破壊神の終末救世記
シマフジ英
01 序章(ルーツ視点)
「こんにちは、ルーツいるかしら?」
誰もいなかった家の玄関から少女の声が響き渡った。俺は魔法の訓練を中断し、玄関に向かう。そこには、少女が立っていた。彼女はサナ王女。このミストロア王国のお姫様だ。
「サナ、また来たんだね」
「あら、来ちゃ悪かった?」
「そ、そんなことはないよ!」
思わず声が荒がってしまったが、それは俺の本心だ。サナ王女の美しさに文句のある国民など一人もいないだろう。俺も例外ではない。わざわざ俺のような平民に会いに来てくれたことを悪く思うことなどありえない。
「今日も魔法の訓練をしているの?」
「ああ、うん。見ていく?」
「ええ!」
俺はサナ王女を自室に案内すると、中断していた訓練を再開した。
「うわぁ、凄い、火と風の魔法の同時使用?」
「さすが、よく分かったね。俺も挑戦し始めたばかりで、まだ上手くできないんだけど」
俺は両手のひらを上に向け、魔力を集中させた。左手には小さな炎が生じ、右手には空気の渦巻き始める。しかし、両方ともすぐに消えてしまった。
「ふぅぅ。まあ、見た通りで、全然まだまださ」
「ううん、面白い! ルーツの家に来ると、普通は習わないようなことを見られるから楽しいわ」
サナ王女は俺の左肩から覗き込む形で両手に渦巻く魔力の残りを見ていた。吐息を感じてしまいそうなその距離感に、俺は胸がドキドキするのを抑えられない。
「サナ王女! どこですか!?」
不意に外から大きな声が響いた。
「あー、もう! お付きの兵士だわ! 面倒くさい!」
「今日は一人で来たんじゃないんだ」
俺は窓から外を覗くと、そこには兵士姿の老齢の男がいた。サナ王女は城を抜け出して一人でこの村まで来ることが多かったが、最近は世の中が物騒になって来ているので、お付きが来ることも多い。
「逃げるわよ!」
サナ王女は俺の手を取り、慣れた様子で裏口から外へ出た。二人して走り始め、俺は家の方をチラリと見ると、兵士が家に叫んでいるのが見えた。きっとサナ王女がいると予想してやって来たのだろう。
「サナ、いいの!? 兵士さん、放っておいて!」
「いいの! 皆いちいちうるさいのよ! 私がどこで何をしていようと勝手でしょう!」
こう言い出したサナ王女は何を言っても聞かないだろう。俺は長年の経験でそれを知っていた。何より、俺もサナ王女と一緒にいられるのは嬉しかったから、敢えて戻ろうと言うこともしなかった。
しばらく走ると、二人して足を止め、息切れの回復を待った。
「はぁっ、はぁっ! もう、無茶するなぁ、サナは!」
「はぁっ、はぁっ! ふふ、いいじゃない!」
サナ王女はそう言うと、草むらに腰を落とす。俺もその隣に座った。
「ルーツ、本当にお城で働いたら? 絶対そこらの魔道士より魔法の才能あるって」
「でも、お城にいる魔道士はみんな貴族だろ?」
「そうなのよねぇ……。よく平民の魔道士のことを悪く言ってるのが聞こえてくるもの! 平民に居場所を奪われるのが怖いだけよ。ほんっと、プライドばっかり高くて困った連中」
「凄いことを言うなぁ……」
「ルーツは絶対、誰よりも凄い魔道士よ」
サナ王女は城の方角を見て憂うような表情をした。
魔道士は身分の差が大きく出るのは本当だ。他の職業に比べて、魔道士の貴族は平民が成り上がろうとするのを拒絶する傾向にある。
しかし、どういうわけかサナ王女は平民しかいないこの村に足を運び、俺なんかとこうやって交流を持ってくれている。正直、貴族に知られたら何を言われるか分からない状況だ。
「ルーツ、あれ見て」
俺はサナ王女が指差した方向に目を向ける。そこには巨大な山がそびえていた。霊峰ギガント。溢れ出ている魔力のせいで雷雲が立ち込め、普段は近づくことができないこの地域の名物だ。
「今年も凄い雷だね、霊峰ギガント。何かあるの?」
「あそこは生命を寄せ付けない過酷な山だけど、一本だけ大木があるんだって」
「ええ、あんなところに?」
「見てみたいと思わない、ルーツ?」
「え、見てみたいって……。ちょ……サナ、まさか!?」
俺は嫌な予感がしてサナ王女を止めようとした。しかし、静止する間もなく、サナ王女はその魔法を行使した。
「いでよ、ガルーダ!」
サナ王女が突き出した手の先の空間に歪みが生じ、そこから巨大な鳥の頭が顔を出した。これは召喚魔法。かつて、王家の祖先が使うことができたとされている伝説の魔法だ。
「うわぁあ!? 風魔法インビジブル!!」
俺はあわてて魔法を発動させた。その魔法の効果で、俺とサナ王女とガルーダの姿が周囲から見えなくなる。お互いを見ることができるのはこの3者だけだ。
