第3話 可能性


 大多数のお金持ち達が私服組と言ったが、中には一般家庭でも私服で通う奴もいた。


「うえーーうえーーい」

 こいつである。


「なんだよそれ?」


「いや、高等部に入ったらチャラ男キャラで行こうかなって」


「野球は辞めたのか?」


「うちに野球部はねえからな、あと坊主は嫌じゃ、彼女が泣く」

 こいつは中等部からの友人の松田隆志まつだ たかし、中等部3年の時この学校で彼女を作り、それから私服で通う事になった。


 リトルリーグやシニアリーグでそれなりに活躍した松田はいくつかの名門高校から誘いを受けたが全て断り高等部に進学していた。

 

 そしてその原因となった彼女が……柳小路 彩やなぎこうじ あや


「たー君おはよう」

 朝、違うクラスの柳小路がいつもの如く俺達の教室にやってくる。


「おう!」

 

「あ、ついでにおは」


「ついでかよ」

 私服姿の彼女……つまり彼女はお嬢様って事になる。

 松田の様ななんちゃって私服組ではなく正真正銘のお嬢様だ。

 そしてなんとこの二人は……付き合っているのだ。


「あーー! たー君私が昨日買って上げたシャツ着てくれてるうう」


「おう! 似合ってるか?」


「はううう、かっこいいい~~」

 長身でモデルの様な体型の松田、その私服姿はまるでブランド店のマネキンの様に似合っていた。


 そう、つまり松田は彼女のヒモ、いや逆玉、いや彼氏だった。


 

「ハイハイ……」

 どうでもいいけど見せつけるな……。


「ねえねえ、そう言えばたー君、高等部でもあの試験の予想問題また見せてよね」


「「え?」」

 彼女の言葉に俺と松田が同時に声を上げる。


「ん?」

 可愛らしく首を傾げて俺達を交互に見る彼女。


「あ、ああ、そうだなもうすぐ中間だしな」

 松田はそう言うと俺の背中を強くツネった。


「いっ!」

 そして丁度その時始業のチャイムが鳴る。


「あ、じゃあねたー君、ついでに度会君も」


「だからついでって……」

 彼女は教室から出ていく時、秋風に手を振った。照れくさそうにでしかし嬉しそうに、感謝の意を込める様に。

 そして再度こちらを見て何度も何度も手を振りながら教室を後にする。

 そして彼女の姿が完全に見えなくなるのを確認すると、俺は直ぐに松田を睨み付けた。


「い、いや、あははは」

 言わなくてもわかっていると言わんばかりに笑って誤魔化す松田。


「あれはお前がシニアで忙しいって言うから俺が」

 それでも一言言わないと俺の気が済まない。


「まあ、まあ、いいじゃんか減るもんでもあるまいし」

 さっきツネった背中をポンポンと叩き更に誤魔化す松田に俺は思わず殺意を覚える。


「お前……まさかあれを利用して」


「はははは、おっと授業が始まるわ」

 わざとらしくそう言うと慌てて自分の席に戻って行った。


 中等部の時、秋風を見る以外やる事が無かった俺は、ずっと勉強に明け暮れていた。

 そして2年の時松田と知り合い奴が野球に打ち込んでいて、勉強が厳しいと聞き、試験に出るであろう問題を俺が予想してそのプリントを渡していた。


 どうやら松田はそれを利用して彼女に近付きそして……彼女と付き合う事になった……らしい……って事を俺は今さら知る事になる。


 でも例えば仮に俺がそのプリントを柳小路に直接渡した所で、立場が変わっていたとは思えない。


 ただしイケメンに限るって奴だ。


 しかし、その程度で私服組と知り合い、結果付き合う事になるという事実は俺にとって、諦めていた思いに、燻っていたこの気持ちにほんの僅かに火が灯った気がした。


 もしもこの事実がなければ、この後俺の身に起きるとんでもない出来事に対処出来なかったであろう。



 今日も俺の目の前で、私服組に囲まれている制服姿の秋風を俺はいつものようにボンヤリと眺めつつ、ものおもいに耽っていた。


 


 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る