第9話 - 5 百合姫に仕え夢姫を使え


 戦いが始まった。



 想定通り、チュウカ少年はレイの分身を次々に倒している。



「ヨウヘイさん、夢野さん。おまたせしました、準備完了です。一時的ですが、元の世界から私達だけを切り離しました。これで、私達とヨウヘイさん、夢野さん、チュウカ少年とレイさんは並行異世界に一時移動した形になります。これなら周りの人間に被害が及ぶこともありませんし、他人の目を気にする必要もありません。しかし、一時的です。すぐに世界は元通りになります。その前に決着をつけましょう」


「はい。確認ですが、チュウカ少年がレイの分身を倒す。その時発生したエネルギーを使用してこれも一時的な仮タイムトラベルを行う。飛来先は世界が重複する前の時間。そこで要因を取り除き、事態解決を図る……間違いないですか?」


「ええ、概ねそのとおりです」


「あとはレイがどれだけ粘るか。私が早く解決できるか」



 世界が消えて無くなるのが先か。



 その前に再び世界をそれぞれに分断することができるか。



 一体何が原因だというのか。



 まったくこれではゆっくりと百合カップルや男子カップルのイチャコラを見学することも敵わないじゃないか。観覧車をゆっくり眺めていた方がどれだけ幸せか。そもそも、世界を救いたいわけでも世界を変えたいわけでもないのに。なぜ私なのだろうか。いや、それは願いの結果だと私の中で既に結論づけている。結論は出ている。だが、しかし。やる気はあまりない。だって、そうじゃないか。いきなり世界が滅亡の危機です、あなたの力が必要です、助けてください、タイムトラベルしてください、なんて言われても、ね。世界の危機です、プラスチックを減らしましょうと言われても翌日にはペットボトルで飲み物を飲んでいるだろうし。世界の危機です、二酸化炭素排出を減らしましょうと言われても、そのニ秒後には火力発電の電気をスマホやテレビで消費するだろう。『世界』と言われると、急に分母がでかすぎて実感がわかなくなるのだ。



 たとえば、『同性愛を認めましょう』



 これであれば、私は自分ごととして捉えられる。なぜなら興味本位のベクトルが向いているからだ。



 たとえば、『ダイバーシティを勧めましょう』



 これであれば私はどこか他人事だと思うのだ。多様性を認めることは同性愛を認めることにもつながるのだが、しかし、分母がなにせでかい。そうするとベクトルが分散してしまって、やる気に繋がらないのだ。誰か他の人がやるだろうって。



 今回の世界の危機もまさにこれに該当する。もちろん、大変な事態だし、自分にしかできないことならば、全力で努力する。しかし、しかしだ。一方で世界なんてどうでもいいという自分もいる。世界のすべてが同性愛に寛容ではないのだ。むしろ最近声が大きくなったぐらいで、急に常識をひっくり返された人間にとってはどうだろう。どうでもいいことこの上なく、ベクトルは分散してしまうに違いない。大事だけど、自分のことじゃない。ならばそんな世界を守る必要がどこにある? なぜ世界を守るのだ? そもそも世界ってなんだ?



 結論は一つ。



 δ世界で百もの花弁にチームをたとえ、先頭で戦った私の婚約者たるひとりの姫と、そんな前世に近い世界でも現世でも私程度の人間のそばにいてくれる友情以上の関係にあるひとりの姫のため。この二人のために、私は世界を救う。



 百合姫に仕え夢姫を使え。



 自分の世界を守りたければ。



 自分の世界を救いたければ。



 行こう。



 仮のタイムトラベル、開始ーー。

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