闇の神は授けたり
闇の魔力 清ら侵す瘴気
白昼と暗夜の狭間にて
双極を手中に収めし少女
双神のかどわかしすら退けて
無垢なる意志を固唾呑む神々に示さん
戦に狂う神など要らぬ
積んだ屍山 流れた血河
星に還りし数多の魂
数多の無念その身にしかと刻め
我が大斧の竪琴を
「……」
リュートの音色と歌声が不穏に移ろい、突然、神官が弦に掌を叩き押さえて演奏を中断する。
長い沈黙。終わりとも告げられない。
当然、観客は不安を覚えるだろう。しかし、その不安、その抑圧が、次章に欠かせない。
「かくして、光と闇の神に並ぶ無敵の力と、光と闇の神にも止められぬ無敵の守りを得た、一人の人間、黒白の巫女がこの地に降臨された。後は皆様ご承知の通り……大戦を長引かせた神に鉄槌を下す時!」
さあ女神の後光へ振り下ろせ
高慢なる秩序よ 千々に砕けよ
砕き光は流星の如し 地に降り注ぎ献灯と成せ
さあ魔神の延髄へ振りかざせ
隠れ潜む臆病者 混沌を曝せ
砕けど叫ぶ首ならば 己の本性を曝し請え
「こうして、大戦を長引かせるだけで治められない神々の不甲斐なさに嘆いた巫女により、光と闇の神はこってり絞られた。これを境に天魔千年戦争は終結に向かうのでしたとさ」
昂ぶりを誘う怒涛の演奏と歌唱。興奮冷めやらぬ子供たちからは惜しみない歓声と拍手が二人に贈られる。
そして、古参の神官も釣られて拍手をして、子供に見つかると服の埃を払う振りをして誤魔化したのだった。
「……さあ、このお話はこれでおしまい。続きは、巫女様と七遊傑の詩か、光と闇の神の婚礼の詩か……それはまあ、その日の気分で決めるわ。言っておくけど、また聞かせてあげるとは限らないからね。期待しないでちょうだい」
そう言うエルフだが、彼女が毎度律儀に期待に応えるのは、本人以外に周知の事実であった。
黒白の巫女曰く「てかこれツンデレじゃん。いや、やっぱクーデレ寄りのクーデレ?」なる性質らしいが、異界特有の表現、その意味を知る術は少ない。
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