第13話 夏季休暇前

外は汗ばむほどの気温になった。

学園内の空調は魔道具で調整させているため、常に快適であった。

制服は半そでの白いセーラー襟のワンピースになった。男子はワイシャツを着ている。


「それでは、ここまで」


目の前で教師が明日から夏休みであることを伝えると、教室から出て行った。

すると、すぐに教室がざわついた。


「ミヅキさん」


数人の女子生徒に声を掛けられた。入学当時から声を掛けてくれる人たちだが、深い付き合いがあるわけでない。


「今日も、アキヒト様のお昼もお迎えに来られたわね」

「ほんとに流石、特待ね。平民でも待遇がちがうわ」


彼女たちはミヅキの返事を待たずに自由に発言する。


「レイージョ様より気に入られているじゃない?」

「そんなことありませんよ」すぐに否定した。ここは反論しないと面倒くさくなると思った。


いくら断っても、毎回昼になると、王太子が迎えにきた。しかし、その都度レイージョが助けてくれたので感謝していた。


「レイージョ様は美しいけど、冷たいよね」

「そうそう、ミヅキちゃんは平民だから王妃は無理だけど側妃ねらえるじゃない?」

「うん、いいよね」


勝手に話が進んでいる。

特待の平民が王族の側妃になった前例があることは彼女たちから聞いた。


「そういえば、夏の休暇はどこいくの?」

「わたくしは隣国へ行こうと思うの」

「いいわね」


ミヅキの話題に飽きたらしい彼女たちは、休暇の話で盛り上がり始めた

その間にミヅキは荷物をまとめた。


「それでは皆さん失礼します」と言うと彼女たちは挨拶を返した。そして、すぐにまた話を始めた。

当初は付き合わないといけないかと思ったが、彼女たちは自分との会話を楽しみたいわけでないことに気づくと切り上げることにした。


廊下を歩いていると、王太子とレイージョが歩いていた。二人は一切話すことなく一定の速度で進んでいるのが怖く感じた。

レイージョに挨拶がしたくて、後追ったが彼らの足に速さ付いていくのが大変であった。


諦めて生徒会室で挨拶しようと思った時、突然レイージョが足を止めた。そのことに王太子は気づいたようだが何も言わずに行ってしまった。


彼女が立ち止まった理由は分からないがチャンスと思い、足を速めた。


レイージョの美しい髪を見ると胸が高鳴った。朝も昼も夜も会っているが足りなかった。彼女とずっと一緒にいたいと思った。優しくて美しい彼女が好きでたまらなかった。


王太子の妻になると思うと心が死にそうになった。しかし、考えないようにして“今”を大切にしたいと思った。


ダッシュでレイージョの元に行きたかったが気持ちを抑えて、ゆっくりと歩いて彼女の傍へ向かった。

その途中、レイ様、レイ様と心の中で何度も彼女の名前を呼んだ。


真後ろまで来ると、「ミヅキちゃん」と言って美しい銀髪の髪をかきあげて振り返った。


「え……?」


自分が真後ろにいることをレイージョに気づかれ驚いた。

彼女は相変わらず、優しく微笑んでいる。そんな彼女を見ると些細な事などどこかへ行った。


「お昼以来ですわね」

「はい。放課後もお会いできて嬉しいです」

「そう」レイージョは微笑みながらミヅキを見た。「わたくしもですわ」


彼女の大きな青い瞳に吸い込まれそうであった。


生徒会室前にくると、ミヅキは慌てて扉を開けてレイージョを部屋へ促した。すると、彼女はニコリとして礼を言って入った。


入室すると目の前に王太子がいた。


「なんだい。それは。後輩を従者のように使うのは間違っているよ」


優しい言い方であったが棘のある言葉だ。


「レイージョ、君はミヅキが同フロワーであること利用してこの数か月、従者のように扱っているらしいね」


レイージョは王太子を見た瞬間、さきほどまでの優しい微笑みが消えた。


「なにを言っているのかわかりませんわ」と顔の筋肉を全く動かさずに言った。


部屋の空気は彼女の一言で凍てつくような寒さを感じた。


整った顔立ち。

長く伸びたキラキラ輝く銀の髪。

玉のように真っ白で傷のない肌。


まさに、氷の女王。

その美しさに心臓がバクバクとした。


「ミヅキも嫌なことは嫌とはっきり言っていいよ。貴族だからと気を遣う必要ないよ」


王太子は呆れた顔をしてミヅキを見た。


「はい」と返事をしながら、心中ではもっと使ってほしいと思った。レイージョに使われるなら従者でも構わないと思った。


農村出身の自分がレイージョの従者なんておこがましい話だ。御三家貴族の従者ともなれば爵位がなくてもそれなりの家の者だ。


だからと言って友人なんてもっと身の程知らずだ。レイージョと自分の関係はよくわからなかったが、彼女の傍にいられるなら何でもいいと思った。


「なんですの? その顔は。わたくしに言いたいことがありますの?」


と、レイージョが言ったがその言葉が耳にはいらなかった 。彼女の美しい青い瞳に自分の顔に夢中であった。そこに入れて幸せであった。その瞳の中にずっと入っていたいと思った。


