第8話 [いっきに!]

 スマイル動画RTAマラソンの期間が迫ってきた

「桜君、忘れてたわけじゃないんだけどさ」

「去年から貸してるゲームようやく返してくれるの?」

「あ、それはごめんなんだけど。 ちがくて」

 羽土さんが見せてきたサイトを見てようやく何を言いたかったのかが分かった。

 正直俺は忘れていた。

 すっかりスマイル動画RTAマラソンに参加する気でいたが、エントリーするゲームが決まっただけで、まだ参加できるか決まっていなかったという事。

 抽選と言いつつ毎年ほとんどの応募者が参加できているため、油断していた。

「いやー、多分参加できるんだろうけど、やっぱり不安だよね」

「配信とかで問題起こした人以外基本参加できるくらい大きなイベントだしね。 ちなみに俺はすっかり忘れてたよ」

「私なんて昨日寝れなくて夜な夜な農民で革命起こしてたのに」

「なんでそんなクソゲーやろうと思ったんだよ」

 その瞬間、羽土さんの表情が変わる。

 しまった、地雷だったか…。

「確かにね。クソゲーの語源ともいわれる作品だけどね、まともにプレイしたことがない桜君に言われたくないかな」

 うわー、めんどくさいオタク呼び起こしちゃった。

 こうなると厄介だな。前にプレイしたことないとは言っているし、誤魔化しがきかないぞー

「いや、でも、公式もネタにしてるくらいだし…」

「じゃぁなんでクソゲーって言われてるか知ってる?」

「え、あのクソ難易度のせいじゃないん」

「はー、これだから。 確かに難易度のせいでクソゲーって言われがちだけど、それは単なる鬼畜ゲーでしょ。 ゲームの設定もシナリオもクソゲーって言われがちな要素だけどこのゲームは違う」

「えー、わからんて」

「ちなみにクソゲー以外にバカゲーってジャンルがついてるよ」

 余計にわからんわ! と突っ込みたくなるが…

 バカゲー…? 突っ込みたくなる…?

