憧れの魔法少女になれたけど恥ずかし過ぎて死にそうです!!
@jyambata
第1話 十条穂華
私の名前は十条 穂華、23歳独身彼氏無しです。
大学卒業後、親戚が経営している喫茶店でバイトをしながら悠々自適な毎日を送っている。
何故親戚が経営している喫茶店でバイトをしているとか言うと、両親と大喧嘩をして家出をしたからだ。たかが喧嘩と思うが私にとっては重大な事で、人生を左右する程の問題でもあった。
両親から逃げるように都内に出て来たけれど、最初は行く宛も無くフラフラしていた。宛もない家出は厳しく、貯金もあっと言う間に底をついてしまった。
そしていろいろ酷い目に遭った後、喫茶店を経営していた親戚の店に助けを求めたのだ。
私は事情を話すと、親戚夫婦が経営している喫茶店の2階にある部屋を1部屋借りて住むことになった。
都内のお洒落なカフェとは違い『喫茶しぐれ』は様々なコーヒーミルを売っている変わった珈琲喫茶であり、都内のアクセスも良く、近くに大学やオフィスビルが建ち並ぶ一画にある。
客層は学生さんやサラリーマンが良く利用し、時間帯によって近所に住む年配の方々も利用する地域密着型の喫茶店だ。
そんな私、十条 穂華はモーニングの準備を終え、何時ものように喫茶店を開店させる。
「おはよう〜、穂華ちゃんいつも朝早くから頑張るね」
「鈴木さん、おはようございます! 空いてる席にどうぞ」
サラリーマン風の男性の名前は鈴木さん。毎日珈琲とサンドウィッチを注文するお得意様だ。
「玉子サンドセットのホットブレンドで」
「ありがとうございます。少々お待ち下さい」
計量器で決められた珈琲豆をコーヒーミルに入れ豆を挽くと、挽きたての芳ばしい香りが鼻を擽る。私はこの香りがとても好きだ。
様々なドリップ方法を勉強したが、1週間もすればサイフォンの扱いも今では慣れたものだ。
ん、今日は上手くいったかも
玉子サンドを半分に切り、珈琲を先程のサラリーマン風の男性に持って行く。
「お待たせしました。玉子サンドウィッチセットです」
「ありがとう」
珈琲を一口飲むと鈴木さんは満足そうな表情を見せる。
「珈琲の淹れ方が上手になったね。最初の頃と比べると雲泥の差だよ」
「えへへ、ありがとうございます」
褒めて貰えると素直に嬉しい。
1週間前は珈琲は一切淹れた事は無く、ムーンバックスコーヒーでクリームがたっぷりの甘い珈琲を飲むくらいだった。
この喫茶しぐれでバイトをするようになり、初めて苦い珈琲を飲み美味しいと感じてからは、一生懸命珈琲の淹れ方を教わり、珈琲の淹れ方を必死に勉強したのだ。
「ところでこのニュース知ってる?」
鈴木さんがカウンターの上にあるテレビを指差す。
朝のニュース番組が放送されており、ダンジョンで活躍する1人の女性の特集が組まれていた。
その女性は世界で初めて確認されたクラス【魔法少女】になった女性で、動画サイトに投稿されてからもの凄い人気が出ている。
ちなみにダンジョンとは世界中で発生した謎の空間であり、様々なアイテムが存在する場所である。
高価なアイテムが多数確認されてからは大勢のの人々が殺到したのだが、そのダンジョンにはモンスターと呼ばれる凶暴な生物達が待受けており、多数の死傷者を出してしまった。それ以来、国が専門の機関を立ち上げ日本にある全てのダンジョンを管理し運営する事になったのだ。
それがかれこれ10年前の話である。
「渋谷のダンジョンで活躍する魔法少女、ほのりん☆ミって娘なんだけど、凄い強くて可愛いらしいんだよね。うちの娘がファンでさー」
「へ、へ〜そうなんですね……」
