第11話 - 4  百合に始まり百合に終わる

 エクストラテレストリアルⅣ式、略してエデン・レイはその長い髪を翼のようにゆらゆらと自由に靡かせていた。空は紅く、朱に染め上げられるように変貌しており、異様な雰囲気を醸し出しながらもどこか美しかった。偽中華包丁を刀として回転させながら地を蹴って飛び出したチュウカは、繰り出された光の刃を受け流しながら器用に空中でもう一弾飛び直し、そしてレイにたどり着いた。レイも光の槍で応戦し、すぐさまチュウカを地上へと送り返す。

 


「やるじゃねぇか、本体さんよぉ。……ぁあ?」



 地上についたチュウカはすぐに違和感に気づいた。



 周囲の人間が戻ってきたのだ。



 人々は口々に二人を指さしながら好き放題言い始める。「剣を持っているぞ」「空になにかいる!?」「何が起きているんだ?」「怖い怖い怖い」「に、逃げろ、急げ!」「動画撮ってやる」「う、うわぁあ」



 主に祭りを翌日に控え、設営やら準備やらに勤しんでいた人たち。学生も数多い。彼らからしてみれば、二人が急に現れた格好になる。まさに不可思議だ。




「大変です、ヨウヘイさん。能力者の能力が切れて異空間から元の世界に戻りつつあります! 時間がありません、ああ、世界が滅ぶ……消えてしまう!!!」


「ヘイ様っ!」


「ヨウヘイ……」


「どうする。クロノ・ジョーカー」



 慌てる枝桜氏。叫ぶユメ。声を掛ける姫様。わざと二つ名で呼ぶ未来人、味楽来。

 


 全員が私に注意が向くなか、手招きで私はユメを呼んだ。



「……ユメ。いいか、今のこれを利用するぞ。力を貸してくれ」


「何事でも即座に。ご命令を…………はっ、御意に」



 命令を受けたユメが一瞬で姿を消した。頼むぞ、ユメ。

 


「お、おい! ヨウヘイか!?」


「やぁ、漆黒。なんか久しぶりだな」



 入れ代わり、逃げ惑う人混みの中から目ざとく私を見つけた同好会の同期生が声を掛けてきた。いや、ホント久々な気がする。



「そうか? ついこの間あったばかりだろ……ってそれよりこの空! あの空の! この少年! なんだよ、これ!」


「何に見える?」


「えっ、ええと」


「いつものような感じで言うと?」


「宙に浮かびし異世界からの制裁の美少女天使」


「さすが。いい厨二病だ」 



 私は漆黒の肩を叩いて、続ける。



「しっかり見ておいてくれ。見えなくなる範囲には行くなよ? それが大事だから。あとは安全なところに逃げるといい」


「あ、ああ。お前も気をつけろよ」


「互いに」



 グーでタッチした二人はそれで別れた。



「どうするのですか、ヨウヘイさん。私共にはもう打つ手はありませんよ。一時的な異世界退避も終わり、タイムトラベルももうすることができない。時間が。いま、刻々と侵食されています。この感じは、こちら側の世界が消えてしまう!!! 少年の世界に飲み込まれてしまう!」


「まあ、落ち着けよ。自称超能力者」



 私だってなにの考えもなしに、あの静かな食堂へ向かったわけではない。あの場に居たのが未来人のみで姫様がいなかったら、その時はもう打つ手はなかったけどな。でも、あそこで姫様は待っていてくれた。そして今のこの状況。ここにいるメンバー。条件は揃った。これで、あとはどうなるか。それは、本当に神様だけが結果を知っている。



 レイの光線波による波状攻撃が複数繰り出され、その着地点にいたチュウカは後ろへ飛ぶことでこれを回避。近くにあった建設用鉄パイプを二本取って投げ返すことで反撃を試みる。レイは槍でそのパイプを四本にして勢いを完全に殺し、追撃してきたチュウカと空中戦闘を始めた。光の能力を受け流し、浴びることで能力を得た刀剣は空中での重力を無視するかのような動きをチュウカに可能とさせた。対するレイは距離を取りながら槍を回転させながら刃先と端を交互に相手に向けることでその攻撃をやり過ごし、隙あらば光の刃を放った。チュウカはこれをバク転と後方ステップの連続技で回避。偽中華包丁を背にして走り出す。レイが分身を二体生み出し、それを見るやチュウカが近くの屋台のテント屋根に飛び、そして頂点の支柱パイプの上を走り出した。分身はそれを追いかけようとするが、その前に消失。レイの力も無限ではない。チュウカが三度飛び出し、刀剣にて光の槍を破砕。回し蹴りを一発レイにお見舞いした。態勢を完全に崩し、受け身も取れずに蹴られた体をくの字にしたレイが次に見たのは夢野根底であった。どこから来たのか、空中から覆いかぶさるようにしてやってきたその様は、いつかの侵略を防がれた日を想起させる。



 レイはユメに再びキスされたのだった。



 レイは今度は驚かない。受け入れるように静かなキスだった。口を合わせるだけの、触れるだけの口づけ。そこには状況という仕方無さもある一方で、それでもキスができたことにレイは、喜びを感じていた。ユメにとっては任務の必要事項にすぎない、必要動作でそこには欲情も愛のかけらもない。気持ちはむしろヨウヘイという一人の少年にだけ向いていて、キスの間でさえも考えていたのは世界が救われてまた“ヘイ様”と笑いあいたい。それだけであった。



 レイからすれば虚しい喜びのキス。



 ユメからすれば必要動作の未来のためのキス。



 それでは目撃していた第三者からは? 



 おそらく目視することの出来たものはいない。その場にいた誰一人として叶わなかったことであろう。なぜなら、二人の交錯した感情が生み出した百合は百もの光線に包まれ、最も近いチュウカでさえ眩しさに目をやられてしまうほどだったのだから。斯くして百合より始まりし不可思議は百合の不可思議によって幕を閉じることとなった。

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