第11話 おらさ、キス魔とか、わがんね

 西暦2103年、駅を行き交う電車はリニアモーターの時代。


 今はVRが主流の時代だ、様々な企業が進出しているバーチャル空間のメタバースはもはや常識。だからわざわざ駅前までホワイトデーのお返しを買いに来なくても事足りる。


 メタバースが当たり前のご時世だけど、駅前には人が行き交っている。


 例えば広場でキャンバスを広げて、22世紀の実像を絵に起こしている人とか。

 広場に隣接されたスポーツ施設で汗を流しにやって来る人とか。


 そして例えば、バーチャル空間で知り合い付き合い始めたカップルとか。


「で、竜馬、ホワイトデーのお返しは何にする予定なんだ?」


 レンは手を後ろに回して意気揚々と駅街を歩いている。

 俺と高薙さんはレンについて行くように隣に並んで歩いていた。


「私は別にいいですよ、あれは義理ですし」


 高薙さんは手の平を差し出して義理だから特にお返しも要らないと言う。


 一方のレンは、期待感が全身に現れている。

 何度も来ている街なのに、レンは一人テーマパークを歩くように周囲を見渡していた。


「高薙さんのお返しから先に買おうか、高薙さんはコーヒー豆と本だったらどっちがいい?」

「……でしたら私は古書を希望します」


 こ、古書だと?

 意外と値の張るものを要求して来るなぁ。


「買うか買わないかは、さすがに値段と応相談にしましょう」

「助かる、じゃあ本屋に行こうか」


 という事で先ずは本屋を目指す。


 俺の予定としては高薙さんのお返しを選び、その後はどこかで昼食を摂り。

 午後はレンや、あー、一応母さん? のお返しを選んで帰ろうかと思う。


 本――それは22世紀だとアンティークという認識が強く。

 高薙さんの言う古書はおよそ半世紀前の代物になって来るだろう。

 聞いた話だと、紙の本は様々な職人によって製作が続けられているらしい。


 だから俺達が訪れたのは本屋は本屋でも、アンティーク物を取り扱う店だった。


「雰囲気あるだな」

「気を付けろよレン、ここは高級品ばかりっぽいから」

「っへぇー、こげなちんまい物が八万円もするのか。やばぁー」


 ここで一番気を付けるべきは、優柔不断なレンの動向だな。

 商品にべたべた触って、指紋がついたとかって言われたら面倒だし、ここは。


「りょ、竜馬? なしておらの手を取ったんだ?」

「お前が危なっかしいからだよ」

「そ、そうか」


 と、肝心の高薙さんは?

 店内を見渡すと、高薙さんは古書とは関係ない入り口付近のショーケースの前に居た。


「高薙さん、古書は?」

「……」

「高薙さん?」


 た、高薙さん? 声を掛けてスルーされるのは辛いのですが……。


「高薙、竜馬が呼んでるぞ」

「……」

「無視するでねぇ高薙」

「は、すいません。私、こういうのに弱くて。何でしょうか?」


 いや、うん、古書はいいの?

 と聞いても無駄みたいだ、高薙さんはアンティーク店に目が釘付けで。

 奥手から店主がやって来て、アンティーク物を見る高薙さんに声を掛けていた。


「いらっしゃい、三人はお若いのに古風な趣味しているようだね」


「えぇ、だってアンティークには夢があるじゃないですか。それは資産価値として世間が認めるほどに今もなお好事家達の間で愛されている。私の実家にも出自のわからない絵画や壺といったものがあって、主に祖父がしょっちゅう自慢してました」


「はっはっは、この界隈ではよくある話だねぇ」


 うん、俺達の声はガン無視で、店主との会話は軽妙ですね……しょうがない。

 高薙さんには個チャを飛ばしておいて、俺達は先に昼食を摂ろう。


「行こうレン」

「そだな、高薙、おら達は先行ってるぞ」


 と言うと、高薙さんは手の平で返事し返していた。


 なんだか知らないけど、成り行きでレンと二人きりになってしまった。

 フード街を目指して歩いていると、レンは打って変わってしおらしくなる。


「な、なぁ竜馬、これってデートみてーだな」

「デートねぇ」


 と、先ほどの店から繋いでいた手をぷらんぷらんとさせてみる。


「……こりゃあ、行く所まで行くっきゃねーべ」

「え?」

「お腹減っただな、焼き肉の食べ放題にでも行くか?」

「あー、それいいかもな」


 俺達のような食べたい盛りに、時に食べ放題は魅力的すぐる。

 と言う訳、俺達が目指したのはヤぁキニクヤぁキニク、肉ぅ! である。


「見ろ竜馬、この店カップル優遇があるらしいぞ」

「じゃあここにするか」

「お、おう」


 ……ん? カップル優遇?

 なんかナチュラルに関係を意識させられるようで、ちょっと嫌な予感がする。


「いらっしゃいませー、二名様でよろしかったでしょうか?」


 と、店員さんに案内され窓際の席に通された。

 液晶の窓ガラスには明日のホワイトデーを強調するようなデザインが映っている。


「すみません、カップル優遇でお願いしたいんですが」

「かしこまりました、ではお二人がカップルであることを証明してもらっても宜しいでしょうか?」


 しょ、証明? どうやって?


「お写真でもいいですし、今この場でキスしてくださっても」


 えぇ、ハードルたっか!

 例え俺が本当の恋人としてレンを連れていたとしても、陰キャの俺達には厳しいぞ。


「じゃ、じゃあ、竜馬、ちょっと顔こっちに寄越せ」

「キスするつもりかレン」

「しょうがねぇべさ、ここを乗り越えれば……」

「乗り越えれば? あの、ほっぺにキスとかでもいいですか?」


 店員さんに聞くと、可愛い声音で構いませんよと言われてしまった。

 ど、どうする……どうすればいいんだ。


 レンはキスするつもりでいるが、恥ずかし過ぎるだろ!


「残り、二十、秒」

「ふぁ!?」


 見かねた店員さんが秒読みし始めたし!


「だから竜馬、顔こっちに寄越せって言ってんべ」


 おぇええ!? え、う、あ、い……――ちゅ。


「はい、ありがとう御座いました。それではカップル優遇メニューでご案内させて頂きますね」


 キス、しちゃったよ、結局。


 店員さんが用意したカップル優遇メニューを見ると、なんか凄いんだが。カルビ肉の上にハート型のチョコムースが乗ってたり、飲み物はピンク色でストローが一緒になった奴とか。


「なぁ、レン」

「……竜馬」


 若干凹んだ面持ちでレンの名前を呼ぶと、レンも下を俯いていた。

 やっぱり陰キャにこの店はハードル高すぎたよな、って感じの雰囲気が。


 と、思っていたのは俺だけだったみたいで。


「竜馬、家に帰ったらまたキスしような、キスって快感だ」


 などと、レンは言っており、一人明るい笑顔でいる。

 俺は羞恥しか今は感じてないけど、こいつって実はキス魔だったりしたのだろうか。


「おら、病みつきになりそうだべぇ」

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