第4話 はじめてのぼうけん
──うん、空はきれい。
わたしは背中の薄く透き通った羽を広げて空を飛びながら、更に上を見上げて思った。
確かに、思っていた程、魔界は悪くない。
青空に白い雲。輝く太陽。心地良い風。
元の場所と何も変わらない空が高く高く広がっている。気持ちが良くて、尻尾も自然と揺れてしまう。
地面を見下ろせば荒野だけど、その先には緑の森や丘、青い湖や川が見える。ちゃんと人が住んでいけそうな場所だ。
だけど、確かに魔力はおかしい。
背中にある妖精の羽は羽ばたいても飛べない。魔法を使う補助をする為のものだ。おかあさんやペルクスにそう教わった。
その魔法の調子が悪かった。
速く飛べなくて、長くも飛べなさそう。だから楽しめる飛び方を我慢する必要があった。
本当なら、開放されたら思いっ切り飛びたかった。なのに残念だ。
捕まる前はよく飛んで遊んでいた。
おかあさんと一緒になって、並んで空を飛ぶのはとっても気持ちがよくて楽しい。前を見たら遠くまで景色が見えて、下を見たら小さいおとうさんとペルクスが手を振っているのが見えて、不思議な気分になるのも面白かった。
だけど、あんまり前の事を思い出していると、寂しくなって、心細くなって、泣きそうになってしまう。我慢しなくちゃいけない。
飛べない原因は魔力の薄さ。精霊の少なさ。
妖精の魔法はペルクスの魔術と違って精霊を介する分、より影響が大きいはずだ。これもちゃんと勉強して覚えている。無理はさせられない。
神様がいない土地、というのは本当なんだろうか。
あとでペルクスにも聞いてみようと覚えておく。
ただ、それでも目的は果たせる。
高いところから魔界の様子を観察し把握する。ペルクスじゃなくて、空を飛べるわたしにしか出来ない事だ。頑張らないと。
上空から見渡して、人の手が入っていそうな所を探す。羽を広げて姿勢を保って、目をお皿のようにして。一生懸命に。
捕まる前、おとうさんは約束してくれた。
もし先に捕まっても、わたし達が暮らせるように準備しておくから、って。なんなら他の人を纏めて村でも作っておくから、って。
その時は縁起でもない、アタシ達は捕まらない、っておかあさんは怒ってたけど、実際にそんな事態になってしまった。
だから、あるはずだ。おかあさんとおとうさんがいる村が。
なのに見つからない。分からない。遠くて小さくて、どれが自然のものじゃないのかなんて、区別できなかった。
でも大丈夫。おかあさんもおとうさんもペルクスも、一人で出来ない時は人に頼ればいいんだと言っていた。
だから、一旦ペルクスに相談しよう。
そう思って森から視線を下げる。そうしたら、おかしなものが見えた。
「え……?」
ずっと森を見ていて気づかなかったけど、荒野が割れている。
しかも、ただ割れていただけじゃなく、文字の形に刻まれていた。
『湖で待ってる』
それはきっと、おかあさんとおとうさんからのメッセージ。
「湖!」
嬉しい気持ちで慌てて森の中にあった湖を見ると、確かに変なものがある。
大きなテントみたいな、生き物の皮を屋根として被せた感じのものだ。
生き物の皮。それが本当で、こんなに大きな生き物がいるのなら、怖い。
でも、うん。
おかあさんとおとうさんなら、大きくて強い生き物にも、勝てると思う。
だったら、まだ近くにいたりしないのかな。
わたしは手がかりだと思って、この周辺だけをよく見る事にした。
頑張るが流石に人は見えない距離。でも諦めたくないと、集中する。
獣人としての優れた視力を信じて。
そうして、ついに。
「いた……!」
小さい点がいくつも動いている。煙も見えるから、動物じゃない。
もっと注目すれば、周りの木が切り倒されていて、畑みたいな場所も見えた。村と言うには小さいけど、確かに人が住む為に手を加えた場所だ。
多分、ここにいる。
希望に体が熱くなった。
わたしは喜びを全面に出した笑顔で、地上に向かって呼びかける。
「見つけたよ、ペルクス!!」
「おお偉いぞカモミール! 僕の方も一段落ついたところだ! 降りてくるといい!」
「うんっ!」
お互いに大声で会話。
それから手を振るペルクスに向かって急降下していく。喜びのまま、魔法の制御も忘れて。
「はははっ。それは少々速すぎるだろう!」
ぐんぐん大きくなってくるペルクスの引きつった顔と裏返った言葉に、わたしは慌てて速度を抑える。だけど遅かった。
どんっ、と墜落。
丈夫な体とおかあさんに教わった受け身で、わたしは大丈夫。
ただ、衝撃でペルクスが転がりひっくり返っていた。
興奮が落ち着けば、途端に後悔でいっぱいになった。
わたしはぺたんと座り、しゅんとうつむく。
「……ごめんなさい、ペルクス」
「はは。いやいいさ。子供は元気でなければならん! むしろ足りないくらいだ! いや悪いな、存分に遊べる環境を用意するのは大人の責務なのだがな!」
逆さまになった態勢のまま大笑うペルクス。
心配を吹き飛ばすような明るさ。ついついわたしもつられて明るい気分になってくる。怒っていないし無理をしていない、これが本音だと語って笑っている。
だからわたしも明るく笑った。
「っと、そうだこれを見てみろ!」
何か思い出したようなペルクスは、いきなり起き上がるとゴーレムの方に向かって走った。そこに刺さっていた長い物を抜いて見せてくる。
「枷を作り変えた槍だ。素手では辛いからな。あとトカゲだが、毒や呪いの痕跡はない。食べても問題なさそうだぞ!」
シンプルな鉄の槍、解体されてお肉になったトカゲ。
自分の成果について、ギラギラと目を輝かせて熱く語る。こういう時のペルクスは、止まらない。
「いやたったこれだけの時間だが調査は大満足だ! この分ならこの先も素晴らしい未知が待っているに違いないぞ! なあ、楽しみだろうカモミール!?」
正直、少し怖い。笑えなくなる。
何をするのか分からなくて、わたしよりよっぽどお守りが必要な気もする。
でも悪い事はしないと確実に言える。ペルクスはいい人で、優しい人だ。
だから、おかあさんとおとうさんが頼ったのがこの人で、本当に良かったと、わたしは思う。
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