12 幕間:祭りの季節
「あらぁ! サナ様、凄くお似合いよ!」
「こぉんな綺麗な
サナが村の大人女性たちに囲まれている。ちょうど、サナの衣装の着付けが済んだところだった。
この日は祭りがある。一年の豊作と健康への感謝を神に伝えるため、巫女が聖なる火を捧げるという行事だ。巫女役は毎年村の女性の誰かが勤めていたが、この年はサナがやることになった。村の若い女性は子供ばかりで、10代の女性が役をやるのは久しぶりなので皆が盛り上がっているのだった。
「あ、ありがとう、みんな。でも、私に務まるかな?」
「手順なんて間違えたって良いんですよ!」
「そうそう! 私は
それなりに緊張しているサナだったが、周りの皆が盛り上がっているし、楽しみという気持ちの方が
「その美貌、ルーツに見せつけておやりよ、サナ様!」
「楽しみねぇ、それ! ルーツ、どんな顔するかしら!」
「も、もう! 私は別にルーツのためにやってるわけじゃ……」
サナは顔を赤くしながら姿見を覗く。綺麗な衣装だとは感じている。白をベースにした、いかにも聖なる巫女という服で、素肌の露出は多いものの、いやらしさを感じさせるようなものではない。
ルーツが見た時にどういう反応をするか。サナ自身、それを心のどこかで思っていたが、女性たちが言語化したことで、意識せざるを得なくなってしまった。
その時、サナたちが着替えをしていた家のドアがノックされた。
「準備はどうです?」
祭りの仕切りをしている鍛冶屋が呼びに来たようだった。
「もう、バッチリよ!」
女性の一人が答えた。
「じゃあ、行きましょうかね、サナ様」
「はい!」
サナは緊張を忘れようと大声を上げた。ここから先、しばらく巫女役は喋らないことになっている。頭の中で手順を思い出しつつ、サナは巫女の杖を持って家を出た。
サナは飾り付けられた村の本通りを静かに歩く。村の中央にあるモニュメントまで移動し、聖なる火を付けるための草を結んで作られた供物を受け取る。受け渡し役は村長だ。サナも村長も言葉は発せず、動作だけでこなしていく。
ただし、村人が全員黙っているかというとそうではない。『ひゅーひゅー!』『サナ様、美しい!』『村長がんばれ!』などと声を上げている。料理を作るための鉄板や酒瓶がそこら中に用意されているし、村人の多数にとっては祭りそのものを楽しむことの方が重要なようだった。
(こ、こんなんで良いのかなぁ……)
サナは村人たちを見ながら思った。
杖と供物を手に持ち、サナは村外れの泉まで移動する。泉には着飾ったルーツが待っていた。ルーツは神の使い役だ。
サナは遠目からルーツの様子を見た。神の使いの衣装は、胸当てや兜といった兵士のようなスタイルだ。重いだろうに、よくこなしているとサナは思った。
泉が近くなって来ると、ルーツの顔が見えた。ルーツは真剣な表情をしている。しかし、サナにはどうもその顔が頑張って出している表情のように見えた。緊張を
(あああ、ダメダメ! 今は大事な儀式の最中なんだから!)
サナは自分に言い聞かせてルーツの前まで移動した。おかげで、ルーツが自分を見てどう思うだろうかと意識していたことも忘れていた。
サナは供物をルーツに手渡し、ルーツは泉に建てられている祭壇にそれを捧げる。サナがその前に移動する。周囲にいる村人が楽器で音楽を奏で始めた。
サナは杖を掲げ、火魔法で供物に火を付けた。
音楽とサナの踊りが同時に終わると、観客の村人から拍手と喝采が起こった。
「いいぞー、サナ様!」
「サイコー!」
「良かったよー!!」
サナは近くにいたルーツの元まで歩み寄った。
「無事に終わったぁぁ!!」
「お疲れ、サナ!」
サナはルーツとハイタッチをする。汗も息切れも収まっていなかったが、心地よい疲れだった。
◇
巫女の行事が終わると、村の中央に戻って宴会騒ぎとなる。大人たちは早速酒を飲み始め、そこら中に用意された鉄板で肉や野菜が焼かれ始めた。
ルーツは広間の椅子に座り、兜や装飾品を外し、最後に胸当てを外そうとしていた。そこにサナが近寄る。
「手伝うよ、ルーツ」
「ああ、ありがとう」
サナはルーツの胸当ての背中の留め具を緩め、ルーツはそのまま胸当てを外した。
「ああ、若い二人はそのままそのまま」
「神の使いセットの片付けは俺たちがやっておくよ」
大人の男性たちが装備を持っていってくれた。サナとルーツはお礼を言い、二人で椅子に座った。
「重かったでしょう、あれ」
「まあ、ね。そして暑いよ、あれ着てると」
ルーツは服をパタパタとしている。サナはコップに飲み物をつぎ、一つをルーツに渡した。二人でその冷たさを楽しみながら、しばし談笑する。
すると、大人男性たちが料理を山盛りにした皿をサナとルーツのいるテーブルに持ってきた。酔っぱらい始めているのか、テンションも高い。
「おいルーツ! ちゃんとサナ様の巫女姿の感想は伝えたか!?」
「え!?」
「何だおい、何も言ってないのか! ダメだぞ、そういうのは! しっかりしないとサナ様を他の男に盗られちまうぞ!」
「と、盗られるって……!」
「ったく、
男性は、遠くで肉を食べていた男児たちを呼んだ。
(もう、酔っぱらいのうざ絡みだなぁ……)
サナがそう思っていると、男性が男児たちにサナが着ている衣装をどう思うか訪ねた。
