第26話 空中分解

 九月に全国ユースアルティメット選手権大会の中高校生女子部門に出場した。


 参加チーム数は鎌倉アルティメット・ガールズも含めて六チームだけ、と閑散としたもので、ユース大会は五人対五人、13点先取または二十分間の時間制というルールで行われた。


 弓様は弓道部の公務にお忙しく、大会には不参加だった。


 大会前に弓様に出場を打診したところ、「このたびは出場を見送らせていただきます。申し訳ございません」との丁寧な詫び状が羽咲家に速達で届いた。あまりにも達筆すぎて字が読めない箇所もあったが、「次の機会があれば是非参加したい」という旨も書かれていた。


 出場資格は中高生女子のみのため、大学二年生のお姉ちゃんは当然ながら出場できず、五人ぎりぎりで大会に出たが、結果は惨憺たるものだった。


 六チーム中、ブービー賞の五位。


 ハバタキ杯での奮闘ぶりが一夜の夢だったみたいな低調ぶりで、とにかく酷い出来だった。


 チームが空中分解する元凶となったつばめは「賞金もないのになんで頑張るの?」と守銭奴っぷりを発揮し、モチベーションの低下は甚だしかった。


 ポイントゲッターのお姉ちゃんを欠いた布陣はまったくの迫力不足で、せっかくエンドゾーンまで近付いても、なかなかディスクをキャッチできなかった。


 高さもキャッチ力も不足したメンバーの中で、唯一の武闘派であるモッティーにばかりジャンピングキャッチさせていたら、持病のぎっくり腰が再発して、大会中ほとんど戦力にならなかった。


 おじいちゃんと日光江戸村に出掛けたミシェルは、生の忍者にたいへん感銘を受けたらしく、大会そっちのけでヒッサツワザの開発に余念がなかった。


 メンバーの足並みがまったく揃わぬなかで、麻乃だけはいつもと変わらず安定感抜群だった。しかし、得意のハンマースローをキャッチしてくれる頼みの綱が不在で、「麻乃&お姉ちゃん」のホットラインが断線してしまっていては持ち味は半減する。


 お姉ちゃんさえいれば日本代表とだって張り合えたのに、お姉ちゃんが抜けると、鎌倉アルティメット・ガールズは三流以下のポンコツチームに成り下がることがよーく分かった。


 ユースアルティメット大会は、創部したばかりのアルティメット部の活動実績のために参加しただけで、正直なことを言えば結果はどうでも良かった。一勝四敗と惨敗し、めちゃくちゃ口惜しかったけれど、「だって本気だしてねーもん」と口先だけは強がることにした。


 大会へのモチベーションが低下していたのは、アリサも同じだった。


 いつになく凡ミスを繰り返してはつばめに笑われ、「お姉ちゃんがいないとマジでフヌケ」と言われたが、実際その通りだったと思う。


 本気を出すのは、お姉ちゃんも出場可能な「全日本U21アルティメット選手権大会」だと、照準を定めている。大学二年生のお姉ちゃんと中等部二年生のアリサが共闘できる最初にして最後の新人戦だから、どうしたって気合の入り方が違う。


 長い夏休みを終えて、久しぶりに制服を着て登校すると、いつもと様子が違った。


 アリサを出待ちしていたかのように、校門前にずらりと弓道着姿の一団が並んでいた。


 校門前で一礼するお作法さえ忘れ、アリサはビビりながら弓道部員たちの前を素通りしようとする。こそこそと顔を隠しながら歩いている最中、疑問が次から次へと湧いてきた。


「え? なに、どういうこと?」


 まさか、部の精神的支柱である弓様を引き抜いた落とし前をつけられるのだろうか。


 悪の帝国に正義の鉄槌を下さんとばかりに集まったのだろうか。


 校舎裏に連れて行かれ、矢をつがえた部員たちに一斉掃射されるのだろうか。


 嫌な想像ばかりが頭を過った。アリサは通りすがりの生徒を装って、穏便にその場をやり過ごそうとしたが、校門を通り過ぎようとしたところで白の弓道着軍団に通せんぼされた。


「え、なに、なに、なに?」


 アリサがパニックになりかけたところで、弓道着軍団がざっと左右に別れた。


「おはようございます、アリサさん」


 白い弓道着に胸当て、黒い袴姿の弓様が、しゃなりと姿を現した。


 にこりとお上品に笑う弓様とは対照的に、歩哨のような弓道着軍団は殺気立っているように見えた。アリサはへどもどしながら挨拶を返した。


「お、お、おはようございます、弓様」

「弓道部の主将に着任いたしましたので、その御挨拶をと」

「それはおめでとうございます」

「重責ではありますが、誠心誠意努めさせていただきたく存じます」

「わざわざそれを言うために待ってらしたんですか」

「ええ、そうですね」


 主将になったことを告げるためだけに部員全員を弓道着に着替えさせて出待ちさせるなんて、なんとも芝居がかったパフォーマンスのように思えたが、弓様にとってはごく普通のことなのだろうか。一糸乱れぬ弓道部員たちの立ち姿がちょっぴり恐ろしい。


「ハバタキ杯ではたいへん貴重な経験をさせていただきました。弓道は個人技に見えますが、団体戦も多く、チームワークをいかに涵養するかは我が部の目下の課題であります」


「はあ……」


「アルティメット部の皆さんのチームワークはたいへん素晴らしかった。我々、弓道部もぜひ見習いたいと思っておりまして、週に一日ないしは二日、弓道部員全員でアルティメット部の練習に参加させていただいてもよろしいでしょうか」


 換言すれば、「ホワイト部活」の弓道部と「悪の帝国」のアルティメット部を経営統合いたしませんか、というご提案だった。形の上では事業提携であるが、数の上では弓道部に吸収合併されるようなものである。


 部の気風も、ほとんど正反対だ。


 弓道部はとにかく真面目で、弓様のように心が整っておられる方が多い。


 アルティメット部がどうであるかは、入谷つばめの生態を見ればよく分かる。


「たいへん興味深い申し出ではありますが、アルティメット部はとてもチャラチャラしておりまして、弓道部の皆さんのようにきっちりしていないのですが」


「構いません。郷に入っては郷に従います」


 なんだかよく分からないうちに弓様とがっちり固い握手を交わし、弓道部員十八名が丸ごとアルティメット部に合流することとなった。アリサ、つばめ、麻乃、モッティー、ミシェルのオリジナルメンバー五人に十八名が加わり、総勢二十三名の大所帯となった。


 余裕で七人対七人の試合が出来るどころか、三チームを作ってもまだ余る人数だ。


 メンバーがギリギリでも困るけど、多すぎても困る。どうなることやらと頭を抱えていると、通学路の曲がり角から食パンを咥えたつばめが「きゃー、遅刻、遅刻」とお約束の台詞を言いながらぱたぱたと走ってきた。


 もう眼帯ブームは去ったのか、眼帯はしていないが、食パンをもぐもぐごっくんすると、わざとらしくアリサにぶつかってきた。


「きゃっ、いったーい。もうっ! 前を見て歩きなさいよね」


 どこぞのアイドル声優でも真似ているのか、ぶりっ子風のアニメ声がうっとうしい。


「あんた、キャラぶれぶれじゃん」


 アリサが冷たく言い放つと、つばめが「ふははっ」と豪快に笑った。


 なんだか、悪の帝国の黒幕風の笑い方だった。居並ぶ弓道部員たちに次々と挨拶をされて、つばめはひたすら偉そうに校舎の方へと闊歩していった。


「マジで、キャラぶれぶれじゃん」


 アリサは嘆くように、小声でぼそりと呟いた。

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