020.見てはいけない
――――俺は
幼稚園は……忘れたが小学校から中学校、高校に至るまでそういったことは一切経験がない。
容姿も普通成績も普通。生活が苦にならない程度の知り合いはいたが基本は親友のいないボッチな学生生活だった。
そんな中でも唯一、親友のように毎日あそんでいたのがずいちゃんだった。
8つも年下の彼女、かなりの差で、大人から見れば面倒を見る形だったと思うが何故か馬が合い、俺にとっては友人以上に仲良く遊んでいた。
そのせいでクラスメイトらからは奇異な目で見られた可能性を否定できないものの、そこは俺が楽しかったからどうでもいい。
ともかく、彼女の家に行ったりしたし俺の家に来たりするほど仲良かった。
そんなずいちゃんを除いてボッチの俺は、女子はおろか男子とも学外で遊ぶことは一切ない。
故に、今回のイベントはかなり緊張していた。なんていったって、当時小学生の子供らしい子供部屋だったずいちゃんの部屋とは違い、女子高生の、しかもインフルエンサーとして名高いらしい女の子の部屋にお邪魔するのだから。
「おっじゃましま~す!」
「お……おじゃまします……」
「いらっしゃい。 助かるわ。私一人じゃ数日を見積もってたけど3人なら早く済みそうね」
楽しげなずいちゃんに続いて俺も恐る恐る足を踏み入れると、ダンボールにまみれた部屋が視界いっぱいに広がる。
あれから中華を食べた俺たちは、ずいちゃんの提案で少女……美汐ちゃんの部屋の片付けを手伝う事になった。
初めての年頃の女の子の部屋。それは何も無いと知ってても妙に緊張してしまう。
「へぇ~! お兄ちゃんの部屋とは真逆なんだね~!おもしろ~いっ!」
「真逆? どういうこと?」
「トイレとかお風呂とか……そういう配置が正反対って感じ!」
確かにダイニングから見える諸々の配置はウチと逆だ。
と言っても両者に違いはほとんど無く、あってトイレや浴室が、玄関から見て逆となっているくらいだろうか。
あ、よく見れば窓が少ない。それは角部屋の特権みたいだ。
ずいちゃんは物珍しいのかあっちこっち行き来して新しい部屋を隅から隅まで見渡している。
美汐ちゃんが微笑ましい笑顔で見守られる中、物置部屋にしている部屋の引き戸をスライドさせると、普通ではありえない光景に彼女の声が漏れる。
「あれ……?扉が2つ……?」
引き戸の先には真っ白な開き戸があった。
俺が入居した……そもそも普通の家としてはありえないドアインドアは、まるでマトリョーシカのよう。
その不思議な光景に美汐ちゃんへ視線を送ると状況を理解した彼女がこちらに近づいてくる。
「あぁそれ? 入居前に無理言って入れてもらってたの。ネット用の防音室よ」
防音室……。
聞いたことある。家で楽器を使う人なんかは隣人への騒音防止として密閉された個室を利用するのだとか。
美汐ちゃんが先導してその扉を開けるとフローリングの床と真っ白な壁、体感ウチの物置部屋とほぼ同じスペースが広がっていた。エアコンまで完備というおまけ付き。
しかし、やはりと言うべきかダンボールがそこらにあって荷解きが済んでいない。
「見ての通り片付けは全然よ。ここは後日やるとして、あなた達にはリビングの食器類を棚に出してほしいんだけど、お願いしていいかしら?」
彼女が指差すのはキッチン近くの空になった棚の横にあるダンボール。なるほど、お皿なら俺が触ってもセクハラ判定は受けないだろう。
「うんっ! でも美汐ちゃん、さっきも言ったけど……」
「えぇ。ベッドが来る時間まで、ね。 きっと私のベッドもその頃届くでしょうし片付けどころじゃ無くなるわ」
さすがに手伝いに集中しすぎて自身の予定を忘れてしまっては本末転倒だ。ずいちゃんもそこのところは理解していたのか事前に説明済み。
ベッドのフレームとマットレス等、今日の夕方来る予定だ。美汐ちゃんも買っていたし、住所も隣なら同じタイミングで届くのかもしれない。
「ありがと。 それじゃあお兄ちゃん、頑張ろっ!」
「よしっ! がんばるかぁ!」
二人して気合を入れた俺たちは最初のダンボールのテープを剥がし、その中身を取り出していく。
ダンボールからずいちゃんがお皿を出して俺が棚に並べていくという、シンプルかつ効率のいいやり方だ。
並べる場所はどこでもいいらしいから迅速に、そして落とさないよう慎重に。
様々な大きさのお皿が取り出されるが、どれも柄なしの白や黒を基調としたものが多く、シックな印象を受ける物が多い。
よくよく見れば棚やタンスもシンプルなものばかりで、そういうところに彼女の大人らしさが垣間見えた。
「…………これでこの箱最後っ! お兄ちゃん、まだ頑張れる?」
ただひたすらに右から左へ皿を並べていく作業に没頭していると、早くも一箱が空になりそうだった。
残る箱は1つ。まだ20分程度しか経っていない。これならすぐ終わりそうだ。
「うん。余裕だね。さっさと次のも片付けて――――」
「――――きゃっ!!」
次の箱に取り掛かるため最後の1枚を置き終わった瞬間、俺が寝室としている部屋から美汐ちゃんの小さな悲鳴が聞こえてきた。
なに!?突然どうしたの!?敵襲!?
