013.プレイ
「ん~! 美味しいっ!!」
「……よかった」
宴もたけなわ騒々しく。
この場が明るさと幸せで満ちている。
少し目を下げると、テーブルいっぱいのデザートは徐々に減っていた。
季節限定お芋や栗が中心の、華やかなデザート。メニュー一面殆どの商品を頼んでいた眼の前の少女、美汐ちゃんなる者はずいちゃんと2人でちょっとずつ食べている。
さっき届いた俺達の注文も届きはしたが、ずいちゃんの手はどうしても分散してしまっている。しかし動作は決して緩むこと無く、一定のペースで確実に2人の少女はデザートを食い尽くさんとしていた。
スイーツは別腹だとよく聞くが、どうも真実みたいだ。明らかに普段の食事だと満腹を超えるかの量。それを苦の表情1つ見せずに手を動かしている。
しかし、やはり可愛い女の子の幸せそうな表情は絵になる。
ずいちゃんはもちろん贔屓目抜きで可愛いし、もうひとりの少女もインフルエンサーという肩書を抜いても思わず見惚れるほど美人の顔つきをしている。
そんな2人の綻ぶ表情を間近で見れるのだ。笑顔だけで幸せな気持ちが湧き上がってくる。
「そういえば美汐ちゃん、なんでネットでは『ブラックテディ』っていうの?」
「……ん、わふぁひ?」
ふと思い出したようにずいちゃんが問いかけると、突然のことに驚いたのか少女は口いっぱいになりながら振り向いてきた。
そんな一度に食べなくても無くなりは………って、あぁ、モンブランの栗が無くなってる。随分大きかったし見積もりが甘かったのだろう。
「……んく。ごめんなさい。 私の名前?」
「そうそう。 ブラックは名字かな~って予想は付くんだけど、テディがよくわかんなくって」
彼女の名字は『黒松』。確かにブラックと関連付けるのは容易い。
けれどテディは俺にもわからないな。クマ……?クマ好きとかそういう感じだろうか。
「わからなくても無理ないわ。テディは名前の汐……潮を英語にするとTide。そのままアナグラムでtediよ。綴りは違うしちょっと強引だけどね」
「へぇ~……! すごぉい!美汐ちゃんって頭いいんだね!!
「べ、別に学校でボーッとしてたら思いついただけよ」
ふんっ!と鼻を鳴らすように視線を背けるもそれが照れ隠しだとわかる程度には頬が高潮していた。
いやしかし、なかなか凝った名前の付け方をする。俺には到底思いつかないやり方だ。
「ううん、凄いよぉ。 あたしなんて単純に『みずきちゃん』なんだしさぁ」
「ふふっ。 その名前もなかなか可愛いじゃない。似合ってるわよ」
「ホント!? えへへぇ……」
確かに可愛い。可愛いけどどちらかといえば微笑ましい的な意味での可愛いのような。
しかしずいちゃんは額面通りに受け取って嬉しそうに笑っている。純粋だなぁ。こういうところが長所なんだけど。
「えぇ。今度あなたの事を…………あら、このケーキ美味し」
「ホント!? どれどれ!?」
「これよ。サツマイモケーキみたいね」
さつまいもかぁ。
全種類を食べ比べしようとしている彼女が言うのなら本当なのだろう。俺も頼んでみようかな……
「私も食べたいなぁ……いい?」
「もちろんよ。 はい、どうぞ」
「ありがと! あ~…………」
「…………どう……ぞ?」
「あ~…………」
ずいちゃんに差し出すためお皿をスライドさせたはいいものの、彼女はお皿に一切手を付けること無くただ口を開いて待ち構えているだけ。
少女もその意図を理解したのだろう。もう一度声を上げてもずいちゃんの譲らない様子にたじろいでいる。
きっとずいちゃんがこうなったからにはやってもらえるまで終わりはしないだろう。これは俺からもお願いするべきか。
「悪いけど食べさせてあげて。ずいちゃん、多分食べさせてくれるまで譲らないから」
「そのようね……。 はい、あ~…………ん」
「んっ! ん~!! 美味し~~!! ありがと美汐ちゃん!!」
「いえ……」
嬉しそうにするずいちゃんと頬を赤らめる少女。
いやぁ、いいものを見せてもらった。可愛い子同士がこう仲良くするのって何ていうか優しい気持ちになれる。そういうケはないけど!
そんな仲良くなった2人の様子。もしかしたら俺は変な顔をしていたのかもしれない。
ふと顔の赤くした少女がこちらに視線を向けたらキッと目を細くして睨みつけてくる。
「なに?その顔は。 瑞希ちゃんには悪いけどこのケーキ、あなたにはあげないわよ」
「わかってるよそんな事」
もしかして俺もテーブルいっぱいのデザートを欲しがっていると思ったのだろうか。
確かに興味無くもないが、俺にはこのチーズケーキがある。これもなかなか美味しい。
「……どうしてもして欲しいなら、瑞希ちゃんからもらいなさい」
「……? あげられないんじゃ?」
あげられないけど、ずいちゃんから貰え?
それってどういう意味だろう。ずいちゃんが注文したショートケーキを貰えってことだろうか。
「別に、普通のことじゃない。”私から”あなたにはあげられないってことよ。馬に蹴られたくないもの」
少女からではなくずいちゃんから……?そして馬に蹴られるというニュアンスは、もしかして……。
「ねぇ美汐ちゃん、馬ってなに?」
「よく言うじゃない。 人の恋路を邪魔する者は~って。私は2人の恋路を邪魔する気がないってことよ。ケーキ食べたいなら瑞希ちゃんに『あ~ん』してもらいなさい」
「ほぇ…………えぇぇぇぇ!?」
ようやく言葉の意味を理解したずいちゃんの、心からの驚きの声。
俺とずいちゃんの恋路!?なんで!?
「なんで俺とずいちゃんが…………っていう結論に!?」
「だって前のインテリアショップ。あのエスカレーターからずっとイチャイチャしっぱなしだったじゃない」
あの時ずいちゃんがふと気になった視線ってこの子のものか!!
確かに……!確かにイチャイチャしてる感はあったけど、俺たちにはそれを否定する決定的な一言がある!!
「ずっと俺がお兄ちゃんって呼ばれてたじゃん!! できてせいぜい兄妹じゃないの!?」
「え?全然似てないじゃない。 お兄ちゃん呼びってそういうプレイじゃないの?」
「プレイ!?」
恋人云々を数段飛ばした突拍子もない言葉に俺の言葉も裏返ってしまう。
そんな……!俺とずいちゃんがそういう関係なんてあり得るはずが……!
「ずいちゃん!ずいちゃんからも違うって言って――――」
「私がお兄ちゃんとそういう関係…………プレイ…………」
「――――ムリかぁ」
ショックを通り越したか知らないけどトリップしていて俺の言葉に耳を貸す気配が見受けられなかった。
てっきり冗談目的でそう言ったかとも思ったが本気で首を傾げていて問いも本気だと確信させられる。
そこから少女に俺たちの関係はただの幼馴染と理解させるのに、かなりの時間を要してしまったことなど言うまでもなかった。
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