原点

hibari19

第1話 原点

「せ、せんぱい」

 意を決して声をかけると。

「あ、くぅちゃん! どうした?」

 そう言いながら、頭をぐしゃぐしゃにされた。

 いつも思う。その呼び方も、その仕草も、まるで犬か猫にするようなものだ。

 そりゃそうだ、先輩は学校一の秀才で卒業後は海外留学するとかしないとか。

 今で言う『リケジョ』で、私には高嶺の花。

 こうやって、マイナーな化学部で戯れてくれるだけでも奇跡的なこと。

「さ、さいごなので写真撮ってもいいですか?」

 そう、明日は卒業式。3年生が部活に顔を出すのは今日が最後なのだ。

「写真? いいよ、貸して」

「えっ、違くて。せんぱいの写真が欲しいんです」

「はっ、何で? 一緒に撮ろうよ」

 そう言って私からカメラを奪い取ると「亜紀、撮ってくれる?」と傍にいた橘先輩に渡してしまった。

「いいよ、はい並んで!」

 促されるままおずおずと隣に並ぶ。

「ちょっと、もっとくっついて!」

 橘先輩、それは無茶ぶりというものですよと心の中で抗議する。

 二人で撮れるってだけで心臓バクバクなのに。

 緊張で固まっていたら、グイっと肩を引っ張られた。

「うわっ」

 か、肩を抱かれてる? 左半身は先輩に接触してるよ!

 軽くパニックになってるうちに撮影は終わっていたようで。

「お~良く撮れてるよ」と先輩が見せてくれた。

 デジカメの小さな画面を覗き込んだら、先輩も覗き込んできて。

 ち、近いです先輩! まつげ長っ! いい匂いするし!

「すきです」思わずこぼれた言の葉。

 一瞬の沈黙の後、目が合った。

「わっ、わっ、違くて、いや違わないけど、言うつもりなんてなかったのに、ごめんなさい」

 アワアワしてる間に、先輩は吹き出して笑ってた。

「そっか、ありがと。くぅちゃんはえらいね! ちゃんと自分の気持ち言えたんだね」

 先輩は遠い目をしていた。時々見せる顔だ。

「せんぱいは? 気持ち伝えないんですか?」

 誰にかはわからないけど。

 誰かを想っていることはわかってしまった。

「なんで?」

「私も伝えるつもりはなくて思わず口にしちゃっただけだから偉そうなことは言えないんだけど、でも、伝えたことでなんか、これから一年せんぱいがいなくても頑張っていけるって思えたから。せんぱいがどう思ってるってことじゃなくて、私がせんぱいを好きなことで勇気が持てるっていうか、あぁなんかもう、よくわからなくなっちゃっ……ひっく」

 最後は涙がこぼれた。

 でも、悲しいだけじゃない何かが心を震わせている。

 先輩を好きになって良かったと、強く思った。

「そっか。くぅは大人だね」

 そう言いながらも、やっぱり頭をぐしゃぐしゃにされた。


 誰もいなくなった部室でぼーっとしていた。

 泣くだけ泣いたら、気分はすっきりしたけれど、頭痛がする。

 センセイいるかな? 薬貰えるかな?

 保健室へ向かう。

「せんせい、頭痛い」

 そう言いながらドアを開けて、見た光景。


 『せんぱい』と『せんせい』のキスシーン。


 もちろん、すぐにドアを閉めて走って帰ったが。

 あの光景はいつまでも忘れられない。

 今で言う『尊い』という感情。




 あれが、百合作家である私の原点だったのかもしれない。






 先輩も告白出来たんですね。

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