怪事件概要
近づけばすぐに気づいたように顔をあげてタブレットをしまった。そして持っていた小さな紙を手渡してくる。琴音が受け取ってみれば、それは名刺だった。大学名と肩書、名前が書かれている。
「名刺?」
「身分証明だよ、怪しい奴じゃないってことで。さっきすぐそこの飲み屋の個室を予約したからそこで話そう。何で君に会いに来たのかを含めて、少し込み入った事情になる」
説明はしているが有無を言わさない雰囲気はある。視線がどうする、と問いかけているかのようにじっと見つめられた。予約した店の名前を聞けば、そこは少しおしゃれなバーで有名なところだった。半年前までこの辺りで働いていた為周辺の店には詳しい。このバーにも客に付き合って何度か行った事がある。
「こちらからの譲歩だ。店主と顔見知りくらいではあるかと思ってね」
危害を加えるかもしれない相手の選んだ店など行きたくない、と言わせないための予防措置ということか。それだけ慎重な相手だとかなり手ごわいかもしれない、と緊張したがここまで来たら帰るというわけにもいかない。あくまで交渉の余地をにおわせているのだから。
「先に聞くけど、要件は? ざっくりでもいいから」
あからさまに警戒をあらわにした表情で言えば、笹木はあっさりと答えた。
「十年前に起きた事件の真相を知りたい、これに尽きる。他にあるか」
捕食動物が獲物を見つめるかのような雰囲気で言われ、琴音は返事をしなかった。今まで見てきた保護者達とは少し違う雰囲気を感じ取ったからだ。悲しみから相手に憎しみを向ける連中とは違い、冷静な中に少しだけ怖さがある。
「ただ」
笹木は琴音から視線を逸らした。少し考えているような仕草だ。
「君が事件を何も覚えていないと証言しているのは知っている。今思い出して話せとは言わない」
「え? じゃあ、何で私に会いに」
「店で言っただろ、君の為でもあるって。正確には君も巻き込まれてると言った方がいいかな。さっき言ったオニワさんの話が関わるんだが、あれからさらにおかしな事件が起きて被害者が出てるは知ってるか」
「知らない」
「だろうな。十年前何かが起きた。だが、その何かはまだ終わっていない。正直君の行方調査を依頼するとき君が生きているかは賭けだった」
賭け、という単語に嫌な予感がした。
「新たな被害者っていうのは、まさか」
「ああ。死んでるよ。かれこれ四人だ」
それだけ言うと笹木は歩き出した。琴音がついて来るかどうか見向きもしない、一人ずんずんと進んで行く。来ないなら来ないでも構わない、という事だろう。
死人が出ているという事実と、昨日から起き始めた奇妙な体験もあり琴音は迷うことなくついて行った。店に入り個室へと案内され、てきとうに飲み物を注文する。店員が飲み物を持ってくるまではお互い無言だった。注文した品が届き店員がもう来ないという状況になって初めて笹木が鞄から荷物を出しタブレットを見せてくる。
「俺の職業や目的はさっき言った事にウソ偽りはない。息子の拓真が殺され、生存者は君だけ。一体何があったのかずっと知りたいと思っていた。保護者からのギャンギャン騒ぐ声に君の家は家庭崩壊を起こしていなくなっちまったがね」
「……貴方は、その時いた? 私よく覚えてない」
「いや、そういった事はしてない。当時俺はその村には住んでない。もともと他県に住んでて離婚調停中だった。拓真は元嫁が実家に連れてったから、俺は直接絡んでいないんだ。マスコミが過剰に報道したせいで村には交通規制がかかって入れなくなって、結局俺が現地に行けたのは君がいなくなった後だ。だから詳細は当時わからなかった」
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