第30話 おらさ、神様とか、わがんね
筋肉痛はいぜん、尾を引き続けている。
でも今日半日、体を労わったおかげで大分楽になっていた。
「……なあ、やっぱり止めないか?」
「どうして?」
柊木の一存で現在は部長とコンタクトを取り、二人の居場所を特定した俺達は自動タクシーに乗って、コテージのお風呂から覗えていたイルミネーションが綺麗な街に居た。
部長と高薙さんは俺の予想通り、高級ホテルにいるっぽかった。
俺達は二人がいるであろうホテルの前の通りで、立ち往生している。
「こういうホテルってさ、警備も万全だろうし、何より俺達いかがわしいぞ」
「そうかにゃー? ふっつーのカップルにしか見えてないと思うけど? にゃん」
そう言うと今まで手元のデバイスを弄るのに必死だった柊木は俺にくっついた。
傍にいたレンが柊木の奇行を許さず、すぐさま突っ込んでいた。
「クレハ! クレハじゃないか!」
と、誰かが柊木を下の名前で呼んでいる。
柊木は自分を呼んだ人を見て、急に表情が真面目になった。
「お父様、いらっしゃったのですね」
「お前の方こそここで何してる、確か合宿の最中じゃなかったか」
「ええ、合宿の場所がたまたまここの近隣でして」
察するに、この人は柊木の父親なのかな? でも耳は普通だな。
という事は柊木のエルフ耳は母譲りか。
「今日は、お兄様がここで許嫁と面会でもしていらっしゃるのでしょうか?」
「一体誰から聞いたんだ、まったく耳ざといな」
「申し訳ありません」
「そっちの連中はお前の仲間か?」
「はい、紹介が遅れました。男性の方が将門竜馬くんで、女性の方はクラホレンさんと言い、私のご友人です」
俺とレンは柊木の父親に会釈すると。
「という事はお前達は明竜高校の生徒か……明竜高校での学生生活はどうだ?」
そう言えば柊木のお父さんって、学校の校長だったな。
「今の所充実していると思います」
「んだな、あの学校は楽しいべ」
と答えると、校長先生は不敵な笑みを浮かべ、俺達の頭を両手で撫でていた。
「中々見る目がありそうだ、もし困ったことがあれば俺に報告しろよ」
「あ、はい」
「それじゃあな。クレハ、お前の言う通り時貞はこれから先方との会食を控えているが、お前も加わるか?」
柊木は校長先生のお誘いに否定するよう首を横に振った。
何故? むしろそのお誘いは柊木の意する所じゃないか。
「……実に陰気臭い娘だ、そんなのだからいじめなどに遭うのだぞ」
「申し訳ありません」
「もういいから、今日の所はそこの二人を連れて帰って、大人しくしていろ」
「はい」
う、うーむ、柊木のご家庭大変そうだな。
何が遭ったかは知らないが、柊木はいかにも父親に不信感を抱いている。
校長先生がホテルに入っていくよう去ると、柊木は俺に抱き付いた。
「……ぐす、竜馬ぁ、ごめんね、僕はこんな所見せたくなかったよ」
「何が遭ったかは聞かないけど、もうちょっと心開けないのか? 父親なんだろうし」
「無理、あの人は砕けた態度で接するとすぐに殴るし」
それって児童虐待じゃないか、学校の校長ともあろう人が……。
「大変そうだな柊木も」
「そういうレンちゃんは何かあるの?」
「言ってなかったか? オラの家も今年の春先に父さんが不倫してな」
と、レンは全ての発端となった春先の出来事を柊木に話す。
二人の家庭環境をそばで見詰めて、実は俺って凄く恵まれた環境だったんだと自覚を持った。
「え? じゃあ二人は一緒に住んでるの?」
「言ってたと思ったけどな、そうだよ」
柊木の確認に肯定すると、大声を荒げる。
「ずっっっっる!! ずるいよー! 神様は不公平だよー! 私も一緒に住む!」
言うと思った、柊木のわかり切った反応にレンが反論していた。
「駄目だ、あの家のキャパシティはもう限界だし、俺と竜馬の愛の巣に土足で上がって来るでねぇ!」
「うああああああ! こうなったらレンちゃんを殺して竜馬と添い遂げてやるー!」
まぁ、それはどうでもいいとして。
「柊木、ここでうるさくしてるとお前の父さんが戻って来るかもしれないぞ」
「く……じゃあしょうがない、予定変更!」
