ありがとう

 抜鬼は腕を伸ばしてきている、日和の方に。それを見てカッと頭に血が上り抜鬼に向かって叫んだ。恐怖など、微塵もない。


「全員見つけた! 鬼の私が見つけたんだから、これでかくれんぼは終わり!」


 あの日、かくれんぼの鬼は琴音だった。日和以外全員見つけて日和が最後だった。そして日和を琴音が先に見つけた。


「これは私達のかくれんぼだ、お前のかくれんぼじゃない! 消えろ!」


 抜鬼を睨みつけながら怒鳴りつける。抜鬼は、少しの間そこに佇んでいたが、くるりと踵を返すとゆっくりと歩いて行き、そのままどこかに行ってしまった。

 再び日和に視線を戻す。日和はまるで何事もなかったかのようににこにこ笑っていた。


「ごめん、ヒヨちゃん、ごめん」


 大粒の涙があふれた。ひっくひっくとしゃくりあげて上手くしゃべることができない。


「忘れないでって、言われてたのに。もっと早く見つけることできたはずなのに、遅くなってごめん。十年も抜鬼から隠れなきゃいけなかったよね、怖かったよね。いないんじゃないかって思ってごめん、オニワさんだって疑ってごめん。ごめんね、ごめん……」


 最後は声にならない声だった。ひっくひっくとしゃくりあげて上手くしゃべることができない。加賀清春に殺されただけでなく、抜鬼に食われるかもしれないという恐怖に十年耐え続けた。まだ九歳の少女が。


「コッコ、泣き虫のまんま」


 あはは、と困ったように笑う日和に琴音は這いながら近づく。涙でぐしゃぐしゃの酷い顔をしているだろう。日が落ちそうな暗い中ではあるが、日和の姿ははっきりと見えた。


「ヒヨちゃん私……」

「ありがとう」


 琴音の言葉をあえて遮って日和は笑った。驚いて日和を見れば、恐怖も怒りも何もない。ただひたすら柔らかく微笑んでいる。


「私を見つけてくれて、ありがとう。かくれんぼ見つけるの下手だったのに、オニワさんより先に見つけてくれてありがとう」


 日和が琴音に顔を近づける。こつん、とおでことおでこがくっついた。大切な約束をするときは指切りだったが、もっと大事な誓いをするときはおでこをくっつけたのだ。あとは、相手を安心させる時やありがとうを伝える時、泣いている琴音を励ます時にもこうしていた。まるチュウするみたいで恥ずかしいね、と笑い合っていた。


「コッコが謝る事、何もない。ちゃんと思い出して探してくれた。オニワさんに勝ったんだよ、スゴイよ。最後かっこよかったよ、あんなに大きい声出せるようになったんだね」


 昔は声が小さかった。気が強い人に言い返すことができなかった。いつも日和が琴音の本心を代弁していた。


「ちゃんと見つけてくれた。信じて待ってた」

「ヒヨちゃん、私は」

「ありがとうコッコ」


 顔を離し、また歯を出してニカっと笑って日和は消えた。あ、と手を伸ばしたがもう日和はいない。まるで土下座をするように地面を頭にこすりつけ、大声で琴音は泣いた。

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