第11話 『分析』の悪役

 ブラハード・ローズを逮捕した僕たちは、悪役対策局セイクリッドの本部に帰ってきていた。

 防音完備の小さい会議室の中に、僕、アレックス・ショー、そして上司のシンリ・トウドウが座っている。


 新人のアレックスに怪我をさせたことでシンリからお小言をもらったあと、僕は早速言い訳を始めた。


「大体さー、アレックスが事前にどんな悪望能力を持っているか僕に教えておいてくれたら、もっと安全にコトを進めることが出来たと思わない? 僕だけの責任じゃないと思うなあ」

「悪望能力を教えようとしたらハル先輩に止められた記憶あるのであります!」

「僕にはそんな記憶は無いな。アレックスが報告を怠った。そうだな? 分かったらその通りだと言え」

「はい! その通りであります!」


 僕とアレックスの会話に呆れてシンリが割り込んできた。


「パワハラはやめろ、ハル。アレックスも間違っていると思ったら間違っていると言っていい」


 シンリは仏頂面のまま僕を追撃する。


「ハル、ブラハードに燃やされたアレックスにおんおん泣きついていたそうだな。自分が泣かされたからといって八つ当たりは良くないぞ」


 僕はじろりとアレックスを睨みつけた。

 僕が泣いていたことを知っているのはアレックスだけだからだ。なんて口の軽い。

 アレックスはそっぽを向いて下手な口笛を吹いている。


「は? 泣いてないが? 僕にとっては悪役ヴィランは仲間じゃなくて使い捨てのコマだが?」

「ふむ。そういうことにしておいてやろう」


 僕の言うことが聞き流されているような引っかかる言い方だったが、これ以上舌戦をしても僕のほうが不利になりそうなので引き下がることにした。

 それに、今は他に気になることがある。


 同じことを考えていたシンリが、手元の報告書に目を通しながら、それについて口にした。


「それで、報告書にあったブラハードのドラッグの件だが……確かなのか?」

「間違いない。ブラハードが自身に注射を打ったあと、明らかに悪望深度が増した。悪役ヴィランの悪望能力を強化するドラッグ……シンリは聞いたことはあるか?」

「前例は無いな」


 シンリは即座に否定した。


「そうか。僕のほうはウーロポーロ・ヨーヨーと会った時、悪役ヴィランの悪望能力を強化するドラッグの噂について聞いたな。あまりにも胡散臭いから聞き流してしまったけど、ウーロポーロが何か知っているなら情報を共有して貰ったほうが良さそうだな」

「待て。ウーロポーロは本当に信用できるのか? いかにもマフィアが好みそうなシノギだが」


 シンリの懸念にアレックスが答える。アレックスもウーロポーロとの交渉の場に同席していた。アレがどういう悪役ヴィランなのかは多少は理解しただろう。


「これは私見ですが、『少女愛』の悪役ヴィランが、少女を巻き込むようなビジネスに手を出すとは考えづらいのであります」


 アレックスの言う通りだった。

 ウーロポーロは少女が何かしらの被害を被ることを何よりも嫌う。悪役ヴィランを強化するドラッグを資金稼ぎに使うとは考えづらい。


 それに、メイソン・ヒル地区周辺を根城にしている悪役ヴィランは他にもいる。


 『暴力』の悪役ヴィラン、アンブローズ・ランス。

 『飲酒』の悪役ヴィラン、イスト・ピュルッカネン。

 『天空』の悪役ヴィラン、コーニーリアス・サッカレー。


 どいつも悪望深度B以上の悪役ヴィランだが、ウーロポーロ・ヨーヨーの支配地域で暴れるほど馬鹿ではない。しかし、あの強化ドラッグは悪役ヴィラン同士の戦力差を覆しうる代物だった。ウーロポーロに気付かれないように水面下で動いている可能性は充分有り得るだろう。


「『暴力』、『飲酒』、『天空』のどれかが動いている可能性があるんじゃないか? こいつらの最近の動向を知りたい」

「すぐに調査させよう、と言いたいところだがな。最近は悪役対策局セイクリッドも人手不足でな。悪望深度が深い悪役ヴィランに探りを入れられる人材が少ない」


 シンリはため息をついた。なんだか嫌な前フリだな。


「ハル・フロスト、およびアレックス・ショー。正規のバディとして、この強化ドラッグの件の調査に当たってくれ」


 僕は耳を疑った。悪望深度Dのブラハード・ローズと比較して、明らかに危険すぎる案件だ。


「おい待てシンリ、悪望深度B以上の化物相手に新人を連れて行けってのか? 無茶を言うな」

「私は大丈夫であります!」

「僕が大丈夫じゃないんだが!?」

「またハルが泣いてしまうかもしれないな。その時は慰めてやってくれアレックス」

「よーしよく分かったぞシンリ、君は僕にケンカを売っているんだな? 表に出ろ! 僕の『正義』で断罪してやる!」

「上司の命令に従わないのは『秩序』を乱すことに繋がる。ハル、私の『秩序』に跪かせてやろう」


 僕とシンリが睨み合っていると、会議室のドアがノックされた。


「「どうぞ!」」

「失礼します~。例のドラッグの解析結果が出ました~」


 会議室に入ってきたのは青髪の美青年だった。

 シンリやアレックスも顔立ちは整っているがある種の武器のような鋭さを備えている一方で、青髪の青年はどこか柔和な印象を覚える。

 悪役対策局セイクリッドの科学捜査班に所属する、『分析』の悪役ヴィラン、ディルク・ヘルブランディだ。


 僕とシンリは直前まで睨み合っていた表情のまま、ディルクのほうに向き合った。『正義』と『秩序』の白黒をつけるのも重要だが、強化ドラッグの解析結果が出たとあっては話は別だ。


「ひぃっ」


 険しい表情のままの僕とシンリにディルクは怯えた表情を見せるが、それどころではない。僕とシンリは、ディルクに歩み寄ると、その肩をガシリと掴んだ。


「強化ドラッグの解析結果が出たって?」

「は、はい~」


 ディルクはガタガタと震えながらも、健気に調査結果を報告した。


「調査の結果、強化ドラッグからは大量の能力痕が検出されました~」


 ――なんだって?


 悪望能力を行使すれば、必ずその痕跡が残る。その痕跡を僕らは能力痕と呼んでいる。

 つまり、あの強化ドラッグは。


「強化ドラッグは、悪役ヴィランの悪望能力によって生成されたものです~」

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