- VII -

もう話が終わったから邪魔な来訪者は帰ってくれるのかと期待していたが、僕の隣に座って呑気に水平線の彼方を眺めてやがる。まあもういつものことなので、僕は気に留めずに本の続きを読んでいる。幼少期の頃から付き合いが長いのもあってか、お互いに緊張もしていないのだろう。

沙希との説教混じりの話は正直、僕にとっては価値のある話ではあった。僕以外の人間の意見を聞くというのも別の視点でモノを見ることができ、新鮮だった。そう言ったものに耳を傾けるのも悪くはないなと思う。考え方は理解できるが…じゃあその通り実行するかと言われれば、残念ながら僕の答えはノーである。それは決して譲ることはできない。


「…ねえ、拓海はさあ、朝と夜どっちが好き?」


「は?何だよその質問。…朝だな。ここの場所が一番心地いい時間帯だからな。」


「…そうなんだ、私は夜。逆だね。」


いきなり変な質問をかまして来るから聞き流して無視を決め込もうと思っていたが、横目で見えた沙希の表情が弱々しく、流石にそれは出来なかった。水平線をずっと見つめたまま、若干微笑みを見せている。今まで見たことのない彼女の表情だった。


「夜は辺りが静寂になってとても落ち着く時間。今まで身を潜めていた星空が現れて、地上の私たちを導いてくれる。惑星も私たちと同じ。生誕から最盛期を迎えて、やがて消滅していく。私がね、特に綺麗だと思うのは月。私たちが生まれる遥か昔からこの空の向こうに存在している。拓海は考えたことある?『今私たちが何気なく見ている月は大昔の人たちも同じように眺めていたもの』なんだと。まだ身分の差が激しかった時代の人々は月にどんな想いを馳せていたのだろう。私たちが今いるこの場所だって、時代は違えど同じようにこの場所で月を眺めていた人がいるはずよ。それって、凄くロマンチックだと思わない?」


弱々しい表情をしながらも語り口は活き活きとしている。確かに凄く美しいと思う。何気なく当たり前に日常を過ごしていてはなかなか気づける部分ではない。月を眺めながら硯に向かって筆を持ち、心境を書き連ねる。そんな物書きも多かったと聞く。文明が発展していった現代社会ではそういった自然に思いを馳せる人など少数派であろう。しかしそれは決して悪いことではない。神が作った人類のシナリオなのかもしれないから。僕らはただそれに乗せられているだけなのだろうか?下界という舞台を与えられ、演者である僕らは各々の役になりきる。『天宮拓海』という役を与えられた僕はその使命を終えたら、次はまた別の役を与えられるのだろうか?結局そこに行き着くのなら、沙希が言っていたように『事実の積み重ね』の中で生きる方が実に賢い選択なのだろう。

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