022.幸せな眠り
「――――よし。 こんなものかな」
作業が一段落し、頭の汗を拭いながら立ち上がって完成したものを眺める。
目の前に広がるは俺のふくらはぎほどの高さで、人の背丈よりも長い大きな物体……ベッドだ。
宅配業者から大きなダンボールを受け取っておよそ30分。
意外と早くに組み立て終わったベッドは、これまで物置だった部屋に設置されていた。
組み立てが簡単な割にそこそこしっかりした作り……なかなかいい商品だ。
それにこの工程なら隣の美汐ちゃんでも一人で組み立てられるだろう。一度やったことあるって言うし、本当に手伝いは必要ないかもしれない。
しかし、これまで物置として使っていた部屋…………。
昨日まで片付ける暇がなかったからだいぶごちゃ付いてしまっている。
ずいちゃんも、最初はゲーム機やら扇風機やらに囲まれて眠ることになると思うがそればっかりは我慢してもらおう。
「お疲れ様お兄ちゃん。はい、お茶」
「ん、ありがと」
あぁ……。
暖房の効いた部屋で動いたからだいぶ汗をかいていたようだ。冷たいお茶が身体に染み渡る。
さて、あとは同時に届いたマットレス等を敷けば完成だ!
「後はあたしがやっておくからお兄ちゃんはお風呂入っちゃえば? ずっと動いてて疲れちゃったでしょ?」
「そう? 仕上げくらいは余裕だけど……お願いしちゃおうかな」
「うんっ! あたしのだしね、まっかせて!」
ポンと胸元を叩いて自らを鼓舞するずいちゃんの頭を撫でてから、今日の汗を流すため風呂場へ。
ご飯も食べた、組み立てているうちにずいちゃんはお風呂も入ったみたいだし、湯船が冷める前に入ってほしかったこともあるだろう。
「ふぅ…………」
一人浴室でお湯に浸かりながらこれまでの事を考える。ここ数日で、俺の生活は一変した。
ずいちゃんがやってきてから美汐ちゃんという友人ができ、こうやって生活水準も大幅に上昇。
俺一人だけの時は浴槽なんてただの飾りだったし、キッチンにも埃が被っているというひどい有様。
それを彼女一人の力だけでこうもクオリティが上がるとは。たった2日だけれど大きな2日だった。
今日の夕飯である焼き魚も美味しかったし、料理の腕前はもう一人で生きていけるレベルだ。
もはや兄貴分というだけでこうも甲斐甲斐しく世話されるのが恐れ多くなるほど。
大丈夫かな……ずいちゃんが高校卒業とかで出ていく時、そのあと一人で生きていけるかな……?
「おにいちゃ~ん!」
「っ!!」
口元まで沈まりながらブクブクと泡を出していると、不意にかけられる声に俺の身体は大きく揺れる。
「ど……どうしたの?」
「仕上げ終わったから、先にキッチンの電気以外消してベッド入ってるね~!」
「あ、了解! お休み!」
「おやすみ~!」
あービックリした。弱気になってる俺の心を読んで叱りに来たかと思ったよ。
時間は……10時前か。
普段寝る時間より随分早いけど、彼女も疲れたのだろう。
正直俺も疲れた。2日ある休日、こうも動き回ったのは学生以来だ。明日からまた仕事だし俺もさっさと出て眠ったほうがいいな。
ずいちゃんが洗面所から出ていった事を確認した俺は手早く身体を拭いて服を着る。
歯は……磨いたしやること全部やった。あとは寝るだけだ。
「ただいまー……って暗いなぁ」
ダイニングへ続く扉を開けると、彼女の宣言通りキッチンの明かり以外は消されて奥の寝室は真っ暗になっていた。
新しく作ったベッドは……見えないが、きっと横になっているだろう。俺も向かうためキッチンのライトを消してスマホの明かりを頼りに自らのベッドへ向かう。
「俺もさっさと寝ないとなぁ……」
彼女のお陰で昨日今日と午前中に起きられたが、今日みたいに11時とかだと洒落にならない。
幸いにも普段寝る時間より随分早いから、明日はきっと早く起きれるだろう。動いたお陰でほんのり眠気が襲ってきてるし、眠るのも直ぐな気がする。
暗くなった室内でなにかに躓くこともなく無事にベッド前までたどり着いた俺は何も考えること無くベッドに潜り込む。
――――ん?なんかプニッとした感触があったような……。 ……!まさか!?
「もしかしてこれって! ……やっぱりずいちゃんか」
「えへへ……」
掛け布団へ手を突っ込むと感じた何らかの柔らかな感触。
その正体に心当たりの会った俺は布団を引っ剥がすと案の定、ずいちゃんが潜り込んでいた。
彼女は俺の手が当たったであろう頬に手を触れながらイタズラのバレた子供のように笑いかける。
「ずいちゃんのベッドはさっき作ったでしょ? それとも俺があっちで寝たほうがいい?」
「いやぁ……えっとねぇ……」
別にどちらもそんな大差のないベッド。
彼女があっちで寝ようが俺が寝ようがそんなものに意味はない。だから向こうで寝てもいいのだが、頬に触れていた手が俺の袖を掴んで視線で向こうに行かせまいと告げてくる。
「……?」
「えっとねぇ……。最初は向こうのベッドで寝ようと思ってたんだよ?でもなんだか、温もりが恋しいなぁって……」
「あぁ……そういう……」
そういえばずいちゃん、家ではおばさんと一緒に寝てたんだっけ。
更に昨日今日と寝てると、明け方俺に抱きついていたからそういう癖が付いてしまっているのかもしれない。
これはどうするべきか…………。
「もちろんお兄ちゃんに迷惑はかけたくないから練習するよっ! でも……今日は一緒に寝てほしいなぁ……」
「……しょうがないなぁ」
ここで突き放すことも考えたが、やはりそんなことはできなかった。
仕方ないと思いつつ笑いかけると彼女の不安げな表情がパァッと明るいものへと変貌する。
「やったっ! ほらお兄ちゃん!こっちこっち!温めてるよ!」
「はいはい。 じゃあ失礼しますよっ……と」
もう3日連続ともなれば俺も慣れたものだ。
奥にズレて出来上がったスペースに潜り込むと距離を詰めるように俺の腹回りに抱きついてくる。
「えへへ~。やっぱりお兄ちゃんの横が一番安心するなぁ……」
「そう?おばさんのほうが安心したんじゃない?ダブルベッドで広かっただろうし」
「ううん、そもそもあたしがママと一緒に寝るように一緒に寝るようになったのは…………」
「なったのは……?」
そこで言葉が途切れ、俺が復唱するも返答が返ってくることはない。
寝てしまったかと思ったが、ただジッと俺を見つめているだけだ。
「ずいちゃん?」
「…………なんでもない! さ、お兄ちゃんも明日はお仕事なんだから寝よ寝よ!」
「あ、あぁ。そうだね」
「明日は遅刻しないようにお兄ちゃんを起こしてみせるからね! 7時でい~い?」
「うん……7時で…………」
さっきとは一転して明るくなったことに不思議に思いつつも、俺も眠気が襲ってきて考えられなくなって目を瞑る。
ふと完全に眠りに落ちる寸前、ずいちゃんの手が俺の頭に伸びて優しく撫でられたような気がした。
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