015.信じたいその気持ち
あたしたちも喫茶店での食事を終え、店から出ると世界は夕焼けに満ちていた。
冬至まで1ヶ月を切った11月終盤の夕焼け。それは夏よりずっと低く、まだ遊び足りないのにあたしたちの影を長く伸ばしてしまう。
「さてずいちゃん、そろそろ帰ろっか」
「え~! もう~!?」
「もうちょっとしたら日も落ちて真っ暗になっちゃうからね。 それに…………」
「…………?」
日が落ちる以外にも何かあるのかと言いたげな小さな呟きに、あたしは首をかしげる。
そっかぁ……ここで終わりかぁ。
せっかくの数年ぶりに会うことができたお兄ちゃんとのデートだったのにな。
でも、大好きなブラックテディさんに会うことができちゃったし、何よりお兄ちゃんと付き合ってるように見えたのは十二分に収穫だよね!
「あー……なんでもない。 夜になる前に帰ろうか」
「うん……お兄ちゃん」
なんだろ……早く帰りたいのかな。
さっきから何度もスマホを取り出して時間ばっかり気にしてるし、楽しかったのはあたしだけでお兄ちゃんは楽しくなかったとか?
ずっと無言で駅まで向かってるけど行きよりほんの少し早足だし、どこかで怒らせるようなことしちゃったかな……。
なんだかさっきと様子がまるで違うお兄ちゃんにあたしの心に影が差す。
せっかく大好きな人と楽しい時間を共有できるデートのつもりだったのに、あたしがもっと楽しませられなかったからお兄ちゃん、へそ曲げちゃったんだ。
結局ベッドも喫茶店も、全部お兄ちゃんが出してくれたから、押し切られたあたしもだけど無理矢理払ってればまだ違ったかも。
そんな事を考えていても後の祭り。
あたしは暗い気持ちで顔を下向けながら、お兄ちゃんの後を追っていく。
あたしは間違いなくお兄ちゃんが好きだ。それもずっと前、小学生の頃から。
いつかなんてきっかけはわからない。出会ったその日かもしれないし、就職で家を出る日だったかもしれない。
それでも好きな気持ちに偽りも陰りもない。だからこそ、今日パパママの元を離れてここに居る。
久しぶりに会うことができたお兄ちゃんは、最高の男の人だった。昔のあたしの感覚は間違っていないのだと確信した。
優しいし、気遣ってくれるし、あたしの事を何より一番に考えてくれる。ベッドの言い争いだって、あたしのことを考えてくれてるのだと実感できてとっても嬉しかった。
家を出てきたことに後悔はないし、今が人生イチ幸せなのも自覚している。
お兄ちゃんに彼女がいるという可能性は否定できなく賭けだったけど、無事一人だったからそこはクリア。
おばさまも全面協力で送り出してくれたけど、そこから先の段階『あたしを好きになってもらう』計画はあたしだけの問題だ。
ママから受け取った最後の武器である持参金は丁重に預かるということになった以上、もう助けてもらうことなんてできない。
だからこそ今日必死に引っ付いたりしてアピールしてきたけど、やっぱりお兄ちゃんにとってあたしは妹でしかないのかな……女の子として見てくれないのかな……。
「…………ぃちゃん。ずいちゃん」
「――――えっ!? あ、なに!?」
ちょっと考え事に没頭しすぎて周りが見えてなかったみたい。
気づけばお兄ちゃんは立ち止まっていて、真っすぐ歩いていたあたしは手を引かれていた。
一瞬信号すら見ていなかったのかと思ったけど、そんな事ない。むしろここは駅入り口だ。
どうしてここで立ち止まるんだろう。
「ボーッとしてたけど大丈夫?」
「うん、ごめんねお兄ちゃん。ちょっとテディさんに会えてボーッとしちゃってた」
本当のことなんて言えるわけないよ。
お兄ちゃんに余計な心配させちゃうし、重い女だなんて思われたくないもん。
美汐ちゃんには悪いけどちょっとだけ名前借りちゃうね。
「気をつけなよ。事故ったら大変なんだから」
「うん、ごめんね。 それでどうしたの?」
「ちょっと電車乗る前にトイレ行っておきたくて。ここで待っててくれる?」
お手洗い?
