第2話
「どうぞ」
差し出されたケーキの載ったお皿を受け取ると……その少年は穏やかな笑顔を見せた。
「……」
黒髪にサファイアの瞳を持った少年。そして、このお茶会に参加しているところを見ると、多分貴族だろうという事は分かった。
――でも。
私の記憶が正しければ、あのゲームの攻略キャラクターに黒髪のキャラクターはいたが、瞳の色はここまで鮮やかな色ではなかったはずだ。
「どうかされましたか?」
無言のまま固まっている私を少年が心配そうに見ている事に気がつき、思わずハッとした。
「あ、いえ。あっ、ありがとうございます」
「いえいえ」
差し出されたお皿を手にすると、少年はまたも穏やかな笑顔で答え、私はそれに思わず赤面する。
――こっ、このくらいの年頃の子は誰でも「かわいい」って思っちゃうわね。
「……」
そんな事を考えた時。
――ん? 何やら視線を感じる?
ふと少年の視線が私の持っている何も載っていないお皿に向いている事に気がいた。
そのお皿はこの会場にあるお皿の中でも大きく、普通にお茶会で食べるには遙かに多い量のケーキが載る程だ。
「あ! えと、コレは……その!」
私は思わずそのお皿を隠そうとしたが、今更遅い。
「……」
この世界での私は五歳とは言え、前世では女子高生だ。こういった「大食い」を連想させる様な場面を男の子に見られて「恥ずかしい」という気持ちくらいは持っている。
――いっ、いや? あっ、あの頃も男子に「そんなに食うのかよ」とかどうこう言われても全然気にしていなかったし?
なんて自分自身に言い訳をしたが、それでもなぜかこの少年に見られたのは……無性に恥ずかしかった。
「えと……」
「コレは美味しいのですか?」
「え」
突然少年に言われた言葉の意味が分からず私は思わず固まる。
「いえ。先程から楽しそうに見ていらっしゃったので」
「ああ。えと、美味しそうだな……と思いまして、それで……その」
思い返してみると、この世界に来てからディーンを含めた使用人や父。兄以外の男性と話をしたのは初めてだ。
――うっ、うわぁ。なんか改めて考えると、余計に緊張してきた!
周囲には私と少年以外にもたくさんの貴族たちがいるはずなのだが、この時の私の眼中には一切入っていない。
いや、その時の私にはむしろそんな余裕はもはやなく、そんな事よりも「あ、この子の名前。聞いてない」という事の方に意識が向いていた。
「あっ、あの!」
「?」
「あなたのお名前をお聞きしても? あ、申し遅れました。私はカナリア・カーヴァンクと言います」
あまりにも慌ててしまっていたため、まくし立てる様に自分が名乗るよりも先に少年の名前を聞いてしまった。
――しっ、しまった。私は公爵家の令嬢なのに!
この世界の貴族の階級は大まかに分けて上位と中位。そして、下位に分かれており、今回のお茶会には上位貴族に当たる公爵家と侯爵家全てが来ていた。
――ちらほらと伯爵家も来ているみたいだけど……。
その人たちは研究や領内の事業など功績を考慮した上で王宮側が「呼んだ家」という事は簡単に推察出来る。
そんな中で私はこの国の貴族の中でも最上位の『公爵家』だ。
そして、そんな私は貴族であれば誰でも気軽に話しかけられるような存在でなく、同じ公爵家や王族でない限り私から声をかけなければ話をする事も出来な存在だった。
しかし、私から話しかける場合。基本的に私が先に名乗ってから相手に名前を聞くのがお決まりだ。
――そっ、それなのに……!
あまりにも緊張しすぎてしまい、私はそのお決まりが頭から抜け落ちてしまい、逆になってしまったのだ。
「……」
だからなのか少年は最初でこそキョトンとした顔だったが、すぐに穏やかな表情を見せ――。
「ご丁寧にありがとうございます。僕はグレン・アシュタルトと申します」
そう言って礼儀正しく私にお辞儀をした――。
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