天宮自叙伝

夕暮れ時雨

- I -

『神が人類を生み出した理由』


一体なんなのだろうか?手と手を取り合い、互いに生命を尊重し合って繁栄していくことの美しさを学ばせたかった?…いや、それならば対立を生んで諍いなど起きない。虐殺・暴虐・破壊といった行為を人類は長い歴史の中で何度も繰り返してきている。全知全能の神ならば、それは人類を生み出す前に理解していたことなはず。

僕ら人類を試すために下界に生み落とし、その生き様を観察しているのだろうか。

ではそれならば、僕ら人類側に新たな疑問が上がる。


『人は何のために生きているのか?』


今まで考えたことがあっただろうか…いや、誰しもが人生で一度は考察したことがあるはず。

自分のため?、恋人のため?、親のため?、子供のため?…それとももっと別のこと?

言うまでもなく正解のない問いである。人はそれぞれ生まれも育ちもいろいろ違うのだから千差万別。当たり前のことである。


『誰かを、何かを守るために生きている』


僕の答えはこれだ。守るべきものは何も具体性のあるものでなくてもいい。思想・信条・技術・伝統といった抽象的なものもある。人は守るべきもののためなら強くなれる。それが自身の生きがいにもなる。その心の拠り所が犯された時に争いが発生するのであろう。守るべきものと守るべきものが対立した時に人は闘争を起こし、過激化してくると相手を排除するために徹底的に潰しにかかる。守るべきものが人にはある以上、争いは必然的に起こることなのである。





ストリートピアノの美しい音色が聴こえる。草木が生い茂り、青空には千切れ雲がゆっくりと漂う。川のせせらぎが心を癒し、鳥の囀りが平穏な世界を象徴する。そんな情景を彷彿とさせる一曲だ。奏でているのは僕と同じ歳ぐらいの少女。運指も滑らかで美しく、姿勢も綺麗である。表情は微笑したり悲しんだり、時折目を瞑ったりして感情表現を音に乗せている感じだった。

気づいたら僕は彼女に近づき、声をかけていた。俗世の有象無象な他人になど、普通なら興味がない。しかし彼女は違う。まるで昔からこの世界を俯瞰してきた天使のような存在だった。生命の生誕、成長、衰退、そして死滅。その全てを彼女は知っているのではないか?

冗談などではない、本気でそう思った。


『僕が下界(ここ)にいる理由』


これを今まで探すためにあらゆる場所を訪れた。簡単に見つかるわけもないことは分かっている。せめて天宮拓海の一生を終えるまでに自分なりの答えを見つけたい。そのヒントが今目の前にいるという状況を無駄にはできまい。


「非常に美しい演奏だ。生物たちの善行や悪行を多く見てきた天使の感情を表している調べのよう。清廉潔白で理想的だ。」


僕の声を聞いた少女はピアノを奏でていた手を止めた。こちらを振り向かずに顔はピアノ側に向けたまま口を開く。


「・・・天使は皆が清廉潔白というわけではありませんわ。神の命に背いた天使もいたのです。ルールなどというものは所詮、誰かが作った概念でしかない。そこに正や誤は本来存在しません。人類に情を持ってしまった天使がいるのも無理はないです。」


天使はそんなに美しいものではないと…僕の評価には否定的だった。

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