第28話 モヤモヤする
ダンスのショート動画を淡々と上げ続けた『ねおんちゃんねる』は、再生数は右肩下がりながらも、徐々に登録者数を増やしていった。
順調にことが進んだおかげか、最近阿久津の機嫌が良い。
相変わらず俺の読書タイムを妨害するのだが、理不尽な暴力や窃盗、恐喝や強要は無く、ひたすら用もないのに話し掛けてくる程度におさまっている。
「実くん、グーテンモルゲンっス。ブエノスディアス、ドードーブラエウートラ、ヴォンジョルノ、サバーフアルハイル」
朝早くから登校していた俺を見つけ、阿久津がやんちゃな子供のように駆け寄ってきた。
「ドイツ語、スペイン語、ロシア語、イタリア語にアラビア語。あいさつは一つでいいぞ」
「キッショ、なんで分かるんスか……パカ」
多言語の「おはようございます」を俺の知識で返すと、突然彼女は頭部の髪――カツラだったものを外した。
カツラが取れると、水泳キャップを被った阿久津の頭頂部が現れる。
「おい、ビックリさせるな。なんだそれは、流行っているのか?」
「なんで実くん知らないんスか! このネタのためにわざわざウィッグ買ったんスよ」
阿久津はそのまま地面にウィッグを叩き付けた。
朝から高カロリーの阿久津音々を摂取してしまい、今日も頭が痛い。
「あっ、風で袋が!」
そんな阿久津だが、今日もしっかりゴミ拾いをやっていたらしい。
風で飛ばされたゴミ袋を追いかけて拾うと、今度は袋を持ったまま再びこちらに戻って来た。
「シケモクいっぱい拾ったんスけど、音々はタバコ吸わないから実くんにあげるっス」
「奇遇だな。俺も吸わないからそのまま捨ててくれ」
「禁煙中なんスね。じゃあ、喉乾いただろうし、飲み物を」
「……もう突っ込まんぞ」
ゴミ袋から中身不明のペットボトルを取り出そうとして、俺は手をかざして拒絶した。
阿久津とのやり取りはいつまで経っても終わる気配がない。
貴重な読書の時間をこれ以上奪われるわけにはいかないので、俺は彼女に背中を向けた。
「実くんもう行くんスか? じゃあまた、昼に部室集合っスね」
「生徒会室を勝手に部室にするな」
と一応訂正を入れ、俺は阿久津と別れた。
昼休みになり、阿久津を避けるために俺は弁当とタブレットを持って中庭に向かった。
生徒会室にくる宣言をした後、俺が来ないと2ーFの教室に来るだろうと想定した動きだ。
向かう途中で彼女に見つからないよう、周囲を警戒しながら校舎の外に出ると、派手髪の彼女の頭部が去っていく姿が見えた。
生徒会室とは違う方向に向かっている……
俺はこっそり彼女を追跡した。
「そうか、牧田か」
阿久津と同様、遠くから目立つ長身の女子――牧田マキが阿久津を見つけて、そのまま寄っていた。
どうやら彼女と会う約束をしたらしい。
……ところが、一言二言会話をしただけで別れてしまった。
阿久津は別の場所へ向かう。
気が付くと見覚えのある人気のない校舎裏――俺が牧田に告白(阿久津が好きという意味での)をされた場所に到着していた。
さすがにそれ以上は近付けなかったので、俺は校舎の角に隠れて阿久津の様子を
阿久津のことだ……何かよからぬことを
「あの、阿久津さん」
色々と最悪な想像していたのだが、どうやら先客がいたようだ。
覗き込むわけにはいかないので、俺は聞き耳を立てた。
声の主はどうやら男のようだ。
「なんスか、要件は。音々は忙しいから、さっさと言って欲しいっス」
どうやら阿久津はこの男に呼び出されたらしい。
「動画投稿してるよね? 見せてもらったんだけど、ダンスとか、すごいかっこいいって思った」
「ま、まぁ……当然っスよ」
牧田という例外を除けば、普段人から叱られてばかりで、褒められ慣れてないせいか、阿久津が珍しく照れている。
普段の攻撃的な部分しか見ていないので新鮮だ。
「チャンネル登録はしてくれたんスよね?」
「も、もちろん! 動画も全部見たし、いいねもしておいた」
「じゃあ、音々のファンってことっスね」
「もちろん僕は阿久津さんのファンだけど……」
「ファンだけど、なんスか?」
俺はなんとなく、彼が本当に伝えたい言葉が分かってしまった。
いくらそういうことに
――でもあいつ顔は結構可愛いじゃん。ウチのクラスもあいつのファン結構いるよ
佐々木が言っていた通り、阿久津はそこそこモテる。
性格はアレだが、見た目は悪くない。万人には受けるタイプではないにせよ、一定数の層には刺さるだろう。
当然俺は性格の不一致で、あいつに対してそんな感情は持ち合わせていなかったのだが、何故か胸の奥がモヤモヤする。
「いや……えーっと、その……僕、」
「なんなんスか? 言いたいことがあるならはっきり言うっスよ」
俺は知っているようで本当の阿久津音々を知らないのだ。彼女の一方的なコミュニケーションに対して、俺は彼女のことを知ろうとしなかったから。
「阿久津音々さんのことが……す、す、好きです」
阿久津は色恋沙汰に興味ないだろうというのは、あくまで俺の想像だ。
自分に好意を寄せられてることを知った彼女は、どんな反応をするのか、俺は知らない。
「だからファンってことっスよね?」
「ち、違う。そうじゃない。一人の女性として、僕は君のことが好きなんだ。だから僕と付き合ってください」
「嫌っス!」
……あっさり断った。
予想通りの回答だったとはいえ、俺は胸を撫で下ろした。
「はー、やっぱりそうだよね。阿久津さんの目には僕なんか映ってなくて、いつも2ーFの田中がいるんだからなぁ。彼には敵わないか」
「実くんはただの友達っスよ?」
「みんなそうは思ってないと思うよ。正直、阿久津さんは田中のこと好きなんでしょ?」
「そんなんじゃ……ない……っス」
「普通はただの友達相手に、あそこまでしないと思うけど」
「だからっ! 音々と実くんは! そんな関係じゃないんスよ!!!!」
阿久津は突然声を荒げる。
そして建物の影に隠れる俺の目の前を通り抜け、そのまま走り去ってしまった。
幸い彼女は取り乱していたため、俺の姿は見られなかったのだが、内心穏やかではない。
背中から汗が吹き出して、動悸が激しくなった。
何故、俺はこんなにも動揺しているのだろうか。
阿久津に覗いているところを危うく見られるところだったから……いや、違う。
阿久津が取り乱すところを初めて見たから……きっとそうだ。そうに違いない。俺は自分の心音を落ち着けるためにそう言い聞かせた。
必死に頭を落ち着かせるよう努力をしたが、結局その日は一日中、読書に集中できないほど上の空になってしまった。
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