04 幕間:初めての召喚魔法

 ルーツは夢を見ていた。しごかれている夢だ。前日に長老から受けた魔法の猛特訓が原因だったのは間違いない。


「……ツ! ……ーツ!」

(何だよ、邪魔するなよ! 訓練中だぞ!)


「ルー……! 起き……い!!」

(だから、邪魔するなって! 誰だか知らないけど、お前も長老の訓練に参加させられるぞ!!)


「ルーツ!! 起きてよ、もう朝よ!」

 その声に、ルーツはようやく目を覚ました。見ていた夢の影響で寝汗がひどい。


「起きたわね、ルーツ」

「サ、サナか……おはよう」

「おはよ。二度寝はダメよ」

「い、いや起きる! 同じ夢見たら今度こそ泣く!」

「え?」

 ルーツはさっと起き上がり、サナが見ていないところで着替えを済ませ、居間に向かった。


「あれ、母さん知らない?」

「おば様? さあ、私が来た時にはもういなかったよ」

「そっか。朝ごはんが置いてあるところを見ると、もう仕事に出かけたのかな」

「今は忙しい時期だもんね」

 サナはそういうと、弁当を机の上に広げ始めた。


「サナ……。朝早くから来たと思ったら、朝食もここで食べる気なの?」

「色々と話を聞かせてよ。私も今日、長老に呼ばれてるのよ」

「え、サナが長老に!? 何で?」

「わかんない。でも、昨日ルーツが猛特訓を受けたのは聞いたから、それと関係あるのかなーって……」

 サナは、ルーツと同じしごきを自分も受けてしまうのではないかと不安なのだ。ルーツはそう思った。


 一緒に朝食を取りながら、ルーツは前日の猛特訓の様子をサナに話した。


「魔力の水球の中に閉じ込められた……?? どんなスパルタよ、それ!!」

「やばいと思うでしょ!? 俺は……死ぬかと思った!!」

 水球の件だけでなく、他にも様々な特訓という名のしごきを受けたことをルーツはサナに説明した。


 朝食を終え、後片付けをしていると、サナがルーツに声をかけた。

「ね、ねえルーツ。一緒に来てよ……」

「う、うん、もちろん」

 ルーツは本心でそう言った。サナを心配してのことだ。


 二人して長老の家まで歩き始めるも、サナは本当に不安なのか、ルーツに手を繋ぐことを要求し、ルーツはサナの手を引いて歩いた。


「あら、ルーツにサナ様! 朝早くからどうしたの?」

「おやおや、ルーツ、進展でもしたのかい?」

「うっさいよ、おばさんたち!」

 道端で談笑するおばさんたちに、サナと手を繋いでいることを茶化され、ルーツは言い返した。サナが不安がっているのは知っていたので、そこで手を離すようなことはしなかった。


 いつもならサナも何かを言う場面なのだが、緊張がまさっているのか、黙って歩くだけだった。ルーツはふとサナの様子を見る。歳を重ね、サナが美しく成長して来ていることはルーツも分かっている。理由があるとはいえ、そんなサナと手を繋いでいる状況を思い、ルーツは自分の胸が高鳴るのを感じていた。


「ルーツ」

「え!? どうした、サナ?」

「どうしよう、着いちゃったよ……」

 ルーツが我に返ると、そこはもう長老の家の前だった。


「もう、行くしかないでしょ……」

「う、うん……」

 サナはルーツの手を握る力を強め、ルーツもそれを握り返し、二人で長老の家に入った。


「ほっほっほ、ルーツにサナ、よう来た」

 ルーツたちに声をかけたのは、ルーツたちが長老と呼ぶ妙齢の女性だ。温和に見えて威厳に満ちている、外の世界の上下関係を一切無視する、異常に魔法に詳しいなど、謎多き人物である。