「わかった?」

「あれか、シナリオに対しての設定って言うか、革命ならもっとプレイヤーいるべきなのに操作キャラ一人しか戦闘に居ないのが違和感ってやつか」

「せいかーい! 花丸をあげよう」

「うわー、あんまり嬉しくない」

「ちなみに当時八十万部ほど売れたらしいよ」

「バカ売れじゃんね」

「ちなみにアーケド版があってね……」

 やばい、止まらない。どうしたもんか…。

 これ俺も同じ感じにめんどくさがられてるのかな…。

 気を付けよう。

「ところで桜君こそ何か忘れてない?」

「思い当たることが多すぎてわかんないんだけど」

「なんでなん」

 と言われても、なかなか思いつかない。

 借りてるゲームもあるし、攻略本も何冊か借りてる。 何ならこの前小銭も借りた気がする…。

「ホントに心当たり無いの…?」

「試しに言って間違ってたら気まずいじゃん」

「それ逆に言ってもらわないと私が忘れてるって事だよね」

 この話、これ以上続けるとさらに厄介になりそう。

 お互いにそんな空気を察したのか、そーっと目を反らし始め、しばらくの間沈黙が訪れた。

「・・・」

「・・・・・」

 今日はゲームも起動しておらず、珍しく静かな部室に、運動部の掛け声が響き渡る。

 野球部の監督の指示さえも聞こえてくるようで

「あ、チャート!?」

「まさか本当に忘れていたわけじゃないよね?」

 忘れていたわけじゃないが、いや、羽土さんに見せるのを忘れていたのだからそれはそうなのだろう。

 まだ練り直したいところはいくつかあるが、実際に羽土さんに走ってもらわないとわからないだろうし、何より催促されてしまったのだから、一度見てもらうことにしよう。

「おー、ちゃんとできてるじゃん。 さっすがー」

 そう手放しに喜んでいたのは一瞬。

 まず字が汚くて読めないと、その後ここは別の技使いたいと、終いには安定チャートもいいけどもっと攻めたチャートをと…。

「じゃぁ俺に作らせんなや!!」

 羽土さんが攻めチャート大好きな事はもちろんわかっている。

 しかしそれ以上に、配信の舞台で想定タイムを超えるような走りをしてほしくないという気持ちがあり、記録狙いでないなら安定を取って欲しいと思ってしまうのだ。

「桜君の言いたいことはわかってるつもりだよ。 配信だしミスはしたくないよね。けどさ、配信だからこそ大技決めたいじゃん」

 この場合、多分どちらの意見も正しい。

 折角のお祭りで、盛り上がるとわかってる行動をあえてしないのは勿体ない。

 その気持ちはものすごくわかる。

「わかった。けどリカバリールートが用意できる範囲内でよろしくね」

「うーーん。 わかった。 そればっかりは仕方ないもんね」

 羽土さん的にはどうやら不満があるようだが、俺的には精一杯の譲歩だった。

 普通に考えれば当たり前なのだが、どうしてそう、修正が効かなくなるくらいの大技を試そうとするのだろうか。

「よし。 早速やっていこうか」

「いや、今日はちょっと見せたいものあるから待ってほしいかも」

 カバンから取り出したゲームを見ると、羽土さんは露骨に嫌そうな顔をした。

 それもそのはず。 取り出したのは、”爆弾兄弟”の

「まってまって、見ればわかる。ロクなやつじゃないね」

「待たない。聞いて、実はこれ以上に完成度が高くて、今まで気づけなかったルート見つけたんだよ」

「それって本物で出来るの…?」

「じゃなきゃわざわざ持ってこないでしょ」

 羽土さんの痛い視線を感じながらゲームを起動する。

 スタート画面から、いかにもパチモン感がすごいが、中身はデータを引っこ抜いた本物なのでもちろんグリッチは使える。

 データを入れる際に、改造してあるようで、ところどころキャラクターのモデルが違っていたり、背景が少しおかしかったりするのだが、今回はそれのおかげで、今まで気づくことのなかったのようなものを見つけることができた。

「このエリアなんだけど、背景が少しバグってるでしょ」

「そうだね改造データだからね」

「怒らないで聞いてください。 もちろんその通りなんだけど、背景は違っていても当たり判定は同じなのね」

「あー、確かにそうだね」

「でも、この背景が置き換わるって事は、サイズが一致してるって事だと思ったんだよ」

「よく意味が…」

「つまり、いつも大きな背景で誤魔化されてて隙間が無いと思ってたこのエリアに、実は隙間があったって事」

「それ本当だったら大発見じゃないの?」

「本当なんだけど大発見ではないんだよね」

 というのも、この隙間、近道でも何でもないからである。

 正確にいうと近道には変わりないのだが、別のグリッチを決めていれば使う機会のないリカバリー用の道といった所だ。

「じゃあ意味ないじゃん。 じゃないのよ!俺的にはとても嬉しい誤算で」

「かといってパチモンをプレイしたことを堂々と報告されても困るんですけど…。 この部活はホワイトにいきたいので」

 それを言い出すとエミュレータは黒よりのグレーなのだが、真っ黒よりは良いということか…。

「それもチャートに組み込むの?」

「本チャートには入らないよ。あくまでミスったとき用の簡単なグリッチ程度に考えておいて」

 とはいえ練習はしてもらわないと、いざというときに役に立たないので今日から試してもらう。

「よーし。今度こそ始めますか」

 手慣れた手付きでゲームと録画器を起動する。

 そろそろネット環境もテストした方が良いかもしれないと思ったが、まぁそのうちで良いだろう。

「話戻すけどさ」

「私桜くんがクソゲーって言ったの忘れないから」

「もう少し戻して」

「あーね。イベントの事」

「そうそう。 今日だっけ?発表」

「違うよ」

 昨晩の話は何だったんだ。

 羽土さんの事だ、ぼーっとSNSでも眺めてたらイベントの記事が目に入ってふと焦ったのだろう。

 だからって夜な夜なゲームするなよって話なんだが…。

 気持ちはわからないでもないかな。 俺もプレイするわけじゃないがそろそろ緊張してきた。

 さて、バグ技の方は…。

 さっきからオープニングムービーがループしている気がするのだけど

「羽土さー…」

 気になって目を向けると、コントローラーを握ったまま器用に寝ていた。

「夜な夜なって、まさか徹夜でやってたのかよ…」

 部室に来た時の緊張感はどこへ行ったのやら。

 のんきに幸せそうに寝ている姿を見ると、気は抜けるし起こす気もなくなる。

「音量、下げとくか」

 邪魔にならないよう、音量を少し抑えて、自分も無音で出来る別の事をすることにした。

 結局この日は帰る時間まで起きることはなく、後から来た長谷川さんにまで気を遣わせる事となった。

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