その瞬間、レイージョの顔がほのかに赤くなった。


「わかりましたわ。貴女の話を聞きますわ」


そう言って、レイージョに腕を掴まれた。そして、彼女は王太子の方を見た。


「アキヒト様の言う通り、彼女の意見を聞きますわね。ではこれで失礼しますわ」

「失礼しますってまだ来たばかりだよ」

「生徒会の仕事は昼に終わらせていますわ。それではご機嫌よう」


王太子はレイージョを止めたが、彼女はそんな言葉を全て無視してミヅキの手を引いて部屋をでた。そのまま、無言で寮に向かった。

ミヅキは彼女の意図が全く分からなかったが、掴まれた手から彼女の体温を感じられ幸せであった。もう、このまま一生掴まれていいと思った。


気づけば、レイージョと住む部屋に到着していた。


ソファに座らせられると、彼女は隣に座った。


「さ、話聞きますわ」

「え?」

「だから、言いたいことがあるのですよね? アキヒト様に聞かれたこと彼の前では言えなかったのですわよね」


優しく微笑むレイージョに心臓の音が早くなった。

“王太子に嫌なことははっきり言え”と言われたのを思い出した。


「えっと、あの……。私の事はもっと使ってください。そして、レイ様のおそばに居させてください」


今だって十分、良くしてもらっているのにこれ以上そばにいることを望むなどお恐れ多いが願ってもないことだ。


「うふふふ」レイージョは口元を抑えて上品に笑った。「ミヅキちゃんはわたくしが大好きですわね」

「はい。大好きです」


食い入るように言ったため、レイージョは目を大きくしたがすぐに優しく微笑んだ。


「いいですわ。一生わたくしの傍にいなさい」

「はい」


嬉しくて飛び上がりそうになったのを必死で抑えた。

王妃になるお方の傍に一生いられるとは本気で思っていなかったがその言葉だけで生きられる気がした。


レイージョの綺麗な瞳にじっと見つけられた。見られるのは嬉しかったがあまり見つめられると恥ずかしくなった。


「その命が尽きるまで、わたくしの傍に居たいのよね」

「はい」


優しい口調は変わらないが言葉遣いが崩れた。それが精神的な面で彼女に近づけたようで嬉しかった。


「それなら、容赦はしないわよ。ミヅキ」

「はい」


私の女王様。

ニヤリと嬉しそうにする彼女の表情に、高揚した。


レイージョにはたくさんの鎖がついている。しかし、それを物ともせずに自分といてくれると言った。この言葉を信じようと思った。


ミヅキの中でレイージョの言葉は絶対的なものになっていた。


「それでは、前期の成績を見せなさい」


いつもとは違う理由で心臓が早くなった。さきほどの話と全くつながりがないく動揺した。


「えっと……」


戸惑った。


先ほどまでの甘い雰囲気は一気に殺伐したものになった。レイージョの目が怖かった。以前の美しい冷たい瞳とは異なっていた。

ものすごく叱られている気がした。


「見せなさい」ゆっくりと、はっきり遂げられた言葉には棘があった。


この棘は刺さって気持ちいいものではなかった。

覚悟を決めて、鞄から手のひらサイズの画面を取り出した。その魔道具は持ち主が触れると起動する。


画面を起動させて、前期の成績を表示してレイージョに渡した。


それを受け取った彼女は眉をひそめて大きなため息をついた。更に画面を動かして試験の答案を確認していった。そのたびに顔が険しくなっていった。