 長老はルーツとサナにお茶を手渡すと、座るように促した。ルーツも一緒に来ることなど読み切っていたような様子だと、ルーツは思った。


「それでサナ、今日お主を呼んだ理由はじゃな」

「は、はい!」

 サナの声は緊張のためか裏返っていた。


「魔法の訓練を受けてもらうためじゃ」

「や、やっぱり……」

 サナは頭を机にぶつけて崩れ落ちた。ルーツは慌ててその肩をさする。


「なぁに、昨日ルーツが受けた特訓とは別物じゃよ」

「別物?」

「お主には召喚魔法に挑戦してもらう」

「召喚魔法? なんですか、それ?」

「選ばれた血筋にしかできない高度な魔法じゃ。幻界から強い魔物・召喚獣を呼び出す。その力を借りて敵を滅することも、偉大な魔物と交流することも可能になる素晴らしい魔法じゃよ」

「それを、私が?」

「できる。お主にならな」

 ついて来いとばかりに長老は立ち上がり、裏口に出ていった。ルーツとサナはお茶を置いて長老を追いかける。裏口の外は、川の見える裏庭だ。長老が手をかざすと、サナの足元に魔法陣が生じた。


「これは……魔法の契約ですか?」

「いかにも。召喚魔法も魔法の一種に過ぎん。習得するにはこうして契約するのが最短の道じゃ。お主らがこれまでに覚えてきた魔法と何ら変わらぬ」

 ルーツもサナも、これまでに様々な魔法をこの契約呪法によって覚えてきた。ルーツは、もう習得は十分じゅうぶんだという判断から特訓に派生したようだったが、サナには、まだ習得の余地があるということだ。


 サナの足元に生じた魔法陣は光り輝き、やがて消えていった。契約は終了したので、通常、この魔法を使いこなすための訓練をすることになる。


「では、これからどんな訓練が必要ですか?」

「訓練など要らぬ。先ほども言ったが、召喚魔法を使えるか否かは血筋でほぼ決まる。試してみるが良い」

「ええ、ほ、本当ですか??」

 半信半疑のまま、サナは契約したばかりの魔法を使ってみることにした。前方の空間に手をかざし、意識を集中する。すると、空間に亀裂が生じ、中から角の生えたうさぎのような生き物が姿を現した。


「きゃ、なにこれ、可愛い!」

 サナは手招きをすると、その生き物はトボトボとサナの元に歩み寄った。サナははしゃぎながら生き物を抱きかかえる。


「へええ、凄い!」

「それはアルミラージか。無事に成功じゃ」

 ルーツと長老が順に言った。


「もっと高レベルの魔物を召喚するには、それなりに条件を満たす必要がある。まあ、それはおいおいやって行くことにしよう」

「はい、分かりました!」

 サナはアルミラージに頬を押し当てて、もふもふしながら返答する。


「さて、こんなにあっという間に成功させるのは予想以上じゃった。なので、ルーツとサナ。少々、通常の魔法の特訓もやって行くかの?」

「「え……!?」」

 ルーツと、アルミラージを抱えたままのサナが固まった。


「なぁに、昨日のルーツほどの負荷はかけぬ。本日はノンビリとやることにしよう」

 長老の言うな特訓を受けることになった二人は、夕方には解放されたものの、疲労困憊で長老の家を後にすることになった。特訓の最中、ずっと飛び跳ねながら応援していたアルミラージも、幻界に戻っていった。


「昨日よりは全然マシだったけど、疲れたなぁ……」

「私も……。でも長老って魔法詳しいよね。何者なのかしら」

「さぁ」

 二人して談笑しながら村の道を歩く。ルーツの家の辺りまでたどり着くと、ルーツの母が道の前に水をまいているところだった。


「ただいま、母さん」

「こんにちは、おば様」

「あれまあ、ルーツにサナ様。疲れた顔して、さては長老の特訓帰りだね?」

 ルーツの母はそのままルーツとサナを家に押し込み、サナも夕飯を食べていくように促した。サナもそれを了承し、3人で夕食を取り、遅くならないうちにサナは帰っていった。

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