「サナ!! それやる時は事前に言う約束だろ! 誰かに見られたらどうするんだ!」
「あはは、ごめんごめん」
完全に姿を現したガルーダの頭を撫でながらサナ王女が言う。これは聞いてないな、本当に……。
今は戦乱の世だ。このミストロア王国にもその影は忍び寄って来ている。サナ王女が召喚魔法を使えるなどと、貴族にも王家にも知られてはいけない。何に利用されるか分からないのだから。
「まったく……」
俺は、困らせてくるサナ王女の行動に悪態をつきながらガルーダにまたがった。そしてガルーダをなだめ、サナ王女に手を出した。サナ王女はその手を取り、俺の後ろにまたがる。こうするのはいつものことなのだ。サナ王女が召喚し、俺がガルーダを飛ばす。
「じゃあ、霊峰ギガントにしゅっぱーーーつ!!」
サナ王女は俺の腰に捕まりながら言った。ガルーダに合図を送ると、ガルーダは翼を羽ばたかせて大地から離れた。ぐんぐんとスピードが上がり、風を切りながら空を飛んでいく。
「それで、その大木がどこにあるのか、目星はついているのか?」
「ううん、ちっとも。でも、きっとあるわよ」
次第に霊峰ギガントが近づき、雷雲の領域に入り始めた。場所によっては、雨が降っているのが視認できる。
「山は見えるけど、この時期にこれ以上近づくのは危険だ」
「そうね。周回しながら見回ってみよ」
「そうだな、そうしよう」
魔力と雷雲の濃すぎない程度の距離を保ちながら、俺たちを乗せたガルーダが飛ぶ。見たところ、黒い岩があるだけで、木が立っているような様子は見られなかった。
「でも、どうしてそんな大木の話を知ったんだ?」
「お城の古文書にそういう記載があったの。こんなヤバい山に一つだけある生命よ、見てみたいじゃない!」
「はは、サナらしいな」
「それにね、逸話があるんだって……」
「逸話……?」
「その大木の下で愛を誓った者たちは、永遠の絆で結ばれる……」
「……え?」
「知ってる? 貴族の女の子は自分の意志と関係なく
サナ王女が俺を掴む力を強めた気がした。
「私は、自由でありたい。自分の意志で決めたい。身分なんて、関係ないって思いたい……」
俺は言葉を失った。そんな意味深なことを言われたら、俺は、自分の想いを抑えられなくなってしまう。
「だから、その大木を見つけたいのか……?」
ガルーダにスピードを緩めさせ、振り返った俺はサナ王女を見た。目の前にサナ王女の顔があった。なんて綺麗なんだろうと思う。身分の違いなんてなければ。そう思いながら、抱き締めてしまいたい衝動に負けまいと必死だった。
「ルーツは、見つけたくない?」
「…………見つけたい、かな」
「でしょう!」
サナ王女は破顔し、俺とおでこを合わせた。俺は吹っ飛びそうになる理性を抑えつつも、サナ王女と笑い合った。正直、優越感もあった。平民でありながら国の王女と特別な関係を築き、このような状況になるなど、普通ありえない。気持ちは高まるばかりだ。
笑い合いながら嵐の吹き荒れる霊峰ギガントを周回する。しかし、きっとそんな大木、見つからないんだろう。俺と彼女を隔てる身分の違いを象徴するように。そんなことを思っていた時だった。
「あ!? ルーツ、あれ!!」
「えええ!!」
あった! 本当に存在していた! 得体のしれない魔力の吹き荒れる岩山の中、一本だけ木が立っていた。
「行こう!」
「うん!!」
興奮を抑えきれない様子で俺たちは叫び、ガルーダを飛ばした。しかし、たどり着くことはできなかった。魔力が濃すぎるためか、風雨が強すぎるのだ。ある程度まで近づいたせいで、俺もサナ王女もびしょ濡れだった。
俺たちは諦めて霊峰ギガントから離れた。
「何よ、この山! せっかく見つけたのに……」
サナ王女は力なく呟いた。
「春に、また来ようよ……」
そう、霊峰ギガントは春のある時期にだけ雷雨も魔力の暴走も治まる。その時になら辿り着けるはずだ。そう思って俺はサナ王女に声をかけた。
「うん……。その時を待ってる……」
サナ王女からは、肯定の言葉が返ってきた。
きっと、その時に、この秘密の恋を始められる。俺はそんな願いを持った。
しかし、それが実現することはなかった。これより一月ほど後、ミストロア王国はメルトベイク帝国の侵略を受け、呆気なく敗北した。多くの貴族や、サナ王女は人質としてメルトベイク帝国に渡ることとなり、俺はサナ王女と離れ離れになった。
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