第33話 おらさ、喪失感とか、わがんね
某日、レンと離別する日はあっさりやって来て。
家族総出で、レンと小母さんの二人を駅まで見送りにやって来た。
「今までお世話になりました皆さん」
小母さんがお別れの挨拶を口にして、深くお辞儀する。
一家の大黒柱である父さんが応じていた。
「こちらこそ、貴重な時間をありがとう御座いましたクラホさん」
「レンちゃん、もしよかったらまた遊びに来てね」
母さんの一言に、レンは抱き付く。
「小母さんが右も左もわからねぇおらに優しくしてくれたこと、一生忘れねぇ」
「……あら、私、レンちゃんと離れるのが嫌みたい」
母さんはこの場に居る誰よりも早く涙を流して、そう言うんだ。
そんな二人に、高薙さんが近づいて。
母さんは二人に手を回し、震えるように涙している。
「クラホさん、貴方と一緒にあの家で暮らしたこと、私も一生忘れませんよ」
「忘れてくれてもえぇ、おめえとはあんまり仲良くできなかったからなぁ」
「いいじゃないですか、同じクラスなんですし、これから先仲良くなれば」
…………俺は、一足先に帰ろうかな。
母さんに抱かれているレンに近づくと、柊木も同行した。
「レンちゃん、残念だよ、レンちゃんとのドタバタラブコメ生活も楽しみだったから」
「おらさ、田舎出身だから、ラブコメとかわがんね」
「あっはははは、それもそーだ」
「田舎者馬鹿にするでねぇ柊木!」
「えぇ!? 君が言ったことじゃないか……で、今度は竜馬から何かあるそうだよ」
柊木の振りを受け、俺はレンと握手を交わした。
「俺、この後で用事あるから、もう帰っちゃうけど、元気でな」
「そっちこそ、風邪引くなよ? おらがいねぇーからって、自暴自棄になるのも止せよ?」
「俺はレンが思ってる以上に、メンタルだけは強いから……じゃ、俺行くな?」
そこでレンと手を離し、二人に片手を振って立ち去ろうとすると。
「……――竜馬! おらは世界で一番、おめえのこと愛してるさ!」
レンは、別れを惜しむように大声でそう言っていたので、再度振り向き大きく手を振った。
レン達と別れるように駅舎を出て、一人自動タクシーに乗る。
行先は俺の家の近所にある室内プール施設だった。
――ポタ、ポタ……自動タクシーで移動している最中、不意に涙がこぼれ始める。
危なかった、レンや小母さんに泣く所見られなくて良かった。
強がりもあったんだろうけど、何故だろう、レンの目に入る所で泣いちゃいけない気がして。母さんがレンや高薙さんを抱きながら泣いている所を見て、あ、これやばいって思って。
レンとは今生の別れじゃないのは分かるけど。
「ぐぅ、っ、涙が、止めらんねぇ」
俺はまるで爺ちゃんが亡くなった時のような喪失感を覚えていた。
自動タクシーで近所のプールに向かい、水着に着替えてプールに飛び込む。
今日は客入りもまばらだし、今回のやるせなさを発散するよう目一杯泳ごうと思う。
クロール、背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライ、しばらくの間泳いでいると、プールサイドに白スクがいた――レンだったりするのか? そう思い、白スク姿の人を見ていると。
「竜馬ー!」
柊木だった、若干期待外れだったけど。
「その水着どうしたんだ?」
「ん? 竜馬の後おって家に帰ったんだけどさ、竜馬居なかったから、ちょっと部屋漁ったら出て来た。その時あちし、竜馬のムフフないんやらしぃグッズも一緒に見つけて、思わず身体が火照ったざます」
……あー、駄目だ。
レンが居なくなった途端、無気力だ、柊木に突っ込む気になれない。
「一緒に泳ぐか?」
「競争する? 僕は意外と強キャラだったりするよ」
「じゃあ百メートル一本勝負で」
「いいよー、僕が勝ったらご褒美貰うからね」
「性的な内容じゃなければ大抵いいよ」
「お、おう、じゃあこの後で膝枕でもして貰おうかな」
と言う訳で、柊木との一本勝負、いざ尋常に……始め!
§ § §
レンの親子が実家に帰って行った日の夜、ちょっとした事件が起きた。
お腹が空いた俺は一階に向かい、今日の晩御飯は何かなと台所を覗きに行けば。
「……誰も居ない、そっか、小母さんはいないんだった」
いつもならレンのお母さんが台所で料理している。
ここ最近はそれが当たり前だったから、失念していた。
構わず会社事務所の方に顔を出し、母さんを呼んだ。
「あ、そう言えばクラホさんはもういないんだったわね」
「今日の晩御飯どうするの?」
「しょうがないから出前取りましょうか、何がいいかしら」
「ラーメンとか」
「じゃあそれで、あなたー、今日は出前取るらしいわよー」
……当たり前のようにそこに在った物が、なくなるだけで。
どうしてこんなにも胸が苦しくなるのだろう。
レンがいなくって、小母さんがいなくって、俺は――苦しかった。
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