みんなで集まろう

「……お、この問題はこの公式か」


 ついにやってきた期末テストの日、龍一はいつも以上にスムーズに問題を解いていった。

 元々地頭は良いので龍一の学力は低くはなく、平均よりも全然出来る方ではあったが静奈との勉強の甲斐もあって今回は更に良い結果が見込めそうだった。


(ったく、思えばこうしてテストなんかに備えたこともなかったよな。別に勉強しなくてもそこそこの点は取れるんだが、ある一定の目標を立ててテストの為に対策をしたことはなかったか)


 せっかく静奈に勉強を教えてもらったのだからある程度の点は取りたいと思い頑張ったことは事実だ。

 休日を返上して朝から静奈の家に向かい、彼女の部屋で勉強道具を広げる日がまさか来るとは思わず、お互いに顔を見合わせては不思議だなと笑い合うことだって何度もあったほどだ。


(よし、これでテストは終わりっと……やり切ったぜ)


 こうして最後の問題も解いた。

 流石にもう疲れてしまったので見直しまでするつもりはなく、甘いと静奈に言われてしまいそうだが怒られるのも別に良いかと龍一は笑った。


「それじゃあ終了だ。後ろから回答用紙を回すように」


 龍一は終わりの合図を聞いて天井に向けてグッと腕を伸ばした。

 解答用紙を集め終わった先生が教室から出て行き、クラス中に漂っていた緊張感が一気に蒸散していく。


「あ~やっと終わったよぉ」

「あたし大丈夫かなぁ」

「赤点?」

「うん……」

「まあ……頑張れ」


 テストに手応えを感じた者、上手く力を発揮できなかったのか不安がる者も様々だった。

 いつもなら良く絡みに来る真と要も集中力を使いすぎたのかぐったりとするように机に突っ伏しており、あいつらも頑張ったんだなと龍一は笑った。


「お疲れ様龍一君」

「あぁ。お疲れ静奈」


 近づいてきた静奈と言葉を交わし合う。


「手応えはどう?」

「まあまあだな。静奈のおかげだぜ」

「そう? そう言ってもらえると嬉しいわ」


 事実静奈との勉強は本当に為になった。

 少し分かりづらい部分があればすぐに答えてくれるのもあるし、何より彼女は本当に頭が良いのだ。

 聞いたらスラスラと出てくる答えに龍一は一瞬静奈を先生と呼ぼうか真剣に考えたほどだったのだから。


「ふふっ、今日はみんな集まる予定だし頑張って損はなかったでしょ」

「まあな」


 そう、今日は静奈の家に龍一を含め千沙や沙月が集まる日でもあった。

 以前に時間を作って静奈の家にお邪魔しようと計画を立てたのだが、それがまあ今日という日でちょうど良かったのだ。

 以前はどんな女子会になるのかと龍一は微妙に思っていたが、みんなで鍋を囲むということで少しワクワクしている。


「今日は金曜だし明日は休みだ……いやぁ一日休めるってもんだぜ」

「そうねぇ。今日は泊まるの?」

「良いだろ?」

「もちろんよ♪」


 ということでお泊まりも決定した。

 それから終礼を終え、荷物も纏めて静奈と共に教室を出た。


「……?」

「あら」


 廊下を歩いているとあの教師……浜崎と目が合った。

 最近はもう彼と話をすることはなく、静奈に忠告をするのも諦めたのか絡んでくることはなかった。

 それでも昭と同じように睨んでくる様は何というか、子供に対して大人気ない姿を見ているようで滑稽だった。


「お母さんに本当に電話をしてみたいだけど、龍一のことを悪く言われたらお母さんも怒るに決まってるわ」

「あ、もしかしてそれであんな風になってるのか」


 今まで以上に面倒な感情を持たれていそうだが、それはそれでざまあないなと龍一は咲枝に感謝した。

 そのまま浜崎とすれ違い靴を履き替えて外に出た。

 真っ直ぐに静奈の家に向かうとまだ咲枝は仕事から戻っておらず、静奈と二人きりの時間を過ごすことになる。


「なあ静奈、テストで疲れたからちょっと膝枕でも頼んで良いか?」

「どうぞ?」


 お安い御用だと静奈はソファに腰を下ろし、龍一もすぐに彼女の元に向かい膝枕をしてもらう体勢になった。


「頑張ったわね龍一君」

「母親かよ……まあ悪くはない気分だな」


 それから咲枝が帰ってくるまでそのまま過ごしていた。

 仕事から戻って来た咲枝は龍一と静奈を微笑ましそうに見つめ、冷蔵庫からこの日の為に用意していた鍋の具材を取り出して準備を始めた。


「テストはどうだったの?」

「私も龍一君もバッチリだわ」

「バッチリってまだ結果は出てないでしょ?」

「でも分かるわ」

「……………」


 これで万が一結果が悪かったらと思うと少し怖くなる龍一だった。

 静奈と咲枝、二人と話しながら時間が進んでいき龍一のスマホが震えた。


「お、来たな。じゃあちょっと近くまで行ってくる」

「私も行くわ」


 送り主は千沙からで、そろそろ着くとのことなので出迎えに向かった。

