第4話 部屋案内
寮は学園の敷地内にあった。
ミヅキは寮の前に立つと大きく目をあけた。
「お城みたいですね」
「そうですわね。ここが女子寮で向こうが男子寮ですわ」
レイージョは並んでいる建物を指さして教えてくれた。そして「行きますわよ」と言われ、寮の中に入った。
「一階は男子寮とつながっていますの。ここがエントランスですわ。奥にラウンジがありますの。寮ではここのみ男女の交流ができますわ」
玄関を入ると、大きな広間が広がり、奥には真っ白い大きなソファとローテーブルがいくつも置いてあった。今は利用している人間はいない。
床は石で出来ており、ピカピカと光っていた。
「きれいですね」
「そうですね。建物の整備はほとんど寄付金で賄っていますのよ」
“税金”を気にしている自分を気遣うレイージョのセリフに心が温かくなった。
「こちらへ」とレイージョに手を引かれてエレベーターホールに向かった。
二つのエレベーターがあったが、レイージョはそこを通りすぎて奥へと歩いていった。不思議の思いながらも彼女についていくと、別のエレベーターがあった。
「生徒会専用フロワーに向かいますわ」
そう言って、エレベーターの横にある文字盤に手をかざした。
「ミヅキちゃんもかざして」
そう言われて、レイージョの顔を見ながら恐る恐る手をかざした。すると文字盤が光り痛みを感じた。それに驚いて手を離しそうになったがレイージョに抑えられた。
「今、登録していますの。生徒会専用のエレベーターはわたくしの許可が必要なのですわ。ちなみに男子はアキヒト様ですわ」
「レイ……ショ、レイージョ様が卒業したら……」名前を間違えて、慌てて言い直すとレイージョは、口を抑えて上品に笑った。
「言いづらいですわよね。レイでいいですわよ」
「レイ様」
名前を言うと優しく微笑んだ。この人の笑顔は本当に可愛くて美しいので見惚れる。何時間でも見ていたかった。
「それで? わたくしが卒業したらでしたっけ? 勿論、この役目は誰かに引き続きますわよ」
「そうですよね」
その時ちょうどエレベーターが来たので、レイージョに促されてエレベーターに乗った。
エレベーターは生徒会専用フロワー直通であるためすぐに最上階についた。
「ここに住んでいるのはわたくしとミヅキちゃんしかいませんから自由に使えますよ」
説明を受けながらレイージョと赤い絨毯の上を歩いた。
まるで、異世界のような場所に胸がわくわくしてキョロキョロと周りをみた。それを見たレイージョにクスリと笑われて恥ずかしくなった。
すこし歩くと扉が見えてきた。
「部屋は全部で4室ありますわ。どこでもいいのですが、決まったら申請が必要ですの。それはわたくしがやりますけどね」
「えっと……」どう選んでいいか迷った。
「わたくしの隣の部屋入ってみますか?」
不安を察して、部屋を案内してくれると言ってくれたレイージョを天使か女神だと思った。出会って初日であったがミヅキはレイージョのことを慕っていた。
扉の横にエレベーターと同じような文字盤があった。レイージョはそこに手をかざしてから番号を押すとガチャリと鍵が開いた音がした。
部屋に入るとそこフラットであったがミヅキの家よりも広い場所であった。玄関を入って少し廊下を歩くとリビングがあった。そこにはオープンキッチンがついていた。
その他に部屋が2つある。それとは別にトイレとシャワー室があった。
一人で生活するには不安になるほど広かった。
「何が不安ですの? 掃除なら頼めますわ。必要ならメイドも依頼できますわよ」
「え……知らない人はちょっと」
そんなミヅキの様子を見てレイージョは顎に手を当てて考えた。
「ミヅキちゃんはご両親とご実家暮らしでしたの?」
「ええ」
「一人部屋はありまして?」
「ええ。でも、ベッドと机があるだけで」
