【奇術師・玲の異端な挑戦】〜咒力ゼロなのに最強な、一般人バイト高校生の受難〜

しののめ すぴこ

1:咒操士



 ――最近、学業よりもアルバイトが忙しいのは、クラスにいるヒーローのせいだ。



 ガシャーーン……ッ!!


「きゃぁああ!!!!」

「窓が……! 離れなさい……っ!」

「やだっ、なに、何なの!?」


 とある高校の授業中。

 グラウンド側の教室の窓が、大きな衝撃波と共に後方から前方にかけて一瞬で弾けた。


 悲鳴を上げ逃げ出す生徒たちと、焦りながらも廊下側へと生徒を誘導する教師。

 何があったのかと生徒の一人が窓へと近付いた時――、


 グワ……ッ……!!


「わぁ……っ!」

「きゃっ……」


 黒い何かが、窓の外を横切った。


 それはカラスのように黒い翼を持った鳥のようでいて、輪郭のない煙のようでもあった。


「……咒禍じゅかだ…………っ」


 誰かの声に、御神楽みかぐら れいは小さく頷いた。


(うん。俺の咒禍予報じゅかよほう通り)


「マジか……っ? ここまで来るなんて珍しいな。咒操士じゅそうしが間に合わなかったのか……?」

「あ、緊急速報で注意出てるー」

「ホントだぁ。隔離エリアの咒力じゅりょくネットが破れちゃったみたいだよ」


 割れたガラスに気を付けながらも、窓の外を興味津々に見つめるクラスメイト達。

 こんな状況で冷静過ぎる……と言えば聞こえはいいが、珍しい現象に野次馬根性溢れているだけだ。


(誰かがヘマしたんだろぉなぁー。ちゃんと詳しい予報出したのにぃ……)


 かく言う玲自身も、机が廊下側だったことを幸いに、ノートの上に並べたトランプを弄るだけでこの惨事を全く意に介さない。

 ポケットに入れたスマホが何度も震えるのを、気が散るなぁ……と画面も見ずに通知を切り、再び黙々とカードのシャッフルを繰り返した。


「うひゃあー、向こうの校舎の窓も割れてるよー」

「えぇーっ、咒禍予報だとB級だったよねぇ。やっぱり外に出て来られたら結構被害出ちゃうんだねぇ」

「おーいお前らっ、あんまり窓際に近づくなー。危ないぞー」


 教師の注意の言葉にも、危機感の薄い生徒達。


 ……それもその筈。

 彼らはこういう現象には慣れているのだ。


「おーい、由賀ゆがー。出番だぞー」

「俺たち普通科の希望の星ーっ、活躍してこーい!」

「由賀くん頑張ってぇー」


 教室の各所から囃し立てる声は、一人の男子生徒に向いていた。


「えぇえっ、俺ぇ!? まだ派遣連絡来てねぇよ?」


 スマホの画面を見ながら困ったように立ち上がったのは、切れ長の瞳が印象的な青年だ。クラスの皆に愛される、太陽みたいに明るく騒がしいイチ生徒だが、その立場はこのクラス内で特別だった。


「お前は普通科から咒操士になっちゃった超有望株だろーが」

「誰かが言ってたけど、この国立・咒力技術じゅりょくぎじゅつ高等学校といえど十年に一人の逸材らしいぞ。……普通科だけどさーw」

「今年B級に上がったんだよね? 高校生のうちにB級咒操士とか、まじで漫画じゃん」

「あんまり言うと咒技科じゅぎかがウルセーけど、二年のあいつらまだ誰も咒具じゅぐ持ててねぇもんな」


 クラスの誇り、とでも言うように彼を中心に自然と輪が出来る教室内。

 スポーツ万能で成績優秀、明るくて面白いキャラなのだから、人気者にならないわけがないだろう。その上、この世界でも希少で特別な才能があるのだ。本人にそんな意図は無くても、必然的にクラスの1軍ポジションに押し上げられてしまうタイプだった。


 ……そんな盛り上がりを見せる教室内。

 の一方で、玲は我関せずとトランプを手早く弾く練習を続けていた。


(誰だっけ、派遣された咒操士……。次の査定でC級に降格じゃないの……?)


