第25話 水槽
日の光が届かない地下室。
足元に魔道具が置いてあり、それを稼働させると足元が照らされた。しかし、光は弱く薄暗い。
レイージョはゆっくりと足を進めた。
壁には細長い水槽があり、彼女はその1つに触れた。
そこにはチューブに繋がれている“人だったモノ”が入っている。どれも原型を留めているモノはなくどこか破損していた。
「あら」レイージョは奥に人影を見つけ足を速めた。
「珍しいところで会うわね」
「レイージョ様」アキヒトは、力なく笑うと立ち上がり頭を下げた。
「ふふふ、貴女にそう言われ敬語を使われてずいぶん経ちますけど、慣れないわね」
「そうですか」
そう言いて、アキヒトは空の水槽を見つめた。
「あら、水槽に未練があるの?」
「いえ」ゆっくりと首をふった。「だだ、私がここに入らなかったのが不思議で……」
そう言う、アキヒトは寂しそうであった。
「入りたかったのですか?」
「違いますが、覚悟はしていました」
アキヒトは小さく息を吐いて、水槽に触れた。
空っぽな水槽。
「魔法検査でミヅキ・ノーヒロを見つけた時、彼女の魔力の強さに震えました。絶対に他国に出してはいけないと思い常に監視していました」
「ストーカーね」
「ははは」とアキヒトは乾いた笑いを浮かべた。「そうですね」
アキヒトの心は清んでいた。以前は常に糸が緩まず絶えず緊張している様子があった。
王太子として、彼の頭の中は常に国の運営のことでいっぱいであった。
「彼女を側妃にできない時点で……」アキヒトは中身の入っている水槽を眺めた。「私はここに入る覚悟を決めていました」
水槽にはいっているのはアキヒトの兄弟だ。そこに入れられた理由は様々であるが共通しているのは国とって厄介な存在であったからだ。
「国の栄養として役に立てるならどんな形でもいいと思いました。魔力の高い私がここに入ればより多くの魔道具が稼働できます」
自分で魔道具を動かせる魔力のある物はいいが、そうでないものは魔力を買う。その魔力を製造しているのがこの場所であった。
非人道的であり、公には出来ない所。
「あらら」レイージョは口を抑えて上品に笑った。「わたくしが貴方をもっと有効に使ってあげるわよ」
「ありがとうございます」
人の心が読めるレイージョはずいぶん前から国の闇に気づいていた。そして、それをなんとかしようとした。
そんな時、ミヅキが学園に現れたのだ。彼女を利用しない手はない。
「わたくしも、ミヅキの側妃には賛成だったわ」
「そうですか」
「でも……」レイージョは頬を染めた。「ミヅキはわたくしが綺麗って、可愛いって、好きだっていうから」
顔が熱くなるのを感じて両手で頬を抑えた。ミヅキに初めて会ってから、ずっと彼女は自分を賛美した。身分が高く、外見も良いことから他者に褒められることは多かったが皆、腹の中では黒いことを考えていた。
純粋に自分を褒めてくれたのはミヅキだけだ。
「どうしたのです?」
普段と違う様子にアキヒトは目を大きくしたが、すぐにニヤリと笑った。
「レイージョ様もそう言った女性らしい表情をするのですね」
「……わたくしはずっと女性です」気持ちを落ち着かせて、アキヒトを睨みつけた。
「そうですか? じっと張り詰めた糸のようで怖いお顔でしたよ。今の方が人間らしいと言うか……」
それをお前が言うか。
アキヒトは自分の言ったことがそのまま自分に当てはまることに気づいたようで、「私もか」と笑った。
「お互い様ですね。でも、レイージョ様は次期王妃から王太子になったのですよ? 今の方大変じゃありませんか?」
アキヒトは王太子の仕事を思い出すように話した。
「王妃は誰かさんの補佐をしなくてはと思うと気が重かったの。夜の相手のことを考えると頭痛がしたわ」
「へ? 夜……?」言葉がどもり、顔が真っ赤になった。
「あら? 考えていなかったの?」
「いや……。まぁ、そうだが」
敬語を忘れるほど動揺したアキヒトが面白く仕方なかった。彼は勉強ばかりしてきたためそう言ったことに疎い。
御三家貴族で成り立っている王族は世継ぎを重視していない。
「その、では、あれか? ミヅキとは」
真っ赤になりながら、自分たちに事情に興味を示すアキヒトが滑稽であった。「ふふふ。そうね」と思わせぶりな態度をとると、頭から煙を出していた。
一呼吸置き、真面目な顔をしてアキヒトを見た。
「アキヒト」
「へ、は、はい」
空気が変わったのを素早く察して、顔を引き締めたアキヒトはまっすぐに立ちレイージョを見た。
「この部屋はわたくしの代でなくすわ」
「はい」
「最初はミヅキの力が必要でしょうが、彼女がいなくても魔力がなくても運営できるようにしたいのよ」
レイージョの言葉にアキヒトは目を大きくした。
「それには貴方の力が必要よ」レイージョは険しい顔をして水槽を指さした。「水に入って寝ている時間はないのよ」
「仰せのままに」
アキヒトは胸に手を当て、膝をついてレイージョの頭を下げた。
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