この部屋を見れば見るほど、自分の家に帰りたかった。豪華だが寂しすぎた。寮生活とき聞いて寮母みたいな人がいて、食堂で他の生徒と食事をとるのだと思っていた。
これでは毎日一人ご飯だ。
「この部屋を申請しますが、慣れるまではしばらくわたくしと一緒に生活しますか?」
女神様の優しいお言葉がきた。
彼女はミヅキの心を読んだように、察して動いてくれた。
“レイ様大好き”という気持ちがミヅキの中で膨れ上がった。俺様でわがままなガキやよくわかない王太子に出会い不安であったがレイージョがいれば乗り切れると思った。
「ありがとうございます」
嬉しさのあまり、レイージョに抱き着いた。
すぐに、お貴族様に対して失礼なことをしてしまったと思い離れようとしたが、レイージョは抱き返してくれた。
女神。
超愛しています。
心の中で、レイージョに対しての感謝を叫び続けた。
「ミ、ミヅキちゃん、へ、部屋いきましょうか」
ミヅキから離れたレイージョの言葉が震えていた。ほのかに顔も赤くなっているような気がした。体調が悪いのかと心配して声を掛けたが“大丈夫”と言って扉に向かったので慌てて追いかけた。
一度廊下に出てから、レイージョの部屋の入るとほのかにいい香りがした。香水でも使っているのか確認したが何もしていないと言っていた。
女神は体臭もいい香りなのだと思った。
「え、いえ。その……」
突然、横にいたレイージョが顔を赤くしてどもった。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。気になさらないでくださいまし。あまり慣れていなくて……」
慣れていない……?
彼女の言葉の意味が分からず悩んだ。
自分がここにいるからだと思い、顔を上げると眉を下げてレイージョを見た。
「あぁ、そうですよね。申し訳ありません。同じ部屋に他人がいるなんて嫌ですよね」
「いいえ、そういうことではありませんわ」
レイージョは困った顔をした後、にこりと優しく微笑んで「来てくれて嬉しいですわ」と極上の笑みをくれた。
もう、女神なんて言葉では表せないほど素敵すぎて口を抑えた。呼吸困難になりそうであった。
必死に呼吸を整えて、レイージョに向かってほほ笑んだ。彼女に比べたら“月とスッポン”だろうが、感謝の気持ちを表現したかった。
「あ、はい。では、ミヅキちゃんが、ここで、使う部屋を案内しますわ」
まるで言語を覚えたての赤ちゃんのような話し方をした。顔の赤みも収まらないようであるし、体調が悪いのではないかと心配になった。
「あの、案内は大丈夫ですので少し休みませんか?」
「大丈夫ですわ」
そう言っているが強がりに見えた。
熱があるのかと心配して、おでこに触れると少し暖かいような気がした。顔は先ほどよりも赤みが増していた。
「大丈夫ではありません」
無理をしているようなので少し言葉を強めて、ミヅキは彼女を背負った。最初は驚いて降りようとしたが、“危ない”ことを伝えると大人しくなった。
「寝室はどこです?」
聞くと、レイージョは弱々しく、近くの部屋の扉を指さした。その部屋へレイージョに振動がいかないようゆっくりと歩いて向かった。
背中にいるレイージョからはいい匂いがした。
背中に彼女の胸が当たる感触があった。
心臓の音が早くなるのがはっきりと分かった。
具合の悪い彼女に対して、そんな気持ちを抱いている自分の活を入れた。
寝室に入ると、中央に大きなベッドがあった。そのベッドにレイージョをゆっくりと寝かせた。そして、靴を脱がしベッドの横に揃えた。
「あの、飲み物を持ってきますね。台所を使わせてください」
そう言ってレイージョの返事を待たずに部屋を出ると、台所に向かった。
広い台所は綺麗に片付けられていた。レイージョは料理をするようで、ミヅキには用途の分からない調味料が並んでいた。
