異端の聖女と流刑地ライフ 〜禁忌の研究などしていないのだから胸を張って新天地を謳歌してやろう!〜
右中桂示
第一章 聖女の誕生
第1話 ハッピーバースデイ、ベイビー
人が見返りを求めずに他者を思いやり助け慈しむ、愛。
人が合理性によって世界を探求し把握し掌握する、魔術。
この二つは相容れないようでいて、実のところ切っても切り離せない。愛するものの全てを知ろうとする欲が探求の源であり、解き明かした術理の中にまた愛を見つけるからだ。
だからこそ魔術師にも研究者にも愛は不可欠と言っていい。愛がなければ成功はない。
だから僕──ペルクス・レウィントンは、その依頼を断らなかった。
例え、禁忌だとしても。そこには愛があったから。
とある日、僻地も僻地のほぼ未開の土地にある僕の研究所を訪れてきたのは、獣人と妖精の二人組だった。
身を屈めなければ扉を通れない程大柄で、勇猛な肉食獣のような面構えの男の獣人。その肩に立てば丁度頭の高さが揃う大きさで、凛々しく胸を張る女の妖精。どちらも隙のない強者の佇まいがあって、妙に顔が強張っていた。
強く寄り添う彼らは開口一番、真剣な顔で驚きの依頼を言ってのけた。
「アタシ達は子供が欲しい」
「ペルクス殿。貴殿ならば可能なのでしょう?」
内容が一番のとんでもないネタだが、そもそも妖精を見たのも初めての上に、何処から僕の事を聞きつけてきたのか。色々と驚く事が多く、しばし固まってしまう。
しかしそれも落ち着けば、望外の幸運を噛み締められる。
研究者として僕は目を輝かせるしかない。
即座に纏めている途中だった資料を放置し、立ち上がって迎える。
「勿論可能だ!」
自信満々で答えた僕。興奮を隠さず、心からの歓喜を表に出して。
ただ──喜ぶばかりではいられない。
目を真っ直ぐに見据えて、逆に二人へ問う。
「だが理解しているな? 実現すればどうなるか」
「そりゃあしてるさ」
「覚悟はとうの昔に」
瞳には情熱、声には不動の意思。
言葉以上の雄弁さをもって、二人は真剣に答えた。強者の雰囲気も納得の覚悟がある。
ならば僕も期待に応えようと、強気に笑った。
妖精と獣人。普通では成せないはずの、子供。それを魔術師である僕に頼むのならば、つまり期待されているのは異端の魔術による創造だ。
ゴーレムや使い魔でも文句を言われる事もあるのに、子供──人の創造となれば、それは天の領域を侵す禁忌。悪とされる所業。露見すれば異端審問は避けられない。
それを理解した上での依頼というなら、この二人には遠慮はいらない。詳しくは聞かないが、相当の思いや覚悟があるのだろう。
そして僕も以前から興味があったので、渡りに船。
こんな研究をしていたから、僕は天下の学院から除籍され、こうして僻地で暮らしてこっそり研究しているのだ。
異端の判断基準に納得いかない気持ちは共感出来る。
神が人の繁栄を望む以上、人が増えるのは神の望みだ。自然な出産だろうと魔術による創造だろうと、所詮手段の違いでしかない。どちらも祝福されるべきなのだ。
愛があり、理がある。僕としては躊躇う理由は何もない。
「契約成立だな。これで僕達は共犯者だ」
にやり、と三人全員が悪い笑みを浮かべて僕達は握手をした。
とはいえ。
研究は順風満帆とはいかなかった。理論はともかく、実践の機会などなかったのだから。未熟を恥じるばかりの日々。
若き天才と呼ばれた僕もすっかり成人となってしまう。
その間に二人とは友となっていた。妖精がライフィローナ、獣人がグタン。血肉等を提供してもらう必要もあって、同じ家に住んでいたのだから自然とそうなる。
いや、二人が好感のある人柄だったからこそ、友になったのだ。
