第6話 - 3 クロノ・クロバノ・ジョーカー

 観覧車。


 見えるけれども行くことのできない未踏の地。



 全長80メートルを超えそうな超巨大観覧車。籠の数は数え切れないほどあり、いつも遠くからしか見えないから点にしか見えない。色は七色を有に越えており百色以上の鮮やかさをそのホイールに彩っている。ライトアップ等の光はなく、暗くなればその姿は見えなくなる。しかし、誰が動かしているのか二十四時間営業で回転し続けている。



 乗車しているのはいつもガールズカップルの二人乗り。女子寮コース者が多いのだろう、あまり見かけたことのない女の子ばかり乗っていることが多い。地域に開放されているからか、稀に高校以上のアダルトな二人が乗っていることもある。基本双眼鏡を使わないと中の様子など見えないが、私の現在の窓際最後方の席からぎりぎり目を凝らしてなんとかたまに稀に偶然にも見えることがある。そして名前だけ知ってる隣の隣の上の隣のクラスの女子が乗っていたときに、委員会の仕事を挙手して引き受けるという荒業を使うことで、一度だけ当事者から話を聞く機会を作れたことがある。



「ーーアッ、アノ……観覧車って、どうやっていくんですか?」


「あれは乙女の秘密です。黒のジョーカーさん」




 そう。そのときに私は夢野以外に黒のジョーカーと初めて呼ばれている。もちろん、話すときには自分の名前、秘密結社同好会という身分、興味本位で聞いて申し訳ないこと、それを前提の上で私の質問を受けてくれた。しかし答えはゼロ解答。黒のジョーカーだなんて、厨二病も良いところだな。その時の私はその程度にしか思っていなかった。



「ユメ、黒のジョーカーっていうのは黒川ヨウヘイのことで間違いないんだな」


「はい、ヘイ様。左様でございます。前にも話しました通り、意味は切り札です。その呼び方を知る者は極一部ですが、おります」


「そうか。それは性指向が同姓愛で観覧車に乗ったことのある女子生徒の極一部、ということで間違いないか」


「……」


「ユメ?」


「申し訳ございません、ヘイ様。そのご質問に私が答えて良いのか、判断が付きませんでした。即答できません。お考えの時間を下さいませんか」


「いいよ、ゆっくりで」





 ※ ※ ※





 私が先程の質問に至るまでの考えはこうだ。



 仮に観覧車がオーパーツ、つまり世界には本来存在し得ないモノだとする。その場合、この世界が最も正常に近いと言える。観覧車はなく、宇宙人も超能力者もいない。それが正常。平穏。自称ながらも他から認められている未来人がいるのは気になるが、しかしここ一年間は一般人だ。つまりが今私がいる世界ということになる。これを平和な世界と便宜上呼ぶことにする。



 平和な世界と元の世界。両方とも、人の属性は違えど、登場人物は一人を除いて全員いる。いないのは自称宇宙人、地球外知的生命体のエデン・レイだ。彼女ーー容姿が女性であるため、この呼び名とするーーがいないと、何が起こらないかというと、それは地球への侵略。つまり平和な世界である。



 これを未来人の考え方、多世界解釈で考える。簡単に平易にすると、元の世界と平和な世界は平行世界。いわゆるパラレルワールドということになる。元の世界をα、平行世界をβとする。世界の分岐点はまだわからない。違いはこれまで述べた通り。β世界に来た私がαに帰る最短はこの分岐点に戻ることであろう。βへ分かれる道ではなく、αへの道を歩めば自ずと帰還を成し遂げるに至る。つまりーー



・時間遡行を再度行い、世界の分岐点を目指す。


・世界の分岐点から望む世界の選択肢を選ぶ。



 この二点だ。そこで真っ先にぶち当たる課題が時間の再遡行。タイムトラベルそのものは経験済みの私である。あとはその仕組みさえわかれば、それが馬鹿げた妄想科学者の空理な話などではないと断言できる。一度しかできないなんてことはないと思う。それでは実験再現不能の非科学的であるということを明言しているにほかならず、そんなものを姫様が使うとは思えないからだ。魔法でも科学でもカラクリは必ずある。スマートフォンが何でもできる魔法の携帯のように思えても、蓋を開けてみればわかる通り電子回路が施された基盤やらリチウムイオン電池やらが存在している。種も仕掛けも存在している。ここまで来ればわかるだろう。魔法のように見えて、仕組みがわからないものを探す。今回で言えばそれが観覧車だ。



 観覧車は何か特別な人の集まり場所だと、私は考えた。特別な人であれば辿り着くことができる。それ以外は立ち入れないようにしている、とも意味する。つまり何らかの組織のアジト、秘密基地のようなものではないかと邪推したのだ。それ以上はわからないので、現状分かっている特別=ガールズカップルを当てはめて、先程あのような質問をユメにしてみたのだ。




「ヘイ様。すいません、先程私が即断できなことをお詫びさせてください。時間を頂戴してしまいました」


「いいよ、ユメ。それで、答えは?」


「はい。正確には観覧車に辿り着ける人物、という解答になります」


「なるほど」



 黒のジョーカーはニ枚存在する。トランプの黒はクローバーとスペードの二枚。一枚で返される状況でも、ニ枚あればもはや敵なし最強となる。一枚が私を示す隠語だとするならもう一枚は? 答えは目の前だ。



「ユメ。ユメも違う世界から来たんだろう?」


「はい。ヘイ様。私はヨウヘイ様の居た世界とも、今のこの世界とも異なる世界線から参りました。全てはヨウヘイ様の命のままに」


「私の?」


「はい。私の居た世界線のヨウヘイ様です」


「私。黒川要黒。ユメ。夢野根底。いや、黒のジョーカーか」


「さすがです、ヘイ様。わたくしネネは『黒』に草葉の『葉』で黒葉クロバのジョーカーが二つ名でした。葉は刃の意味もあります」



「クローバー。駄洒落だな。ふふっ。なあ、私の方は正確には何と呼ばれていたんだ」


「そのままです、ヘイ様。クロノ・ジョーカーです」


「クロノ……ギリシャ語で『時間』か。スペードだから剣とかだと思ったけど」


「スピードです、ヘイ様。つまり速さと時間をという意味です。二つ名の意味はそれぞれ得意技を模しています」


「得意技。超能力みたいな?」


「はい。そのとおりです」



 どっかで聞いたな、そんな話。



「じゃあ、観覧車は」


「秘密結社ーー黒の輝石のアジトです」

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