 頭の中ではボンヤリと、咒力技術連盟じゅりょくぎじゅつれんめいの今日の失態について頭を巡らせていた。


(せっかく俺が『手品』の練習時間を削ってまで集めて来た情報なのに、こうなっちゃ意味ないじゃん)


 ……なんて、手品よりもこっちの仕事の方が大事だろう、と叱られてしまいそうな理由で毒を吐いていた、その時、


 ピピピピピ……ッ……。


「あー……咒技連じゅぎれんから呼び出しきた……」

「ほぉらなー!」

「おぉーっ、由賀様のご出勤だぞー!」


 鳴ったスマホに視線を落とした由賀の、何とも言えない表情に、クラス中が楽しそうな声を上げた。

 結局、由賀に咒操士としての出動要請がかかったらしい。


 周囲が見守る中、椅子を戻し簡単に机の上を片付けた由賀は、少し身体をほぐすように肩を回してからブレザーの内ポケットに手を入れた。


 ……その瞬間、彼の雰囲気が一変する。


 太陽のように明るい好青年の印象を投げ捨て、見惚れるほどの厳しい表情で窓の外を見据えたのだ。


 そして、静謐な面持ちで目の前にかざしたのは、紅い下げ緒の付いた短刀だった――。


「――咒具、展開開始」


 ハッキリと響く言葉と共に、鞘から抜かれた刀身。

 何かの呪文が刻み込まれた鈍色の刄が陽光を反射し……そして、唐突にその形を変えた。


 まるで機械の生き物のように、鉄の塊だったはずの短刀が、複雑な形状の長刀に変形したのだ。


「おぉおお……っ!」

「本物の展開、初めて見た!!」


 興奮するクラスメイト達を尻目に、変形を終えた長刀の咒具を構えた由賀は、軽やかに窓際へと走り寄ると一番近くの窓枠に足を掛けた。


「先生。すみませんが、呼び出しがかかったので早退します」

「おぉー、大変だなぁ。気をつけろよ」

「はい!」


 激励する教師にハキハキと頷くと、そのまま三階の窓の外へと身を投げた由賀。


「えぇ……!?」

「ちょ、ここ3階だぞ!?」


 突然の行動に悲鳴のような声が上がるが、しかしすぐに難なくグラウンドに着地した由賀の姿を見つけると、言葉にならないどよめきが広がった。


「うひゃあー……由賀マジでやばー……」

「本物の契約者って、こんなことも出来るんだ……」

「人間離れだなよなぁ。まぁ、あの咒具を制御出来るんだから、当然のことなのかもしんねーけどさぁ」

「勉強できる陽キャでイケメンの咒操士とか、どんなハイスペックだよ……」


 羨望の言葉で溢れる教室内。

 誰もが彼のようになりたくもあり、絶対になれない才能の差を感じている。


 ……玲だって、その一人である。


「走るのもはやーい」

「もう行っちゃったねー。カッコいー」

「おーい。由賀が行ってくれたんだから、お前らはここの片付けだぞー」


 今のこの世界に絶対必要な人材である、由賀のような咒操士になれるのは、生まれ持った才能が認められた極々一握りの人間だけだ。それだって才能があったとしても、『咒具に選ばれ』て契約出来なければ、ただの候補者止まりで終わる。

 そして候補者にすらなれない一般庶民たちはこうやって、完全に庇護下に入るか、それとも由賀たちのような咒操士のサポートとして裏方の仕事に徹するか、の2択というのが現実だ。


 だから玲も、


 ――将来の就職活動(特技を使って一発稼ごう)の一環として、『手品』の特訓を欠かさないのである。


「はぁーい、掃除頑張ろー……って、あれ……?」

「ん……? 由賀の奴、何で戻って来てるんだ……?」

「電話してるのかな? ……あれ……スマホに向かって怒ってる……?」

「と思ったら、こっちに向かって叫んでるよ……? 聞こえないけど……」


 この国立・咒力技術高等学校で、咒力を持たずに入学できる普通科は、学力的に見れば結構レベルが高い部類だ。とはいえ、才能の塊である咒力技術科、通称・咒技科の生徒達を見てしまうと、将来の食い扶持を稼ぐ不安を感じても仕方ないだろう。ちょっと勉強が出来てテストの点が取れる程度じゃ、就職活動に失敗したらどうなるんだ、と。


