3話 月の姫、制服を着る
あれから2週間あいた今日、本日から梓と初音は僕と同じ高校に通い始めることになった。
「………ぬぐぐぐぐぐ……」
「なんか機嫌悪くないか?」
登校日の朝、我が家に朝食を食べに来ていた美結がシャケおにぎりを咥えながらしかめっ面で僕の方を見ている。
「おにぃがなんかしたんじゃないのー?」
「そんな記憶にないこと言わないでおくれよ藍李さんや」
隣でマーガリンと蜂蜜を塗りたくった超甘々トースト(粉砂糖を少々)を齧る妹の視線が冷たくて、兄は悲しいです。サクサクと綺麗な狐色に焼けたマーガリントーストを齧っていく。
「まぁ、
「え、マジで!?」
僕をじーーーっと眺めた妹、
パンくずの付いた手をきちんと濡れタオルで拭いた後、妹の艶ある黒髪を制服の胸ポケットから取り出した櫛で透きながらいじいじ弄る。
「はぁ……、お兄ちゃん勝手に髪の毛弄っちゃうぞー?編み込みとツインテールでいいよな?」
「うむ、苦しゅうない!」
全くこの妹は、兄をなんだと思っているのか。僕は妹の家臣か何かですか、そうですか。
苦笑しながらも、僕はマイシスターの髪をてきぱきセットしてやる。
「おはよう御座います。遅くなって申し訳ありません、準備に手間取りました」
そんな事をしている間に、うちの制服を着た初音がリビングに入ってくる。灰色の髪は簡単に片方だけ耳にかけ、ヘアピンで飾っていた。
「如何でしょうか?樹様、
恥ずかしそうに僕らの前でクルクル回ってみせる初音は、最後にスカートを少しだけ持ち上げて腰を落としながら首を傾げてみせる。
「わーー!超可愛い、初音ねぇ!すごく似合ってると思う!」
「うんうん!私も、とっても似合ってると思うよ初音ちゃん」
妹と美結の言葉に、僕も同意した。普段はハーフツインにしている髪を下ろしているのも、制服を着ているのも新鮮に感じた。
あれ?梓は?まだ着替えているのだろうか。
「アズサ様、早く入って来てください」
疑問に感じていると、初音が廊下に向けて声を投げる。廊下からは、恥ずかしそうにモジモジしているような梓の声が聞こえてきた。
「だ、だって……制服なんて初めて着たので……似合っているか、不安なのです」
「全く、もう学校に行かなくてはいけない時間ですよアズサ様。早く出てきてください」
「ちょ……ちょっと……!!ハツネ!?」
腕をハツネに引かれてアズサがリビングにやっと顔を出す。
「ど……どうですか……?」
母さんたちと一緒に買った桃色のカーディガンを合わせた制服姿は、控えめに言って彼女にめっちゃくちゃ良く似合っていた。
「ほらほらー、あなた達?お披露目会もいいけれど学校に行かないと遅刻しちゃうわよぉ。あと、みんなお弁当ひとつずつ忘れないでね。お母さん頑張って作ったんだから」
「「!!!」」
みんな慌ててご飯をかきこみ、皿を手に席を立っていく。ちゃんと後片付けも忘れないなんて、僕を含めみんな偉い子だ!
***
「——本当に、梓たちって私たちの学校に来るんだ」
「美結様。何度もそう申していたはずですが?」
「むむ……そうだけど。話を聞くのと現実になってるのを目の当たりにするのとじゃ、違うじゃない!」
「ふふっ、
前列に初音、梓、美結。後列に僕と藍李で並んでいつもの通学路を歩いていく。
去年までなら彼女達が帰る季節なのに、今年は梓達が居る。それだけではなくて、同じ制服を着て学校に通ってる、目の前の状況はなんだか不思議な気持ちになってしまう。
こういうの、いいなぁ。
——にしてもカーディガンを合わせている梓はともかく、何も上に羽織っていない初音は寒くないのだろうか?
「なぁ初音、その格好で寒くないの?」
「寒くありませんが、なにか?不備があれば、朝のうちに申し上げてもらいたく……」
ムッと唇を尖らせる初音に、僕は慌てて否定をするけど周囲の女子の目がシラーっと冷めた目をしていた。
「ちがう!ちがう!ほら、もう11月も終わって12月じゃないか。コートもなくて寒くないのかなーって……」
僕も藍李もそして美結も、コートを着用している。もう少しすればマフラーや手袋も必要になってくる時期だろう。確か二人ともこの間、冬用品を購入していたはずだ。
「嗚呼……。確かに、皆様上着を着用なさっておられますね。申し訳ありませんアズサ様、失念しておりました……」
周りをキョロキョロ見渡した後、初音が漫画のようにガーンッとショックを受けて項垂れた。生気のない顔で梓に深く頭を下げた。
「……いいえ、良いのです。それだけハツネも制服に腕を通して浮かれていたと言う事でしょう?
それからと、梓が胸を張って僕へと会話を続けた。
「
「おおー……!なんかうらやまー!」
僕の隣で藍李が拍手し、瞳を輝かせた。梓の横では、どう言葉を返そうか困ってしまった美結が「そ、そう。それはよかったじゃない」とぎこちなく言葉を発していた。
「……うん!まぁ、寒くないならよかったよ!」
僕は梓に親指立ててグットマークを出してあげた。
****
学校に着き、梓達を職員室に送った僕と美結は、教室へと向かった。
「……」
「……」
背筋をピンと伸ばして、視線を廊下の先に向けながら歩く美結の甘茶色の髪が揺れる。藍色のカチューシャはいつも通り頭にあって、ブレザーを羽織った制服の着こなしも、鞄についた兎のキーホルダーもいつも通りだった。
「……美結さん??」
「なに?」
声をかけたら直ぐに苛立ったような声が返ってくる。なんか……。
「なんか、この間から怖くない?僕何かしたっけ?」
「けほっ!けほけほけほけほっ。こ……こういう時だけ直球で聞かないで欲しいよ……。しゃ、しゃきに行くからーーー!」
こちらの顔を見ようともせずに廊下を早歩きで去っていく幼馴染の後ろ姿を、僕は黙って見送るしかなかった。
「???……え、ええーー……」
藍李が僕のせいだと言うけれど、あながち間違っていないかもしれない。
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