何事かとお互い驚いてそちらに目を向けると、彼女は尻もちをついたように床に手を付きながら座り込んでいるのが見えてずいちゃんが駆け寄っていく。
「大丈夫!?美汐ちゃん!」
「え……えぇ。学校のプリントが落ちて滑っちゃっただけよ。 ごめんなさい驚かせて。怪我はないわ」
そうなんてことのないように告げる彼女のお尻の近くには、一枚のA4サイズ容姿が。きっと、片付ける最中に滑り落ちたのだろう。
大丈夫かな……一応俺も行ったほうが…………
「お兄ちゃんはもう一箱お願い。あたしが見に行くから」
ずいちゃんと同じように駆け寄ろうとしたところで、制されてしまった。
まぁ、怪我も無いみたいだし下手に駆け寄ると美汐ちゃんが萎縮しちゃうかもだしね。
「そう? じゃあお願いしようかな?」
「うん! すぐ戻るねっ! 立てる?美汐ちゃん?」
様子を見に行くなら俺よりずいちゃんのほうが事案的な意味でいいだろう。
見た限りでも尻もちを付いただけで大丈夫そうだと受け取った俺は次の箱に取り掛かる。
えっと、ハサミハサミ……さっき使ったやつってどこに置いたっけ?
「大丈夫?」
「心配ないわ。 でもおかしいわね……なんでこのダンボールがこっちの部屋に……」
「勉強道具……みたいだけど、このお部屋じゃないの?」
「勉強はダイニングでやろうと思ってて、寝室に置くつもりはなかったたのよ。でもここにあるということは……入れ替わり?」
自然と聞こえてくる話し声に耳を傾ければ、どうやらダンボールが入れ替わっていたようだ。
無理もない、部屋全部に置かれてるんだし多少混在もするものだろう。
勉強道具はダイニング、ね……
確かに見渡してみれば俺が今並べているお皿用の棚の他に、本棚のような空っぽの棚も置かれてある。
あの棚に置いていくべきだったのか。
……お、ハサミあったあった。
そうだった。足元は危ないから空いてる棚に置いたんだっけ。丁度見つけられてよかった。
「そお? じゃあこの箱は持っていくね?」
「重いから気をつけてね。 でもそれじゃあ、”あの箱”は一体どこに――――」
「――――うわぁ!?」
ずいちゃんと美汐ちゃんのやり取りを聞きながら俺もダンボールを開けると、思わぬ光景に声を上げてしまった。
なっ…………!なんでこんな物が…………!!
「お兄ちゃん何かあっ…………た…………。 お……お兄ちゃん!!なんてもの見てるの!?」
「――――! もしかしてその中身って……!」
駆け寄ってきた彼女の驚きの声とともに、さっきまで目の離せなかったダンボールの蓋が勢いよく閉まる。
きっと開いていたのは10秒も無い。ほんの一瞬だ。しかしその光景は俺の脳裏に焼き付いて離れない。
ダンボールの中に入っていたのは、色とりどりの布の数々。
水色や黄色、白やピンク。様々な色の物があったが、問題はその形状。
そのどれも綺麗に並べられて入っていたが、見えた表面の7割はキャミソールという、薄い一枚の布と紐がくっついたシンプルなもの。
そして問題の2割と1割は、材質からして違うものだった。カラフルなのは変わらず、それぞれ対になったものがある。肌触りのよさそうな物が多くて特徴的な形をした小さなもの。それは…………。
「あぁ………やっぱり入れ替わっちゃってたのね。よりにもよってあなたが開けちゃうだなんて……」
ほんのり顔を赤くしてゆっくりこちらに近づいてくる少女。
その声色は呆れと、落ち込みが含まれている。
俺が開けたダンボールの中に入っていた、寝室にあるべきだったもの。それは彼女のものと見られる下着であった。
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