 だから学業はそれなりに頑張るとして、稼げる特技、『手に職』が必要なのだ! ……というのが玲の持論だ。


「おーい、由賀ぁーどーしたのー?」

「忘れ物かぁー?」

「……えー? なんてー?」


 今のところ玲は、咒操士たちを束ねる国内最高峰の機関である『咒力技術連盟』に、情報局職員(咒禍予報士じゅかよほうし)としてアルバイトをさせてもらっている。


 仕事は簡単だ。

 今日みたいに、自然発生して被害をもたらす咒禍の気配を事前に調べ上げ、予報として情報を提供をするのだ。

 その予報に基づいて、後方部隊が咒力ネットを張り、咒禍が市街地で暴れないように外界から隔離した後に、該当ランクの咒操士を派遣して討伐する流れになっている。

 重要な仕事ではあるが、現地で情報を集めて整理して、そこから統計的に予報を導き出すぐらいなら、アルバイトとして良い経験値になるだろうと思っている。


「んー……? え、れーいー? スマホー?」

「うん、いてるよー! あそんでるー!」

「あはははっ、何か伝えようかー? ……って、そこから登ってくるの!?」


 当然、普通科である玲には咒力がない。

 由賀みたいな超例外を除いて、幼い頃に咒力を扱う才能が目覚めなければ、普通一生会得出来ないものなのだ。

 だから地道に、咒禍が発生しそうな陰気な空間や情報を集め、それを分析して統計に取り……と、簡単ではあるが、意外にも地味で気の遠くなる作業が業務の中心になっている。


 こんなこと、定年退職するまでやっていられるのか、と考えれば絶対に無理だ。

 簡単なはずなのに、なぜ? と問われれば理由は明快。


 ――だって、業務範囲外の仕事が多すぎるのだ。


「れ〜〜〜い〜〜〜〜……っ!」

「……ん?」


 ゼェゼェという荒い呼吸音と共に名前を呼ばれた気がして、ワンテンポ遅れて顔を上げた玲。

 教室中の視線が自分に向いているのに気付いて、あれ、と思いつつ窓の外を見れば……、


「っ、おま……っ、なに我関せずで手品の練習してんだよっ!!! 咒技連の情報見たらっ、この咒禍の予報出したの……お前じゃねーかっっ!!!」


 展開したままの咒具を口に咥えた由賀が、校舎の壁をロッククライミングの要領で登ってきたらしい。全力で戻ってきたのか、窓枠を掴んだままの態勢で咒具を口から離すと、呼吸を整える間も無く玲に向かって吠えた。


「そう……だけど……?」

「キョトンとしてんなっ! 咒禍がネット破って逃げてんだから、予報士は今後の状況予測のために協力するのが当然だろうがっ!」

「えぇぇええっ、今は業務時間外だよ!? 今日はシフトも入れてないしー、放課後は部活動で青春を謳歌する予定だしー」

「お前の手品部、部員なんていねぇじゃねぇか!!!! 一人で青春する方が空しいだろっ!!」


 手品部は総勢1名で、絶賛不定期に活動しています。部長、自分。部員、超絶募集中。


「咒技連からの連絡は? きてねぇわけねぇだろ!? 無視してんのか!?」

「…………だってバイブが五月蝿くて……」

「通知を切るなよっ! ほらっ、さっさと片付けろっ」


 手すりを乗り越え詰め寄って来た由賀に、急き立てられるようにして机の上を片付けさせられる。

 バラバラに並べていたトランプを仕方なく寄せ集めていた――。


 ――その時、


 ゴォォオオオ……ッ……!!


「きゃっ……!」

「……っわ…………っ」


 再び舞い戻って来たらしい咒禍が、窓の外を横切った。

 割られてしまっていた窓ガラスのせいで、その真っ黒な全身から放たれた風圧は、何も遮る物がないまま教室内を襲う。


「っ……玲っ……っ」


 由賀が反射的に咒具を構え、玲もろとも守るような体勢を取ってくれた。

 玲も顔を背け、粉塵が目に入らないように片腕でガードする、が、


「……あっ」


 後方にいた女生徒の一人に、大きめのガラスの欠片が飛んでいこうとしていることに気が付いた。

 その生徒も、飛来してくる物体を視界に入れたようだが、突然のことで身体が固まって動かないらしい。由賀も、玲を庇うような体勢を取ってしまった為にポジションが悪かった。


(間に合わない……)


 それだけが冷静に浮かんだ玲は、咄嗟に手元に掴んでいたトランプを、手品の手技の要領で数枚、手のひらを使って弾き飛ばした。

 真っ直ぐに飛んで行ったトランプは風の影響を受けることなく、その勢いのままガラス片の軌道を変える。


 そして投げっぱなしだとトランプ自体が更に凶器になることを見越し、すかさず【とある技】を使って、ブーメランの要領でカードを回収。

 なんてスマートなフォローだ、と自画自賛したいぐらいの神手際だった。


「……え、なに……ラッキー……?」


 風はすぐに止み、一息を吐いた女生徒が、半信半疑のような驚きを口にしつつ、玲とその手元のカードを見比べている。

 その言葉に玲も、危なかったねぇ、と軽く相槌を打つだけで、手柄を誇ることなくあっさりとカードをまとめてケースに戻そう……として、こちらを凝視する由賀と目が合った。


「……今のそれ、どうやったわけ……?」


 さすがの動体視力を持つ由賀だ。

 玲の投げたカードが意図的にガラス片を落とし、回収までもが予定調和だったと見えていたらしい。


 ただ、そのタネを明かすつもりはない。


 ……手品師志望だからな!


