第7話 いつも通り


放課後。前期の学科・実技の試験すべてが終わり、授業に熱心な生徒を中心に多くの生徒が職員室前に集まっている。


 成績上位者の名前は、職員室前に掲示されるからだ。


クリスティーナと共に黒ずんだ木の床の廊下を歩いていると、職員室前から早足で歩いてくる多くの下級生とすれ違った。


 まだ幼い容姿の子も多い中等部の一年生や、二年生の子たちと廊下ですれ違う。


「今回は僕の勝ち~」


「ちぇ、後期は負けない」


「新しくできたお店でスイーツおごりね!」


「私、新作のケーキがいい」


 まだ高い声が混じった男子の会話、あどけなさを残した女子の会話を聞くたびに四年前、五年前を思い出す。


 最上位魔法が自分に使えることが運命のように思っていた、あの頃を。


 職員室前にたどり着くと、アンジェリカ、アルバートといったクラスの代表格はすでに集合していた。


 職員室前に置かれた、模様のほとんどない雪のように白い大理石。羽ペンとインクの形に彫られたオブジェの前に、開かれた巻物のような形の石が据えられている。


 やがて職員室の扉が開き、先生の一人が姿を現す。オブジェの前でトネリコの杖を一振りすると、鏡のように滑らかに削られていた巻物に変化が起こった。


 大理石が鳴動し、徐々に石の巻物が削られていく。目に見えない羽ペンが石の上を舞っているかのように、震えながらも滑らかに文字が刻まれる。


 やがて達筆な続き字で、高等部二回生前期の成績優秀者の名が描かれた。


 首席:アンジェリカ・アールディス

 次席:アルバート・アルバート・アールディス


 最右翼に首席であるアンジェリカの名があり、次席にアルバート、それからだいぶ離れた位置に辛うじて僕やクリスティーナの名前もあった。


 アンジェリカは口元を手で隠しながらも目を細め、周囲の友人たちに祝福されている。同じ赤い髪のアルバートも同様だ。


 剣術や馬術では、女子であるアンジェリカはアルバートに一歩劣る。


 しかし学年の成績は基本的に総合点で表されるから、配分の高い魔法の成績が上位のアンジェリカがこの学年の首席だ。


 五年前。最上位魔法を使えるようになってこの王国で一番の魔法使いになりたい、と思った。


 そのための努力もしてきた。


 でも、これが現実だ。


 アンジェリカ達とははるか離れた位置に描かれた自分の名前を見ると、視界が濡れて滲んだ。




 鐘の音と共に今日一日が終わり、生徒たちが校舎から吐き出されていく。


「終わった終わった~」


「今日どこ行く?」


「それでしたら、わたくしの家でお茶などいかがですか?」


 前期試験が終わり、弾んだ声で会話が交わされる中で僕とクリスティーナは一足先に教室を出た。


 インクと古い木の匂いがする廊下を歩き、扉を開けて校舎の外に出る。


 そのまま白樺の並木道を抜け、杖の原木となる四種の木が植えられた校門をくぐる。


 運河にかけられた橋を渡り、白い石畳の道が網目状に広がる王都の市街地へと出た。


 城壁に囲まれた王都は王宮と教会を中心とし、役所や練兵場、貴族の屋敷や庶民の家々が置かれ、宝石やドレスから雑多な道具までありとあらゆるものが売られている。


 王都は文字通り、この王国の首都だ。


 近郊の山から大理石が多く産出するため、中央に位置する王宮や教会は白を基調とした造りとなっている。


 街並みもそれに合わせて作られており、大理石こそ使用できないものの代わりに漆喰を使用した白の建物が多く立ち並んでいた。


 僕は胸が高鳴るのを気にしないようにしながら、マギカ・パブリックスクールの寮までの道を急ぐ。


 隣を歩くクリスティーナはいつも通りだ。


 白亜の聖堂や庭園を所有する屋敷が立ち並ぶ王都の一角から離れた、中央から遠い地区。


 僕らは学生や徒歩で通勤する下級役人、職人や商人目当ての露店に寄る。そこでドライフルーツ入りのパンを購入し、かじる。甘みと香ばしさが口いっぱいに広がって、幸せに満ちる。


 家々の前には屋根だけの天幕が張られ、その下では果物、野菜、串焼きやリンゴの搾り汁など歩きながら食べられる軽食などが露店を出していた。


 これらの店は商品が無くなれば店を畳み、別の都市へ出かけることもあるため高級店のようにわざわざ店舗を設けないのだ。


 食べ終わった後、彼女はポケットから絹のハンカチーフを取り出して指を軽く拭った。

 

 そのまま行くと、露店が途切れたが天幕はそのままだった。黒い影の下を学生や下級役人、商人が歩く。


 店がない場所でも、家々の前には必ず天幕が張られている。


 これらは夏には日除けとして、冬には雪除けとしても使用され、通行人は大体天幕の下を通るのだ。


 クリスティーナはパンを食べ終わったばかりなのに、もうリンゴの搾り汁の露店に目を突けている。


 リンゴの搾りかすが積まれている店で一つ頼み、白い喉を鳴らして安っぽい陶器に注がれた搾り汁を飲む。


 本当に、不自然なくらいにいつも通りだ。

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