 外に出てしばらく歩いていると、向こうから歩いてくる二人組の美女を見つけ静奈が手を振った。

 向こうの二人、千沙と沙月も手を振り返して合流するのだった。


「今日はありがとう静奈ちゃん」

「楽しみにしていました♪」

「私もです。それじゃあ行きましょう」


 こうして千沙と沙月を交えて家に戻り……そしてやっぱりと言うべきか龍一は軽く後悔することになった。


「ですよねぇ、私も龍一のそこが良いと思ってまして!」

「そうよね。千沙さんもそう思うわよね!」

「私も思いますぅ! 龍一君は素敵な男の子ですよぉ!!」


 夕飯の主役でもある鍋の用意が終わり、そこから五人もの面子で騒がしい時間が幕を開けた。

 まだ未成年である龍一と静奈はお酒を飲めないが、残りの三人はお酒の影響で早くもテンションがおかしくなってしまった。


「……こうなるとは思ってたんだよな」

「あはは……」


 今日こうして千沙と沙月、咲枝は出会ったわけだがすぐに意気投合した。

 内容はとにかく龍一のことばかりで、龍一としてはなんともむず痒い時間を過ごすことになった。

 盛り上がる三人から視線を外し、静奈と共に鍋を大人しく食べていく。

 いつか感じたデジャブのような気がしないでもないが、酒が入ればこうなることなど最初から想定済みだ。


「私たちもいずれはあそこに混ざるのかしら」

「……酒は飲んでも吞まれるなって言葉があるわけだが、ああはなりたくねえな」


 沙月はそこまでだが、千沙と咲枝の様子が凄いことになっている。

 咲枝は普段静奈と一緒に居る時は酒を飲まないのもあって、こうして大勢が集まる状況だとタガがいくらか外れるらしい。

 静奈としてはそんな母親の姿を見たくない……わけではないようで、楽しそうにしている咲枝の様子を見れるのは嬉しいらしい。


「これも龍一君が繋いでくれた光景の一つなのよね。楽しそうにしているお母さんの姿を見れるのはやっぱり嬉しいモノだわ」

「う~ん静奈ぁ♪」


 どうやら今の言葉は聞こえていたらしく、咲枝は思いっきり静奈に抱き着いた。

 困ったように咲枝の抱擁を受け入れたが、龍一はしっかりと静奈が酒の臭いに眉を顰めたのを見逃すことはなかった。


「龍一♪」

「龍一君ぅん♪」


 両サイドから抱き着いてきた千沙と沙月に、龍一は困った顔をしながらも大人しく二人を受け入れた。

 まあ際限なく飲むわけでもなく、あくまで迷惑を掛けないようにとそこからは飲むペースを三人は落として食事を再開した。


「龍一君の元には色んな子が集まるのね。千沙さんも沙月さんも良い子たちだわ」


 良い子かどうかは置いておくとして、良い人というのは龍一も同意だ。

 千沙との付き合いはとにかく長いし、沙月とはまだ出会って少しだが深い関係を結んだのは周知の事実である。


「そう言えば沙月はあれからどうなの?」

「あれから……あぁ弟ですか?」


 千沙の問いかけに沙月は全く興味無さげにそう言ったので、もう昭に対しての愛情の一切は感じ取れなかった。

 分かっていたことではあるが、万が一の可能性を信じてずっと龍一を睨み続ける昭を知っているだけに少しだけ可哀想な気がしないでもない。


(いや、可哀想もクソもねえか。実の姉を襲おうとした時点でな)


「私は特に話してないんですが、父と母も昭のことに気付き始めたみたいで……色々と聞かれてますよ」

「あら……」

「そうなんですか?」


 どうやら家族にもある程度は知られているらしい。

 ただ家族ということもあって厳しい処置みたいなことは出来ないらしく、甘いと思いながらもそこは家族の問題なのでああだこうだ口出しするのもやりづらいことだ。

 ただ何があったとしても沙月のマンションのことを教えることもなければ、少しとはいえ実家に帰ってこいとも言わなくなったらしい。


「今はそれで良いと思っています。時間が解決してくれると思うのは楽観的かもしれないですが、それが今は一番だと思うので」

「ふ~ん」


 沙月も自分で色々と考えているとは思うが、どうも彼女は千紗と良く会うようになったことで度胸のようなものが付いたようにも思える。

 流されるような性格だったが今ではしっかりと自己を保てる強さを沙月は身に着けていた。


「巡り巡ってという形ですが、こんな風になれたのも龍一君の導きですよね」

「そこも俺かよ」


 何でもかんでも自分に結び付けられるのはごめんだなと龍一は鍋に箸を伸ばす。

 それを照れ隠しだと女性陣に笑われ、そんなことあるかと文句を言えば更に揶揄われて不利な状況に陥ってしまう。

 ある意味龍一が危惧していた空気になってしまったが、それでも龍一は嫌な気分にならなかった。

 それもこれもきっと、この場の空気が温かいのもあるしみんなのことを信頼しているからこそなのだろう。

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