第30話 イケメンの本性

地面に倒れこんだクリスティーナも、アンジェリカも呆然としていた。

 転がったのは鏡のような断面に両断された、こぶし大の軽石二つ。

「なん、で……」

「嘘でしょう。アールディス家の護衛がいるのに……」

 だがアルバートだけは、両断された軽石を拾い上げて意味ありげに頷いていた。

 彫りの深い顔立ちと切れ長の瞳は、真剣な表情をすると一層それが際立つ。

「やはりか」

「何か知っているの?」

「いや、曖昧な根拠で人を疑うのはよくない」

「何でもいいからおっしゃい、アルバート。どんな小さな手がかりでも、この際必要ですわ」

 アンジェリカに促されたアルバートは僕たちの方をちらちらと見て、視線を逸らすことを何度か繰り返す。

 それからゆっくりと口を開いた。

「実は昨日、護衛の一人からとても信じられない話を聞いたんだが」

 彼にしてはもったいぶった言い方が、妙に気になった。

 その後彼が話したことは。本当に信じられない、いや信じたくはなかった。

 やがてカーラが、数人のシスターと共に戻ってきた。

 興奮冷めやらぬ様子で、頬を上気させ足首まである修道女服なのに走ってきている。

「さっきの地揺れと噴火、怖くて死ぬかと思いました。でもアデラ様が最上位魔法で止めてくださったの、ほんとにびっくりしました! 信者さんたちも、領民の方々も歓声を上げて、涙を流していましたよ!」

「慰霊の場で祈りに答えるがごとく最上位魔法が発動する…… やはり神が直接授けた魔法なのでしょうか」

 カーラは虚空に向かい十字を切る。

 だがカーラの祈りを、声を出迎えたのは同意や肯定ではなかった。重い沈黙と訝し気な視線が、彼女の熱を一瞬にして奪う。

「何かあったのですか?」

 ただならぬ雰囲気に気が付いたのか、カーラはおずおずと問いかける。

 聖歌を歌っていた時は群を抜いて素晴らしかった声が、今ではひどく弱弱しい。

 いつの間にか朝も見たアールディス家の護衛が、カーラの後ろに立っていた。護衛の中でも特に痩せぎすの、髪を短く刈り上げた鷲鼻の人だ。

 まるで逃げ道をふさぐかのように。


「君が、やったのか」


「……何のことですか」

 カーラが返事をするまでに、わずかに間が空いた。アルバートの口調が更に険しくなる。

「クリスティーナさんに風の刃を向けたのは、君だったのかと言っている」

「な、何を言ってるんですか。私はカッター系の風魔法は苦手で、ウインド系ばかり使うんですよ」

 確かにそうだ。試験でカーラが使ったのもウインド系だった。

「それが、演技だとしたら?」

 反論は許さない、と言わんばかりにアルバートはたたみかける。

「女性は役者だ。普段は自分の力を隠しておいて、ここぞと言うときに使った、という可能性もある」

「言いがかりです。何を根拠に……」

 強い言葉とは裏腹に、カーラの声は震えていた。

「普段はあんな態度をとっておきながら、クリスティーナ君とここ最近急に仲良くなったのはどうしてだい? うちの護衛が証言したよ。君が怪しいとね。僕が泳ぎに行かなかったのは、彼から詳しく話を聞き、対策を立てていたためだ」

 痩せぎすで鷲鼻の人が、軽く頷く。

「違います!」

「しかし君のいたところでクリスティーナさんは二度も襲われている。さらに言えば」

「この場で風属性魔法の使い手は、君だけだ」

 魔法はどんな天才であっても一人につき一属性しか使うことはできない。最上位魔法の使い手でも例外ではない。

「君は、クリスティーナさんを憎んでいただろう?」

「違う、違います」

「教会で仲良くなっていたようだが、実はそれも偽りか」

「違います!」

「汚い人間は、みんなそう言うんだ。一旦信用させておいて、後でひどく裏切る。よくある話だろう? 」

 カーラはもう、両の瞳からぼろぼろと大粒の涙をこぼしていた。

 近くのシスターたちは何か言いたげにしているが、アールディス家の嫡子であるアルバートをちらりと見ただけで視線をそらしてしまった。

「とりあえず軟禁させてもらうよ。これは君のためでもある。襲撃がまだ起こるならカーラくんは犯人ではないと証明できる」

 背後に控えていた人以外のアールディス家の護衛が、カーラの体を抱えた。

 それなのに、誰一人として表情を変えていない。淡々とまるで作業をするかのような手際。

 黒い喪服に身を包んだ護衛の人たちは、杖を抜けないように彼女の腕を押さえる。大の大人が数人がかりで華奢な少女を抑え込むその光景は。

 ひどく禍々しくて。蒼き山の災厄以上の悪魔にすら見える。

「いいですよね? アデラ叔母様、姉さん。これは安全のためです」

 またせき込んでいた彼女は、アルバートを止めることはなかった。

 アンジェリカは何か言いたげにカーラを見ていたが、何も言えずにいた。

 それを見ていると。大勢の人から糾弾され、悪者扱いされ、かばってもらえない小柄な少女を見ていると。水色の髪の少女の小さな時が思い出されて。

「アルバート! それはやりすぎだよ」

思った以上の大声で止めていた。場の視線が一斉に僕に集まったのを感じる。

 怖い。

 無表情な護衛の人たちも、空気を乱したことを咎めるような場の視線も。

 でも、らせん状の髪を両側に垂らした、栗色の瞳と目が合う。自分より頭一つ分は背の

高い男性に脇を固められ、涙をこぼすカーラ。

 すがるように僕を見つめ、「助けて」と声に出さずに、いや出せずにか、僕に訴えていた。

 頭の中で、何かが切れた。

 護衛の人と目が合う。僕よりも高い身長、服越しにでも筋肉のつき方が違うと明らかにわかる体形。

 勝てないと分かっていながらも僕は前に立ちふさがった。

「お退きください」

「ヴォルト君、君は大人しくしてくれ給え。これはあくまでクリスティーナさんの安全のためだ」

 護衛の人は、丁寧ながらも重々しく。アルバートは、あくまで穏やかに僕を非難した。

「許嫁というのに、目の前にいる婚約者を幾度となく危険にさらした。そんな男に、か弱い女性を預けられるわけがないだろう?」

 口調は紳士的だけど、言い方には僕を見下す色が混じっている。

 彼の本性に今までになく触れた気がした。


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