第4話 偶然の再会

 あのひととはもう二度と会えないだろう。

 あんな醜態を晒した上に、キレてしまったのだから連絡なんか来るわけがない。

 僕はママ活はもうやめようと思った。自分には向かないということがよく分かった。

 やっぱり、地道にお金を稼ぐ仕事が僕には向いている。

 楽をしてお金を儲けようという虫のいいことを考えたことが間違いだったんだ。

 もうすべて忘れよう。

 だが、忘れようと思えば思うほど、あの女の姿が浮かんでくる。

 手入れのいきとどいた美しい長い髪。切長の大きな目。鼻筋の通った堀の深い顔。ふっくらとした唇。透き通るような白い肌。

 豊かな胸の膨らみ。括れたウェスト。艶めかしいしぐさ。絶えいるような熱い吐息。

 抱き締めると僕の腕の中にすっぽり納まってしまう小さな体も愛おしい。

 あんな美しい女性とはもう二度と巡り合うことはないだろう。

 あの女はどう見てもセレブだ。

 僕とは住む世界が違いすぎる。

 同じ時間を過ごすことができただけでも幸せだと思わないといけない。

 あれは夢だったんだ。

 あの女のことを早く忘れようと思い、僕は大学の授業とバイトに以前よりも必死に打ち込んだ。

 そして、ゆっくりと一か月が過ぎた。


 こんな偶然があるのだろうか。

 あの女が僕のバイト先に来た。

 僕は夕方から大学の近くのコンビニでバイトをしている。

 あの女にバイトをどこでやっているかを言っていない。

 セレブのあの女がまさかコンビニを利用するとは思ってもいなかった。

 レジをしていたので、あの女が店の中に入ってきたことにまったく気がつかなかった。

 目の前に立ったあの女を見ては僕は動揺した。

 だが、あの女はとくに僕を気にする様子もなく、商品を置いた。

 僕のことなどもう覚えてはいないのだろう。

 僕も淡々と商品を渡し、お金を受け取った。

「明日、同じ時間にあの場所で」

 立ち去りぎわに、あの女は囁くように言った。

 一瞬、そら耳かと思った。でも、あの女の澄んだ声の響きが耳の中に残っている。

 その後のバイトは上の空だった。

 家に帰っても僕はまだ悩んでいた。

 明日は授業がない。

 どうしよう。

 頭の中では行ってはいけないという声が聞こえている。

 どうせ揶揄われているだけだ。行ったら、恥をかくだけだ。

 あんな別れかたをした僕をあの女がまた誘うわけがない。

 ひょっとしたら、誰かと間違えて誘ったのではないだろうか。

 それとも僕の幻聴だったのではないだろうか。

 いろんな考えがクルクルと駆け巡り、その夜は眠れなかった。

 朝になってもグズグズ考えていた。

 もう家を出ないと約束の時間に間に合わない。

 悩んでいても仕方がない。

 とりあえず、行くだけ行ってみようと思った。

 もし、いなかったらその時だ。そうなったほうがきれいさっぱりとあの女のことを忘れられる。

 僕は玄関を出た。


 約束の時間ちょうどに喫茶店に着いた。

 あの女はまだ来ていない。

 やっぱり、僕が聞いた声は幻聴だったんだろう。そう思いながらももう少し待つことにした。

 5分が過ぎ、10分が過ぎた。

 あの女は来ない。

 これ以上待っても来ないだろう。

 やはり揶揄われたんだ。

 僕は伝票を手に持ってレジへ向かった。お金を払って外に出る。

 なぜか涙が出てきた。

 下を向いて歩いていると、いきなり腕を掴まれた。

「行きましょう」

 あの女だった。

「えっ」

 僕は引っ張られるままこの間のホテルの中に入っていった。

「どうしてなんの連絡もくれないの?」

 部屋に入ると、あの女は僕の顔を見て、いきなり文句を言った。

「連絡って………」

 電話番号もアドレスも交換していないのに連絡の取りようがない。

 それに僕はもう嫌われていると思っていたから何かしようとも思っていなかった。

「メッセージに連絡くれるよう書いて出したんだけど返事がなかったわよ」

 もうママ活はやめようと思っていたので、サイトを見ていない。

「すみません。サイトを見ていなかったんで」

 とりあえず、謝った。

 はあーっと吐息のようなため息をあの女はついた。

「あのコンビニで働いているなんて知らなかったわ。前を通ったら君の姿が見えたから思わず入ちゃったわ」

「よく行くんですか?」

「あることは知っていたけど一度も行ったことはないわ」

 行ったこともないのに前を通るということは家が近くなのだろうか。

「まあいいわ。シャワー浴びてきて」

 僕は言われるまま浴室に行った。


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