第20話 ショーチ
モッティーがバレー部に休部届を出し、アルティメット部の練習に参加するようになって、一週間ばかりが過ぎた。本人としては内心、いろいろな葛藤があっただろうけれど、今は楽しそうにフライングディスクを追いかけている。
ディスクを投げるのはあまり上手くはないが、守備面での活躍ぶりは半端ではなかった。
バレーで培った経験は伊達ではなく、パスコースを読んではダイビングカット、ディスクがちょっとでも浮いたらダイビングカット、なにはなくともダイビングカット……と、とにかくよく頭から突っ込んでいく。
だから三人対三人の練習で、モッティーを敵に回すのは、ちょっとした恐怖だ。
腹をすかせた
ミシェルは完全にビビってしまっていて、モッティーにパスカットされるたびに「シャー、シャー」と言っている。口惜しくてうなっているのではなく、「シャーク」のつもりらしいが、ちゃんと言えていないところが舌足らずで可愛い。
ニンジャ大好きっこのミシェルは、ひたすら入谷つばめを尊敬している。
どこから仕入れてきた知識なのか知らないが、いきなり「オヤブン!」と言い出し、皆を爆笑させた。いつも海藻みたいにゆらゆらしていて、ほとんど本気で走らないつばめとは違い、ミシェルは腰をかがめて「しゅたたたたたた」と走る。
アクションするたびにいちいち擬音交じりで、走るときは「しゅたたたたたた」、投げるときは「しゅぱっ」、ダイビングキャッチするときは「しゅわっち」と決まっている。
オヤブンになにかを頼まれると「ショーチ!」と言いながら敬礼する。
どうやら、「承知」のつもりらしい。
とにかくオヤブンにべったり懐いていて、なんでもかんでも真似したがるから、モッティーはつばめを「初号機」、ミシェルを「二号機」と言ってからかっている。
忍者とつばめに憧れているだけあって、つばめの動きはすぐに
悪癖がそれだけであればいいが、とにかくジャンピングスローをしたがるのだ。
ピボットの軸足をずらしたらトラベリングであるから、ミシェルが投げるたびに
ジャンピングスローにはミシェルなりのこだわりがあるらしく、アリサが「片足は地面に付けたままで投げなよ」と言っても聞きやしない。かといって親分に指導力などは期待できず、「べつにいいんじゃね」という、なんとも軽い返答。
親分共々、いったん鮫に食われちまえ、と思ったりもしたが、そういう苛立ちはおくびにも出さず、修養日誌につらつらと書くのみだ。
ミシェルのおじいちゃんである石田先生にそれとなく
まったくの肩透かしで、もうちょっとなにか書くことあるでしょうよ、と大声で言いたい。
修養日誌のコメントは素っ気ないくせに、今日は終礼の時間がいつになく伸びていた。
ハバタキ杯に出場するには最低七人が必要で、メンバーはまだ一人足りないし、ミシェルのジャンプ癖は治らない。
終礼のことなんかほとんどそっちのけでアルティメット部のことばかり考えていたら、突然がらりとドアが開いた。
教室がにわかにざわつき、生徒の視線がドアの外に集中した。
「うわ、二号機……」
モッティーがちょっとうんざりした調子で言った。
廊下に背伸びして立っていたのは、アルティメット部のユニフォームを着て、右目に眼帯をしたミシェルだった。
教室内につばめの姿を見つけると、ミシェルは満面の笑みを漏らした。
「ニンジャ!」
眼帯を付けっぱなしのつばめオヤブンを真似たらしいが、ブロンドのフランス人形みたいなミシェルがいきなり襲来したものだから、教室内はちょっとした騒ぎになった。
しゅたたたたたた、と教室内へと這入ってきて、つばめを外へ連れ出そうとする。
はやく部活に行きましょうよオヤブン、というつもりなのだろうが、まだ終礼の最中だ。
教壇に立つ石田先生がわざとらしく咳払いをすると、ようやくミシェルがおじいちゃんに気がついた。ミシェルはおじいちゃんのもとへ「しゅたたたたたた」と言いながら駆けていき、にぱっと笑った。
そこまでは抜群に可愛かったが、しかしその後の発言がいただけない。
「パパ!」
なにがあっても動じることのない石田先生の表情が微妙に揺らいだ。
つばめは口元を押さえながら、笑いを噛み殺している。
「ミシェル、パパじゃない。おじいちゃんだと言ったでしょう」
石田先生が申し訳程度に言い添えたが、収拾がつかないぐらいにざわついた教室内を静まらせるような抑止力はなかった。これ以上はなにを言っても無駄だと悟ったのか、石田先生はぷいっと姿を消し、終礼が中途半端に終了してしまった。
「この子、ほんとうに石田先生の子供なの?」
石田ミシェルを初めて間近で見た同級生たちは口々にそう聞いてきたが、つばめにベタベタと懐いているミシェルを見るうち、「つばめの隠し子」という見解で一致した。
「あんまりおじいちゃんを困らせちゃだめだよ、ミシェル」
「ショーチ!」
アリサが噛んで含めるように注意すると、ミシェルがぴしっと敬礼した。
なにを承知したのか、ぜひ問い質したいところだが、ミシェルは親分共々、風のように姿をくらましていた。
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