キエフの亡霊――Phantom of Kyiv――

古井論理

キエフ防空隊

 二〇二二年二月二一日に始まったロシアによるウクライナ東部への侵攻は、瞬く間にウクライナ全土へと攻撃を広げるロシア軍によって地上の地獄を生みつつあった。そして二月二五日、ロシア軍はウクライナの首都キエフまで数十キロに迫る。日本でいえば八王子まで敵が迫っているようなものである。日本で同じようなことが起きたとすればおそらくパニックになるだろう。ウクライナ人の心理が日本人と違うわけもなく、キエフ市街は瞬く間に避難民の車で埋め尽くされた。そしてロシア空軍機の接近警報に、空軍基地の空気も張り詰める。

「接近警報、接近警報。ロシア陸軍攻撃ヘリコプター二機及びロシア空軍戦闘機八機接近中。戦闘機隊は即時発進、これを迎撃せよ」

 滑走路からはすでに準備ができていたMiG-29戦闘機が舞い上がる。このMiG-29は改修こそなされているもののコックピットの装備は旧態依然としたアナログ計器でありミサイルはロシアの標準装備より一世代前のもの、そのうえ機数は接近中の敵機の半分以下、一個小隊四機しかない。

「敵戦闘機識別、Su-27系列機。おそらくSu-30M2と思われます。敵攻撃ヘリコプター識別、Mi-28。空対地ミサイルを満載しているものと思われます」

 最も前方を飛んでいた四番機のコヴァーリ少尉が報告すると、小隊長のトカーチ少佐が即座に攻撃目標を指示した。

「シュヴェーツィ中尉、コヴァーリ少尉、ボーンダル大尉は敵戦闘機を攻撃しろ。俺はヘリコプターを攻撃しつつ敵機を引きつける」

「了解」

 コヴァーリ少尉はミサイルを一発発射する。ロシア軍の戦闘機もミサイルを発射した。

「電波妨害装置始動、散開!」

 両軍のミサイルがあらぬ方向に飛んでいく。コヴァーリ少尉のMiG-29は距離を詰めるSu-27の背後に回り込むと、機関砲で射撃を加えた。ダダダダーン、という射撃音が機体を揺すり、回避機動も空しくロシア軍のSu-27は火を噴いた。

「よし、まず一つ」

 Su-27を追い回すコヴァーリ少尉機にミサイルを発射しようとして電波妨害装置を切ったロシアのSu-27二機に、ボーンダル大尉のMiG-29がミサイルを一発ずつ直撃させる。二機のSu-27は燃える破片となってキエフ郊外へと墜落した。

「三つ。意外とチョロいな」

「ボーンダル、敵を侮るな。戦力が小出しになっているだけだ」

 トカーチ少佐は無線で注意を呼びかけつつ低空域を飛行していたMi-28を銃撃し、一機のハードポイントを射貫いた。ハードポイントを射貫かれたMi-28はバランスを崩したが、なんとか機体を立て直して逃げていく。

「くそ、しぶとい奴だ」

 トカーチ少佐はさらに銃撃を加えるが、なかなかMi-28の急所を破壊することができない。

「こんな時にズレるなよ!」

 トカーチ少佐はそう怒鳴って射撃をやめると、手負いのMi-28の援護をしようと機関砲を撃ちながら突っ込んでくるもう一機のMi-28に目標をセットし、ミサイルを発射した。

「当たれ……!」

 トカーチ少佐はそう祈りながら、後方についたSu-27の射撃をかわしつつ曲芸飛行をして背後に回り、ミサイルを発射した。Su-27はミサイルを回避しようと妨害装置を始動したが、トカーチ少佐が射撃した機関砲で右側のエンジンを射貫かれた。

「補正よし。電源はやったはずだぞ」

 ミサイルが再びSu-27を捉え、まっすぐ進んでいく。Su-27は左エンジンにミサイルの直撃を受けて炎上した。気づけばMi-28は一機になっている。トカーチ少佐は機関砲を放ってMi-28のローターを破壊した。Mi-28が燃えながら地に墜落するのを見届けつつ、トカーチ少佐は高空から襲いかかってきたSu-27に機関砲の照準を合わせた。Su-27の機関砲がトカーチ少佐の機体をかすめる。しかし次の瞬間、Su-27はバラバラになって墜落していった。

「よかった、間に合って」

「シュヴェーツィ中尉か、ありがとう」

 見れば、ロシア軍機は撤退していくところだった。戦果は確実なものだけでSu-27戦闘機五機撃墜、Mi-28攻撃ヘリコプター一機撃墜である。

「やりましたね、トカーチ少佐」

「そうだな」

 四機は歓びの声を上げる管制室の指示に従って、飛行場に着陸した。

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