piece 3. 迫りくる生クリーム

 生クリームが狙ったのは君だから君も掃除を手伝うべきだ、とリンに言われて葵もモップで床掃除を始めた。

 そこはもっとしっかりやれだのこっちがまだ汚れているだの思いの外スパルタで、葵はじわりと汗をかき始めたけれどリゼは一人涼しい顔をしてアイスミルクティを飲んでいる。

 手伝う気はさらさらないようで、ため息を吐くと次はテーブルを拭けとタオルを渡された。

 生地はとても掃除に使って良いとは思えない滑らかさで、滑らかすぎて汚れが落ちるか疑問を持ちながら拭くとやはりべたつきが伸びただけだった。


 「……全然落ちないんですけど。この生クリーム何なんですか?」

 「オーダーケーキの材料よ。材料は心。心の奥深くに眠る願望が具現化した物」


 ああそうですか、と葵は棒読みで返事をした。まともな回答が返って来ない事は想像していたからだ。

 それに彼女の言う事が正しいのか嘘なのかも葵には分からないし、異を唱えたところで何が変わるわけでもない。ならとりあえずそれが真実であると仮定して考える事にした。


 (生クリームの行動が願望なら私を襲いたい人がいるって事になるよね……)


 本当に葵を狙って来たのかどうかは分からない。

 けれど店を破壊してまで襲い掛かってくる現象に納得のいく説明は思い浮かばなかった。

 ちらりとリゼを見ると、こくりとミルクティを飲み干しにこりと微笑んだ。


 「そうよ。あなたを殺したい人がいるの」

 「けど生クリームがどうやって人を殺すんですか」

 「口に飛び込まれたら窒息死するわ。人型で出てきたら絞殺かもね」

 「ファンタジーな存在のわりに殺し方は物理なんですね……」


 リゼもオーダーケーキも生クリームも、魔法じみた事をしていただけにファンタジックな攻撃をされるのかと思ったがそうでもないらしい。

 何だか言っている事とやっている事がちぐはぐだ。筋が通っていない違和感のせいで殺されるリアリティは一気に失せてしまった。


 (いや、魔法っぽければ殺されてあげるわけじゃないんだけど)


 リゼは半信半疑な葵の心境に気付いているのかいないのか、クスクスと花が飛び散るような愛らしい微笑みを浮かべた。

 からかわれているようで良い気はしない。葵は露骨にため息を吐いた。


 「まあでも物理で来るなら抵抗もできますし」

 「そうね。でも何としても殺そうと作戦を練ってくるわ。あなたはそれに抗えるかしら」

 「当たり前です。何で殺されるのを受け入れるんですか」

 「受け入れたいと思うように仕向けて来るのよ。例えば太陽のような笑顔で微笑みかけたりね」


 まただ、と葵は唇を噛んだ。

 葵が魔法のような現象を信じられないでいるのはリゼが棗累の存在を匂わせているからだった。

 もし本当にリゼや生クリームが物語から飛び出て来たのなら、現実に存在する人間を結び付ける必要などないだろう。魔法でポンと殺せば良いのだ。

 けれどそうしないという事は魔法では殺せないからか、もしくは他に目的があるからだ。

 葵は無意識に口を尖らせ疑惑と敵意を露わにリゼを睨みつけた。


 「甘い誘惑に気を付けて」


 ふふ、とお姫様は穏やかに微笑んでいた。

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