「そうだな、帰ろう」
「進路を北北西に変更! 我らはこれよりラブホを目指す!」
「目指さねーよ」
「どうしてさ!? 僕、こんな日がいつか来るんじゃないかって、ギシアンの妄想はばっちりなんだよ!?」
生々しいこと言うな、帰るぞ。
「シミュレーションは完璧なんだよ竜馬! 先ず、竜馬はあちしの股に強引な感じで手を伸ばし、あそこの具合を下着の上からまさぐるように確かめて」
「しつけーよ!」
§ § §
自動タクシーに乗って、コテージに出戻りすると、夜もいい時間になっていた。
俺は昨日の一件を踏まえ、女子達を先にお風呂へと送った。
「レンと柊木から先にお風呂入ってくれ」
「じゃあレンちゃん、一緒に入ろうよ」
「別にいいけっど、何もするでねぇぞ?」
その間、俺はVR登校でもしてみるか。
GWの宿題があともうちょっと終わりそうなんだよな。
自室に戻り、体を労わるようベッドに横たわって、ログインっと。
「ん? 誰かと思えば将門くんですか」
「餅鬼先生、こんばんはー」
「GWの宿題ですか?」
「えぇまぁ」
「素晴らしい、最初は君を今年のブラックリストと決めつけていましたが」
そんなのがあるのか、この学校の教員の間では。
「しかしいざ授業が始まってみると、君はとても勤勉なようですね」
「いや、中学の時は遊んじゃったんで、高校ぐらいは真面目になろうって思って」
「感心しますねぇ、普通、中学校で遊んでいた生徒は高校に上がっても遊びますから」
そ、そうですか? 素直に褒められているようで嬉しい。
「……所で、部活動の方は順調ですか?」
「あ、はい、今も部活の合宿地から来てるので」
「なるほど、いいですか将門くん、恐らくGW明けは学校が少しごたつきますが」
え? なんで?
「もしも万が一の時、君は映研を即座に辞めなさい。その方が君のためです」
だからなんで?
「先生の仰りたいことがわからないのですが」
「今から言う事は口外しない、のであれば教えますよ。どの道知るでしょうし」
「はい、わかりました。俺、口は固い方なんで」
そう言うと餅鬼先生はクラスの扉にロックを掛けていた。
「……事が上手く運べば、の話ですが、明竜高校の校長は時期に更迭されるでしょう。あの人は色々と問題を起こし過ぎた。それが故に、ぶっちゃけ恨まれてるのですよ」
「……マジっすか?」
「大マジ、ですからね。どうやら君は時貞くんの傍にいるようですし、重々注意してください。彼は今頃、不祥事だらけの父親、ならびに彼の許嫁の親を相手取って、交渉している最中だと思います」
ぶ、部長が? ……あの部長が?
「いやそれ本当にマジっすか?」
「マジですよ」
えぇぇぇぇ~……餅鬼先生は決して冗談が上手い人じゃないし。
今言った内容は事実だと思うけど、部長で大丈夫か?
「餅鬼先生はどうしてそれを知ってるんですか」
「……そう言えば君は、エルフ耳が好きらしいですね」
ちょ! 何で先生にまで俺の性癖が伝わってるんだよ!
誰が漏らしたってああ、ヒャクパーあいつだな、柊木!
「実は私もエルフ耳の美少女だったりするのですが、見たいですか?」
「は?」
§ § §
「竜馬さ、お風呂空いたぞ」
「ああ、ありがとうレン。わざわざ知らせに来てくれて……」
「どうした? 難しい顔して」
いや、その……そうか、俺、先生から他言無用って言われてたんだ。
VR時代の昨今、ネットじゃよく見かけるニュースの一つとして性別誤認の報告が結構上がっている。だけど俺はその例がそばに三人もいることを知ってしまった。陰キャの同士だったレンと、ネトゲの嫁だった柊木と、あと学校の担任。
餅鬼先生の正体は、先生が言った通りエルフ耳の美少女だった。
今、俺達の前に出している姿はアバターだったらしい。
先生は素性を明かすと――君はよくよく私達のような人種に縁があるのでしょうね。と言っていた。
それを聞いた俺は、神の犬畜生になろうと思ったぐらいだ。
ありがとう神様、俺に嬉しい縁をもたらしてくれて、本当にありがとう。
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