「娘もハンターになりたいって妻に言ったらこっ酷く怒られちゃってさ、アンタが死んだらどうするのよ! って言われちゃったのよ。俺も同意見だね。ニュースや特集番組でダンジョンランカー達を華々しく紹介してるけど、死んでしまっては意味がないよね」
「私もそう思います」
「穂華ちゃんはダンジョンなんかに行っちゃ駄目だよ? きっとご両親も心配すると思うし」
鈴木さんは自身の娘と私を重ねているようで、心配な気持ちも良く分かる。しかしダンジョンで得られるのは高価なアイテムだけでは無く、叶えられない夢ですら叶えてしまう魅力的な場所でもあるのだ。
鈴木さんが食事を終え会計を済ますと、ニュース番組が終わりテレビから再放送のアニメ番組が放送される。
そのアニメは可愛らしい魔法少女が魔法を使い悪や怪物と戦うストーリーである。
そのシリーズは長く、私も小さい頃は魔法少女シリーズのアニメをよく見ていて、将来魔法少女になりたいと両親に言っていた事を思いだす。
「魔法少女になりたいと思ってたけど、本当になれるとは思わなかったなぁ…」
親戚の喫茶店で働く前に、なけなしのお金を払いハンター登録をしたのだ。
簡単な講習と試験を終えると1枚のカードを貰う事が出来る。
それはダンジョンから生み出されるダンジョンライセンスカードと呼ばれる物で、これがあると自身のステータスを確認したり身分証明書にもなったり、更に銀行と連携させるとキャッシュカードにもなるのだ。
「おはよう穂華」
「おはようございます」
上の階から降りて来たのは『喫茶しぐれ』の経営者のひとりで親戚の梶田咲さん。
年齢は40代後半で私の父親の妹だ。
咲さんは夫である梶田寿史と職場結婚して会社を退職後、お互い趣味のコーヒーがきっかけで喫茶店を開く事になったそうだ。
「朝食出来てるから食べてきなさい」
「はーい」
「あ、そうそう昨日手紙が来てたからテーブルの上に置いたよ」
「ありがとうございます」
私はエプロンを取り、お店を咲さんに任せて2階にあるダイニングへと向かう。ダイニングテーブルの上にはトースト2枚と目玉焼き、淹れたてのコーヒーが置いてある。
「あ〜いい香り。咲さんのコーヒーってなんでこんなにいい香りなんだろ」
コーヒーの挽き方、淹れ方にひとつひとつ意味があり、お湯の温度でも味が変わってしまうので難しいが、奥が深くコーヒー沼にハマってしまった。
コーヒーの香りを楽しみひと口飲むと、さっぱりとした口当たりに程良い苦味が口に広がる。
トーストを口に運び咀嚼しているとテーブルの上に乗せられた手紙が1通目に入った。
「げっ、お父さんからか……」
取り敢えず父親からの手紙をテーブルに戻し読むのを止めた。
バイトの後はダンジョンに居る彼に会いに行こう。
朝食を手早く済ませエプロンを着ると、咲さんの手伝いをする為に1階の喫茶店に向かった。
喫茶店のバイトは朝7時から10時までの3時間労働で時給は950円で決して高くはないが、住み込みバイトなので安くは感じない。
▽
バイトが終わり、動きやすい服装に着替えて渋谷駅へと向かう。
電車で揺られること約30分、私は渋谷駅に降り立つと真っ直ぐ渋谷マルコへ向かうと、渋谷ダンジョンセンターが見えてくる。
渋谷マルコのひとつをダンジョン庁がまるまる借り上げ、ダンジョンセンターとして運営しており、入り口は大勢の人が出入りしていた。
凄い人がいるなー。受付に並ぶだけで疲れそう。
渋谷ダンジョンは日本で1番の大きさと人気があり、有名ダンジョンランカー達も通っているせいか、ダンジョンに潜らない一般人もこの渋谷ダンジョンセンターにやって来る。
あ、アイドルの館林俊だ! 格好いい!