「んー? サナ様、おっぱい大きい!」
「「ぶっ!?」」
一人の男児のド直球に、サナもルーツも飲み物を吹き出した。
大人男性たちは顔を見合わせ、一瞬置いた後に大爆笑を始めた。
「あーっはっは!! こいつは一本取られたな!!」
「ルーツも見習え!」
「いや、これは見習っちゃダメだろ、わははは!!」
サナは自分の顔が真っ赤になるのを感じていた。見れば、ルーツも真っ赤になっている。
「こら、あんたたち!」
「酔っぱらいが若い子に絡むんじゃないよ!」
大人女性たちがやって来て、男性陣を引っ張って連れて行った。男児たちもまた女児たちに連れて行かれ、『あんな言い方失礼だ!』と怒られている。
嵐のような出来事に、サナもルーツも呆然としていた。ルーツはサナをチラチラと見た後、頭を掻いている。
「くっそ……、子供は無邪気に本音を言えていいな……」
「ほ、本音……?」
サナがルーツに聞き返すと、ルーツはハッとして、今の発言を後悔するような顔になり、さらに顔が赤くなった。
「い、いや、その……」
「も、もういいよ。そんなに赤くならないでよ」
ルーツがあまりにも動揺しているので、サナもソワソワしてしまう。
(ルーツも、そういうのに興味があるってことなのかなぁ……)
サナとルーツは隣で喋っていたからお互いの身体が近くにある。何か理由を付けてルーツの方に身体を傾ければ、男児たちに直球を投げられたそれをルーツの腕に当ててしまうこともできそうだった。
「…………」
サナの中にそうしてしまいたい気持ちが芽生える。関係は一気に進展するのだろうか。そういうことと好きな気持ちは別だろうか。そもそもルーツは自分のことをどう思っているのだろうか。様々な想いがサナの中を巡っていく。
「ふぅ」
サナは息を吐き、結局その誘惑のようなアイデアを封印した。
そのタイミングで、ルーツがサナに話しかけて来る。
「いやまあ、その、なんだ。超キレイだよ、その姿」
「え?」
ルーツが急に発したその言葉に、サナは顔をルーツの方に向ける。
「さっき踊ってるところも、華麗だった。練習頑張ってたもんな。凄い良かったよ」
ルーツの素直な褒め言葉に、サナは胸が暖かくなるのを感じた。先ほど変な葛藤に悩んだことが吹き飛ばされるように、ルーツにそう言ってもらえたことが嬉しかったのだ。
「うん、ありがと……」
サナは少しの間、笑みを浮かべながら沈黙した。ルーツとのその時間を噛みしめるように。そして、口を開く。
「まだお祭りは終わってないけどさ、今日は楽しかったよ」
「ああ、俺も楽しかった」
「……いつまでも、こうしていられたらいいね」
今日だけではない。これからもずっと楽しいはずだ。サナはそう思った。
◇◇
夜になり、ルーツはふと長老の元を訪れた。
「おやルーツか。どうしたのじゃ?」
「こんばんは長老。その、夜にできる簡単な魔法の課題とかないですか?」
「なんじゃ、こんな祭りの日に魔法の訓練か? それに課題を聞きに来るなんて珍しいの」
「きっと今日は寝付けない。自分で訓練内容を考える頭もない」
「はあ?」
長老はトボけた顔をしつつも、課題内容を紙に書いてルーツに渡す。
「ありがとう長老。というか、長老こそこんな祭りの日に家に閉じこもってていいんですか?」
「はっはっは、村長がいれば私の出る幕はない。人間の行事は人間だけでやれば良いのじゃよ」
「またそれか……」
ルーツは長老に挨拶をし、周囲から依然としてバカ騒ぎが聞こえてくる中、帰宅した。
ルーツは床に座り、課題の準備を始めた。
(今日は楽しかったな、本当に……)
準備をしつつも、ルーツは祭りの日を思い出す。
行事はマジメにやるつもりだった。手順もしっかり確認した。だが、巫女姿のサナをひと目見た時、ルーツは考えていたことが吹っ飛び、見惚れてしまった。
衣装の、薄着でもいやらしくないという評価は間違っていないはずだ。しかし、ルーツはサナのことを女として激しく意識してしまっていた。踊っている様子も信じられないほど可憐だと思った。
ルーツはその時、全ての感情を押し込めるように真顔を装っていた。ルーツが頑張ってその顔をしていたことをサナは理解していたようだったが。それをサナの様子から分かってしまうくらいには、ルーツはサナと長い付き合いなのだ。
隣り合って喋っていた時、男児がサナの胸について言及するものだから、気持ちが高ぶったルーツは、上手く体勢を変えればどさくさに紛れて、身体のどこかをサナの胸に当てることができるんじゃないかと、本気で考えてしまっていた。
(……バカなことをしなくて、本当に良かった)
そんなことで嫌われたくはない。二人は恋人同士というわけではないのだから、これで良かったのだと、ルーツは思った。
その後も一緒に祭りを楽しんだ。料理をしたり、村人とワイワイ盛り上がったり、子供たちが作った出し物に挑戦したり、本当に楽しかった。
『いつまでも、こうしていられたらいいね』
サナが言った言葉だ。ルーツも全く同じことを思った。どうにか関係だけは前進させたいとも思っているが。
こうやって一日を振り返る状態になることを予想し、どうせ夜も寝付けないだろうともらってきた長老の課題も、一向に
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