第6章-⑦ 狼と禿鷹の握手
本国から4,000の鉄騎を伴い、風のように旧公国領に舞い戻ったチャン・レアンは、弱小なウリヤンハタイの蜂起軍を象が
だが、肝心のウリヤンハタイを捕らえられない。
ウリヤンハタイ自身、数的に劣勢にあるため、ゲリラ戦に徹して王国軍の疲労と消耗を誘うのが目的であるらしく、状況は追われては逃げ、逃げられては追っての繰り返しに終始した。
「
チャン・レアンは
ウリヤンハタイには、宿敵のそうした短所が手に取るように分かるだけに、常にその
そしてミネルヴァ暦1396年9月10日。カンタベリーが破壊されてから旧公国領第一の都市となったレンスターに駐留していたチャン・レアンのもとに、スンダルバンス同盟の王の一人イシャーンから急使が派遣された。曰く、
「王国軍に領内を通過させ、ブリストル公国を滅亡に至らしめたことを発端に、同盟部内で抜き差しならぬ対立となり、ンジャイ、ヌジャンカ、ラドワーンの三人の王が軍を率い攻めてくる。我が友、願わくは先日の恩義を思い起こされ、助力を
この報告を伝え聞いたチャン・レアンは勇奮し、旧公国領駐留軍の約半数にあたる4万の軍勢をかき集め、駆けに駆けて、イシャーン王の領分へと足を踏み入れた。それが9月21日のこと。イシャーンは異名を「砂漠の
既に、イシャーンの領土は半ばほどを敵軍に占領されている。だがイシャーンは
「我が友、我が兄弟」
イシャーンはチャン・レアンをそう呼んだ。二人は笑顔で挨拶し、軽い懇談のあとで作戦会議を開いた。両者の用兵思想はまったく相容れなかったが、互いに対する敬意から、作戦案は
「飢えた狼と渇いた禿鷹の握手」
と評される、この年に始まる大戦の契機となる会談であった。
もっとも、彼らは真に互いへの友情だけで手を結んでいたわけではない。およそ人情の面だけで指導者が外交を行うということはありえない。彼らにとっての最大の動機であり、方針決定の原動力となるのは利害である。利害が完全に一致している限りは、感情的な友愛をはるかに超える強固な盟友たりえるものだ。
その意味では、彼らは理想的なパートナーと言える。禿鷹は狼を自らの地歩を固め覇道を突き進むための道具と考え、狼は王国の勢力を大陸全土に伸長させる
しかし、彼らの結束も、彼らの軍も強い。
10月3日、戦場となったネタニヤの荒野で、総勢10万人にも及ぶ兵力での大会戦が行われた。
序盤はチャン・レアン率いる王国軍が鉄騎による突進と歩兵による波状攻撃を繰り返し、優勢に思われたが、三人の王が率いる連合軍が鉄壁の布陣を敷いて頑強に守り、王国軍に息切れが見られるようになって反撃に転じた。王国軍は守勢に弱く、総崩れの様相を見せた頃合いに、戦況は再び逆転した。
砂漠の禿鷹の異名を持つイシャーンが、主戦場右翼から精鋭の
激戦の渦中で、イシャーンは連合軍の盟主格であるヌジャンカ王を発見し、背後から駆け寄ると、自らジャマダハルと呼ばれる剣で背中を鎧ごと貫いた。
中央のヌジャンカ軍は指揮官を失って崩壊し、ンジャイ王率いる左翼軍も混乱して収拾がつかなくなったため、右翼のラドワーン王は戦線の維持を
イシャーン軍と王国軍も疲労が蓄積していたため、日没とともに追及を中断し、軍の再集結を急がせた。敵を一挙に
その翌日は昼から始まり翌朝まで宴会が催され、チャン・レアンはイシャーンのもてなしに大いに気分をよくして、上機嫌のあまり、全同盟領の併合まで自らは王国にも旧公国領にも帰らず、あくまで彼の覇道に協力することを誓った。
ただ、その言葉のわりに、彼は三日三晩、酒池肉林の
狼の機嫌を損ねたくないイシャーンは内心で焦った。そして事態はイシャーンの懸念を現実のものとした。
本拠地のナジュラーンへ帰着したラドワーン王は、すぐに北方のオクシアナ合衆国へ使者を派遣し、この瀬戸際への救援を求めた。合衆国は、王国による旧ブリストル公国の併合を強く非難しているとともに、スンダルバンス同盟とは友好的な隣人関係を築いている。ブリストル公国の危難に際しても、結局は間に合わなかったとは言え、増援軍を派兵しようとした
ラドワーンの観測は的中した。
合衆国大統領のアーサー・ブラッドリーは要請を即断で受諾し、旧公国領との国境付近で臨戦態勢にあったグラント大将の大軍を同盟領へ送って、支援させた。また旧公国領で再び決起したウリヤンハタイとも連絡を通じ、この方面へはフォレスタル中将の民兵軍団を派遣して、後方
無論、チャン・レアンもただ無為に時を過ごしてばかりもいない。同盟の内紛が予想以上に
これだけの軍事力を維持するには途方もない国力と民力が必要になるわけだが、スミンは
そして11月14日には、チャン・レアン大都督率いる王国軍及びイシャーン王率いる反主流派同盟軍が、グラント大将
傾国の美女たる術者スミンの登場によって大きく動き出した歴史が、大陸全土を揺るがす大戦へ向け、急激に沸き立っている。
それはあたかも、煮えたぎった油が釜の中で発火の時を待っているかのような、奔騰しつつある歴史の流れと言うべき一局面であった。
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