「ペルクス殿。貴殿の尽力は理解しております。どうか無理はなさらぬよう」
「おぉい、グタン! そりゃあ侮辱だ。頼んどいて信じねえのは野暮ってもんだぜ! なあペル?」
「ハハハ。仲がよくて羨ましい。だが僕を挟んでの喧嘩というならおさめてくれるか。必ず二人の子を取り上げてみせるのでな」
「キャハハッ。言ってくれるな」
「真に有り難い」
「いや。有り難いのは僕もそうだ。滅多にない機会の上、君達の力になれて嬉しいとも」
グタンは慎重で物静か。
ライフィローナは大胆で活発。
若い僕の言葉にも対等に応じ、研究者として一目置いてくれていた。
なかなか波乱万丈の人生を送っており、考えも興味深い。気が合ったのだ。異端同士、はぐれ者の共同生活は心地よいものだった。
そんな環境でニ年以上年が経過した、春の日。
待望の彼女は生まれた。
生まれたばかりの我が子を見て、二人は僕が予想していた以上の滂沱の涙を流していた。
「ありがとう、ありがとう……っ!」
「なんと、なんと感謝すればっ……!」
「僕は後だ。それより親子の時間を大事にするといい」
付けられた名前はカモミール。夫婦にとって思い出深いという名にしたようだ。
耳や尻尾に毛皮といった獣人の見た目。羽や魔力といった妖精の性質。スラリと細く、身長は高め。確かに両親の血肉を受け継いだ、愛らしい子供である。
ただ、僕としては反省する結果でもあった。
肉体を形造るだけならともかく、魂や精神を無から創って宿すのが順調にいかなかった事もあって、誕生時点で五、六才程度の見た目となってしまったのだ。しかもそれからすくすくと、人間よりも早く成長していった。妖精や獣人の血を引くからか、僕のせいか。赤子の期間を見せられなくて申し訳なく思うが、二人の親は気にするなと言ってくれた。
だから、反省はしているが、決して失敗ではない。愛された子供にそんな事は言わない。
そして、それからが育児の始まり。三人の親子はそのまま僕の研究所に留まり生活した。
カモミールはすぐに言葉を覚え、社会性を身に付け、やがて父親譲りの特徴か、僕の身長に迫るようにすくすくと大きくなっていく。
その中で、数々の美しい場面があった。
「おかあさんで、こっちがおとうさんだ。ほら言ってみな?」
「おかあさん、おとうさん?」
「良い子だ、よく言えたな!」
「おおぉぉん! おとうさん。おとうさん、と!」
「……大袈裟だな、全く」
それは例えば、初めて言葉を喋れるようになった時。大人の方が言葉を忘れたみたいにはしゃいでいた。
「キャッハァァァ! どうだ、楽しいか!?」
「うん、きゃっはー!」
「あまり危ない事は……まあ、いいが」
それは例えば、緑の丘で遊ぶ時。自由気ままに駆けて飛んで、実に楽しげだった。
「おかあさん、おとうさん。いつも、ありがとう。これからもずっと、ありがとう」
「カモミールはいい子だなあ! 本当にいい子だ。だからな、こちらこそありがとうだ」
「ああ。本当に……いい子だあ」
それは例えば、カモミールが積極的に参加して新年を祝った時。
「ペルクスも。ありがとう」
「……ハハ。僕はいいのだがな」
不意打ちに、僕もほろりとくる。
カモミールは本当に良い子に育ってくれた。
どんな時もそうだが、常に幸せそうだった。
涙し、抱き合い、笑い合い、愛し合う。
何処にも引けをとらない、誇らしく素晴らしい家族の形があった。
合理的で冷たいと自覚していた僕ですら胸が温かくなった。自分の仕事だとかは抜きに、純粋に彼らを尊いと思ったのだ。
だが。
だがやはり、禁忌とは断罪されるものなのだ。
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