悪夢の侵入

 ゼレンスキー大統領は二五日午後に声明を出した。

「ロシア軍は今日中にはキエフへの急襲を試みるだろう。我々は首都を失うわけにはいかない、全力で反撃せよ」

 ゼレンスキー大統領の読み通りの午後八時、ロシア軍先遣隊がキエフへの直接攻撃を開始した。キエフの市街にはロシア軍先遣隊の板状アンテナを背負ったBTR-D装甲兵員輸送車とT-80戦車をはじめとする陸上部隊が侵入し、ウクライナ軍の兵士たちは慌ただしく配置について射撃を開始する。

「徹底抗戦だ、撃ち尽くすまでやられるな」

 配布された銃を持ったキエフ市民も戦線に加わり、ロシア軍に徹底的な射撃を加えた。ウクライナ軍のロケットランチャーがT-80を撃破するとロシア軍先遣隊の車輌は散開して市街に散らばり、市街地を破壊する戦術に切り替えた。


「こっちに来るのか……?」

「つ、突っ込んで来てるぞ……!」

「あなたたち、逃げて!急いで!私に構わないで、さあ早く!」

「お母さん、駄目だよ」

「何言ってるの、さっさと逃げなさい!私は大丈夫だから」

 市民たちは散り散りとなって車から降り、ロシア軍の装甲車から逃れる。装甲車は射撃を行いつつ避難しようとして渋滞する乗用車の車列に突っ込んだ。

「うわあーッ」

 装甲車が乗用車一両を破壊し、それを下敷きにして突き進んだ。が、目の前に現れた車の体当たりを受けて歩道目前で停止する。ウクライナ軍の兵士が装甲車を撃ち、装甲車は機能を停止した。

「衛生兵、急ぎ負傷者の手当を!」

 衛生兵が装甲車の下敷きになっている乗用車のドアを破壊し、運転していたであろう白髪の老人を助け出そうと試みる。老人は担架に乗せられて搬送され、体当たりをした車に乗っていた女性は後部のドアから出てくると、先に逃がした子供たちのもとに駆け寄る。

「お母さん……!」

「大丈夫よ、あなたたちこそ怪我はない?」

「無茶はやめてよ」

「なに言ってるの、みんなの、あなたたちのためよ」

「死んだらどうするの」

「私は死なないわ。あなたたちを守るんだから」

 そう言いながら母親は、市街地を逃れるべく子供達の手を引いて避難者の列に加わり歩き出す。ウクライナ市街ではウクライナ軍の掃討戦が始まった。ロシア軍の車輌数量が撃破され、ロシア軍先遣隊は五時間ほどで撤退していった。

「さて、ロシア軍の空襲があるだろうな。防空隊を上げろ!」

 滑走路を応急修理した空軍基地では戦闘機の発進準備が始まっている。間もなく、破壊されなかった予備のレーダーがロシア軍攻撃ヘリ三〇機と戦闘機二個中隊二四機の接近を報告した。

「第一防空中隊発進せよ!」

 ウクライナ空軍のMiG-29一個中隊一二機が発進していく。その中に「キエフの亡霊」の姿はない。戦端が開かれ、対空砲がMi-28攻撃ヘリを数機損傷させるが対空砲も破壊されていく。戦闘機がMi-28を数機撃墜していくが、Su-27がMiG-29を複数機で連携して襲い、瞬く間にウクライナ軍のMiG-29三機が火を噴いて撃破され、墜落していく。

「『キエフの亡霊』、出撃せよ」

 そんな電信が戦場のデータリンクを駆ける。そして満を持して、四機のMiG-29が出撃した。

「こちら『ファントム』、戦闘空域まであと四分」

 

 


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