あぁそっか。お兄ちゃんさっきのお店でコーヒー飲んじゃってたからね。
コーヒーは近くなるってよく聞くし、電車で我慢する前に行っておきたいよね。
「お手洗いならあたしも一緒に――――」
「いっ……いや!」
「――――!!」
きっとそれは、ただの言葉の接続詞。
ほんのちょっとだけ慌てたような、語気の強くなった言葉に私の身体は大きく震えてしまう。
また選択を間違えたのかと、またお兄ちゃんの気を悪くしちゃったのかと。
そんな恐怖が一瞬の内に体中を駆け巡る。
あたしにはお兄ちゃんしか居ないのに。嫌われたら、もし家を追い出されなんてしたらもう全てが終わるというのに…………。
「ずいちゃんはここで待ってなよ! ほら、俺きっと長いから!一緒になら改札通ったあと行こっ!」
「う……うん…………」
なんだか必死に説明するお兄ちゃんに圧されてあたしは壁際まで移動し、お兄ちゃんをジッと見る。
しかし『すぐ戻るから!』と告げてからは慌てたように人混みに消えて見えなくなってしまった。
本当に、あたしが嫌になっちゃったかなぁ……まだ2日目なのに、頑張るって決めたのに。
ダメダメだなぁ……あたし。
「ホント、嫌になっちゃうな……」
「――――ホントよね。こんな可愛い子一人置いてどこか行くなんて、誘拐なんてされたらどうするのよ」
「えっ…………!?」
ポツリと溢れたあたしの言葉を拾うように、すぐ近くからかけられる声に気づいて思わず目を開ける。
目の前にはさっきまで一緒に食事をしていた女の子が。さっきと変わらぬ様子であたしにウインクしてくれていた。
「テ……テディ…………美汐ちゃん!?」
「また会ったわね、瑞希ちゃん。 ……会えてよかったわ」
そう目の前の女の子――――美汐ちゃんはマスク姿を崩すこと無くあたし同様となりの壁に寄り添う。
なんで美汐ちゃんが……?よかったって一体……?
「どうしたの、そんなあからさまに不安そうな悲しそうな顔をして。あの人と喧嘩でもしちゃった?」
「そんなこと…………! ない……もん……」
ギュウっと自らのバッグを抱きしめながらも顔を背けながら言うと、苦笑する声が聞こえてくる。
喧嘩は……してないもん。あたしがお兄ちゃんに嫌われちゃっただけで……
「さっきの様子見てたけど、随分あの人は挙動不審だったわね。 なにかあったのかしら?」
「…………わかんない」
確かにそんな気もしたけど、理由なんてさっぱりわからない。
あたしが嫌になって他の女の人のところに行ったら……ヤだな…………。
「――――そんな不安そうな顔をしなくたって、きっと大丈夫よ。私、あの人が何をしてるかわかるもの」
「えっ…………」
不安な気持ちにほんの少し光が差すように、その言葉に向かって顔を上げると、美汐ちゃんの優しげな顔が目に入る。
なんで美汐ちゃんが……今日会ったばかりなのにお兄ちゃんのことを……?
「多分だけどね。この駅で改札前に消えたことと、瑞希ちゃん事情を考えるとね。 きっと5分もしない内に帰って…………ほら来た」
「…………お兄ちゃん」
美汐ちゃんが微笑のまま向けた顔の先には、人混みをかき分けるように走ってくるお兄ちゃんの姿が。
あたしはお兄ちゃんの真っ直ぐ向けてくる顔を、ジッと見続けていた。
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