そんなお顔も美しいのだが、彼女から出ているオーラが怖かった。

こんなに怖いと思ったのは初めてだ。


「授業は内容理解しているの?」


その言葉に首を振った。授業は全教科チンプンカンプンだ。

試験の成績が悪くとも教師は何も言わない。村の学校では怒られ残されやらさせたが、学園ではそう言ったことがなかった。


「成績優秀な人間になってくれるかしら? それが生涯わたくしといる最低条件なのよ」

「あわわわ」


今までの質問には即答できたが、これは難しい。

そもそも、勉強というものが好きではない。


「わたくしの傍に居たいのよね?」

「はい」

「では、夏季の休校中は、1日10時間勉強しなさい」

「あわわわ」


休校期間に予定があるわけではない。学園卒業後まで、村に帰るはもちろん学園から出ることを許されていないため一日寝て過ごそうかと思っていた。


「安心して、できるかぎり、わたくしも付き合うわ」

「……」


レイージョと共に居られるのは嬉しかった。しかし、その理由が勉強ではテンションが下がりすぎて地下に埋まってしまった。


レイージョは立ち上がると、書斎へ入っていった。何も言わずに行ったがいい予感はしかなった

数分経つと、分厚い本を数冊持ってきた。レイージョの細い腕では持てそうにない量であったが、彼女は辛そうな顔を一切していない。


本をローテーブルの上にそっと置くと、また隣に腰かけた。


「明日の夕方までに全て読みなさい。少なくても1冊は読み切るのよ」

「……」


即答できない。

見ているだけで、頭がくらくらとした。


「貴女が嫌っている王太子は年齢一桁の時にこの書物を全て理解しているわよ。彼はアホだけど、馬鹿じゃないわ」

「……」


王太子に対して苦手意識はあるが、それをはっきりと言葉にされると戸惑う。そもそも、王太子は王族なのだから自分とは能力が違うと思った。


「わたくしは使えない子いらないのよ」


顎に手を当てて、そう言ったレイージョの表情にゾッとした。

本気で捨てられると思うと顔が青くなった。


「……わかりました」小さな声で涙目になって答えた。


頷くとレイージョは立ち上がった。そのことに驚いて彼女の顔をじっと見た。


「……一緒に勉強」


小さな声で言いながら、おずおずと手を伸ばしてレイージョの制服のスカートを掴んだ。これだけの本を読めるか不安であり、寂しさを感じて全身でレイージョに訴えた。


彼女は優しく微笑むとスカートを掴んでいるミヅキの手をとった。

そして、膝をつくとその手に口づけしたのだ。

それはまるで姫を守ると誓う王子様のようであった。


貴族令嬢はやられる側であって、けしてやるものではない。


その時のレイージョに貴族令嬢ではなく、自分を守ってくれる王子様に思えた。胸が高鳴り、顔が火照るのを感じた。


「あ、あ……」言葉が上手くでなかった。


「ごめんね。どうしてもやらなきゃならないことがあるから。夜には戻るわ」

「……はい」顔を真っ赤にしながら、頷いた。


レイージョはミヅキの頭を優しく撫ぜた後、出かけて行った。


口づけされた手が、熱を持った。その手を大切に抱きしめながら、レイージョの出て行った扉をじっと見ていた。


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