少し離れた所に1組のグループが見えた。彼らはアイドルの館林俊をリーダーとしたイケメンハンター達だ。
決して強くはないがダンジョンランカーと呼ばれており、ダンジョンランキングに載っているのでメディアでも度々取り上げれる程の有名人だ。
あっ、一瞬目が合った! 今日はツイてるなと思いながら私は受付を済ませるべく、長蛇の列に並ぶことにした。
「お次の方どうぞ」
「渋谷ダンジョンへのアタック申請をお願いします」
「ダンジョンライセンスカードの提出をお願いします」
慌ててダンジョンライセンスカードを取り出し受付の人に渡す。
「……十条穂華さんですね。別室にご案内しますのでついて来て下さい」
「え?」
なんで? なんで私だけ個室?
突然受付の人に誘導され、関係者しか入れない別室へと案内されると周りの人達から好奇の視線に晒される。
「ヒソヒソ……何あの人有名人?」
「……何か悪い事したんじゃね?」
ヒソヒソ声が聞こえ不安になりつつも受付の人に案内され奥のこじんまりとした部屋に通される。
内装は特に変わった物は無く、テーブルと椅子が4つあるだけた。
「さて、私は渋谷ダンジョンセンター主任、須藤奈々子です」
渡された名刺を確認する。
そこにはしっかり渋谷ダンジョンセンター主任須藤奈々子と書かれていた。
須藤さんは髪を後ろに束ね、The仕事が出来る人感が溢れている女性だった。
「今日別室にご案内したのには理由があります」
「な、なんでしょうか?」
「貴女と一緒に入った冒険者達が未だに帰還しておりません、約1週間も経っている事から死亡が濃厚ですが……何か知っている事がありませんか?」
須藤さんの質問に私の心音が激しく脈打つ。
一緒に入った、2人組の末路はこの目で見たが、真実を伝えるには証拠は無く、逆に私が殺したんじゃないかと疑いを掛けられる可能性がある。
……ここは白を通すしかない。
「確かに彼らに誘われ一緒にダンジョンに入りましたが、初めてダンジョンに入ったせいか逸れてしまい、彼らとはそれっきりなんです。力になれなくてごめんなさい」
「……構いません。聞き取り調査の一環なのでお気になさらず。彼らの素行も悪かったので、何かされてないかなと思いまして」
「大丈夫です、運良く外に出られたので」
「……分かりました、ご協力感謝します。ダンジョンカードの更新とアタックの申請は済みましたのでこのままお帰りになって結構です」
「ありがとうございます。では、失礼します」
▽
十条穂華が個室から出た後、無精髭を生やした人物が個室に入室する。
「須藤、何か分かったか?」
「あ、肱川部長お疲れ様です」
肱川龍蔵。
渋谷ダンジョンセンターのトップである。
彼は見た目が強面だが、職員からは絶大な信頼を寄せられている。
そんな彼は須藤奈々子にとある調査を依頼していた。
「……十条穂華のダンジョンカードを調べましたが、特に何も無かったです」
「何も無かった? 何度もダンジョンアタックしてるのにか?」
「はい、レベルも1のままで何も記載されていませんでした」
肱川は顎の無精髭を触り、思案を巡らせる。
「俺は上に掛け合って渋谷ナンバーズ達のアイテム売買履歴などの金の動きを調べる。お前は行方不明の2人と十条穂華を徹底的に調べろ」
「興信所は使っていいですか?」
「経費が掛かり過ぎる。なんなら十条穂華と仲良くなれ、そっちの方が確実だ」
「……はぁ、お給料上げて下さいよ」
「査定の評価は上げてやる」
肱川が部屋から退出すると、須藤は深く溜息を吐き手元のファイルを開く。
ひとりの女性の顔写真とダンジョンでの活動履歴が載った書類だ。名前と年齢、ダンジョンでの活動履歴が記載された機密書類だが、約4日も活動しているのにまっさらなのだ。
先程も聞き取り調査もしたが、特に変わった事も無く淡々と彼女は話していた。
「やっぱり何か隠してる? ……怪しいわね」
ファイルを閉じると須藤は重い腰を上げ、本来の業務に戻るべく個室を後にするのであった。
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