京の辺境出の私の今日は土砂降り

 仕事が終わり会社を出ると、すごい雨と風、そして雷。台風かと思いました。先週末に通り過ぎたんと違ったん?!って。

 5分も歩けば、傘をさしていても、びっしょびしょ。服が肌にべっとり貼りついて、靴は染み込んだ水で歩く度にタプタプ言っていました。とはいえ、頭はまだマシだったので、濡れ鼠という気分ではありませんでした。それどころか、ちょっぴり楽しい気分ですらありました。どこか懐かしいような。

 そういえば、小学生の頃は土砂降りによく遭って、びしょ濡れ鼠となって帰ることも多かったのです。身体に貼りつく衣服は心地悪いのだけど、まとわりつく暑さや日常の何やかんやが洗い流されたようで。さっぱりのルンルン気分で帰っていました。その後の、濡れた衣服や鞄、靴の片づけは面倒なのですが、その前のシャワーは気持ちいい。私は土砂降りが好きでした。


 また、地元は元々湿地帯で、街中に用水路があるくらい田んぼの多い地域でした。京が都だった頃には人の住む地域ではなかったという話も聞いたことがあります。

 なので、私が生まれる少し前まで、大雨のときには用水路が氾濫することが多かったらしく、水害の話をよく耳にしていました。『雨の日は川(用水路)やため池に近づいてはいけない』とか、『味噌もクソも一緒くたになる』とか、『用水路の水であそこのお店は浸水した』とか、大きな用水路の側に並んだ土嚢とか……。とはいえ、高校くらいにはもうちっとも氾濫なんてすることなんてなくなりました。きっとお役所の人たちの努力の結果なのでしょう。ありがたいことです。

 ……なんて。こんなことを考えたキッカケも今日の大雨です。

 今、住んでいる地域は地元とは違い、特別田んぼの多い地域ではなく、用水路もそんなにありません。地元を出るまで、用水路って道の隅にあるのが当然だと思ってたんですが、そうとも限らないんですよね。

 つまり、それは多くの地域では水の管理にそこまで力を入れる必要のないということなんですよね。

 今日、近所のあちこちの道が川のようになっていました。くるぶしくらいの深さで、走るくらいの速さで流れていました。流れに足をとられてしまわないか、ドキドキでした。おまけに、道の隅の排水溝から、湧き水みたいに泥水が噴き出していて、『味噌もクソも』という言葉を思い出したのです。

 同時に、きっとこの辺りは地元ほど治水に頭を悩まされるような地域ではなかったのだろうと。災害というのは、その地域に根ざしたものとそうでないものがあるのですよね。

 これも心に留めておきたいと、ぼんやり思いました。

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