「へへーん。企業秘密ですぅ――」

「――うわっ、めっちゃ細い糸付いてんじゃんっ、え、これを指に嵌めてたわけ? それで風に乗せて手元に引き戻したんだっ、ずりぃー!」

「おい、手品の仕掛けを言うなよっ! サーストンの三原則は何度も教えただろ!?」


 少し意地悪な返事に反発するように、遮る玲の腕を押さえ込んでカードを確認した由賀は、端に小さく取り付けた手品の仕掛けを見つけたようだ。子供が秘密を見つけて目を輝かせるような由賀に、容赦無く肘鉄を喰らわせ、カードを奪い返す。


 カッコ良く決めたはずなのに、タネがバレては台無しじゃないか。

 せっかく驚いてくれた女生徒も、仕掛けに感心しちゃってるし……っ。


 手品というのは一見華やかだが、その仕掛けや準備は地味なものなのだ。それを気付かせないようにパフォーマンスで視線誘導をして、訓練された手技で認識できないぐらいの速度で扱うのが、手品の醍醐味であり、手品師の楽しみなのだ。……というのを、由賀にはこれまで何度も何度も力説しているのに、こいつは全く聞いてないらしい。というか、右から左にも抜けてないんじゃないだろうか……。


「何の原則だって? あーもう、オタクの知恵袋はいいから、さっさと行くぞ。どうせ授業どころじゃねぇじゃん。あんまグダグダして被害が拡大して、時給減らされても文句言えねぇぞ!?」

「えー……これ以上時給下がったらやだなぁー……」

「なんだよ、その果てしなく嫌そうな顔。俺が何回親切で呼び出しの電話をしたと思ってんだ。出ねぇお前が悪い」

「……由賀のは着信拒否」

「俺だけなんだよその扱い!!!」


 ぺしっと頭を叩かれた。

 子気味良い音が鳴り、そして腕をガシっと掴まれてズルズルと窓際へ引きずられていく。


「え……えぇぇ……ちょ、由賀……」

「玲がトロトロしてるからだろ。時間がねぇの」

「いや、これは最初に逃した咒操士のせいじゃん……って、ちょ、まじで……俺はそういう人間離れした行為は……」


 由賀が窓枠に手を掛けたのを見て、顔から血の気が引いていく。


 こいつ、絶対にやる気だ……。


「抱えといてやるから安心しろよ」

「それが嫌なんじゃん!」

「いつもやってるだろーが。ゴタゴタ言うな、このぐらいの高さ」

「お前たちみたいな恐怖感を喪失しちゃってる人間失格とは一緒に……わ……ひぃ……!!」


 全力で逃げようとしたけど、無理だった。


「だからお前、嫌いなんだよーーーーー……っ!!」


 グラウンドに響き渡る断末魔の叫びと共に、玲は由賀に抱えられたまま窓の外へとダイブしていったのだった。



***



「……あーあ。連れてかれちゃった……」

「……行っちゃったねー」

「……嵐だわー」

「二人が一緒にいるとだいたいこのパターンだな……」


 教室では、残された生徒たちが、窓の外を見つめながら呟いていた。

 既にグラウンドには、難なく着地した由賀と、その腕に抱えられて着地したものの足元ヘロヘロでフラつく玲が、いつも通り楽しそうに罵り合いを続けていた。


「俺ら普通科の希望の星だもんなー、あの二人は」

「咒操士として活躍してる由賀も凄いけど、咒技連が情報局っつー重要なポジションに、バイトとして御神楽の力を頼ってるってのも……本当は有り得ないぐらい凄いことなんだよなぁ……」

「異例だよねぇ……本人は全然理解してないっぽいけど」

「将来、もし手品師になれないとしても大道芸人なら稼げるかなぁ……なんて本気で言ってたぞ」

「マジかよ……バカだな、あいつ」

「バカだよ、どっちも」

「うん。せっかく二人とも顔はいいのに……本質的にバカなんだよね……」


「「「そこが可愛いんだけどね」」」


 全会一致の結論に、教師までもが深々と頷いたのだった。




――――――

カクコン短編に何か出したかったけど出来なかったので、ちょっと気分転換に、中編?短編?をちょろっと投稿予定ですー。

気軽に楽しんでいただけると嬉しいです。

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