台所の一番奥に、大きな四角箱があった。
「なにこれ?」
不思議に思いその箱の周りを見た。すると、箱から紐が出て壁に繋がっていた。
「ふーん」
箱は開くようで、取っ手がついていた。勝手に開けるのはマズイかと思ったが台所を使っていいと言ったような気がするので開けて見た。
「うわぁ」
箱の中は冷たかった。驚いて、箱から数センチ離れてそれを覗き込んだ。危害を加える物ではないとわかると、箱の中に手を入れて入っている物に触れた。
「冷たい」
開けた扉の裏側に容器に入った水があったのでそれを取り出し、箱を閉めた。
その容器を持っていた手が震えていた。心臓もバクバクと早くなっていた。
呼吸を整えて、棚からコップを出すと容器を持ってレイージョの部屋へ戻った。
「あ、ミヅキちゃん」
寝ていたレイージョは、ミヅキを見ると起き上がりベッドに座った。ミヅキが寝ているように伝えたがレイージョは首を振った。そして、ミヅキから水を受け取ると礼を言ってゆっくりとそれを口にいれた。
「大丈夫よ。具合が悪いわけじゃないから」優しく微笑んだ。「その、ちょっと疲れただけですのよ」
儚く微笑むレイージョに、申し訳ない気持ちになった。今日は色々あり、レイージョに迷惑をかけてしまったことは分かっている。
制服も素直にもらった物を着ればよかった。わがままを言わないように、しようと誓った。
「今日は申し訳ありません」
「いいのですよ。今後も嫌なことは、嫌と言ってください。差別するわけじゃないのですが、ミヅキちゃんとここの貴族は考え方が違います。身分を気にする貴族も多いです。困った事があったらわたくしの名前を使ってかまいません。相談にも乗りますわ」
天使。
女神。
神様。
聖女。
もう、大好き。
貴族なんてクソだと思っていたミヅキであったが、レイージョの優しさに心が熱くなった。
「あ、いえ……」また、レイージョの顔が赤くなった。
「顔が赤いです」
眉を下げてレイージョを見ると、彼女は首をふった。
「あの、えっと」レイージョは顎に手を当てて少し悩むと口をゆっくりと開いた。「嬉しいからですわ。ミヅキちゃんと居られて嬉しくて顔が赤くなってしまいますの」
そう言って、レイージョは赤い頬を抑えながらほほ笑んだ。
なんと。
レイージョが可愛くて仕方なかった。抱きしめたい気持ちを必死に抑えた。さっきは抱きしめてしまったが、貴族にそんな無礼がことはできない。
すると、突然レイージョに手を引かれて抱きしめられた。彼女からするいい香りに心臓が壊れそうなくらい暴れている。
「あ、あの」
レイージョは動揺するミヅキを更に強く抱きしめ、ミヅキの胸に額をつけた。そのためレイージョの表情がよく分からなかった。
「わたくしはミヅキちゃんの存在に感謝しておりますの。抱きしめては迷惑でしたか? さきほど貴女に触れられて嬉しく思いましたの」
おおおおおおおおお。
あああああああああ。
語彙力が死亡した。
顔は見えないが耳が真っ赤になっているところからレイージョの表情は想像できた。
嬉しいってことは、これからも抱きしめていいって事と思ったがそれは流石にやりすぎだと首を振った。レイージョは優しいため、自分に気を遣ってくれているのだと浮かれる気持ちを抑えた。
レイージョは顔を上げてミヅキを見た。
上目遣いきた。
ごちそうさまでした。
ありがとうございました。
「えっと、そのまた抱きしめてもいいですか? それと、ミヅキちゃんもしてくれると嬉しいですわ」
頭が爆発した。
思考回路停止。
「あ、あの迷惑でしたら申し訳ありませんわ」悲しそうな顔をしてレイージョは下を向いた。
そんな、訳ない。
もう、一生抱きしめていてもいい。
ミヅキはレイージョの背中に手をまわし、ゆっくりと自分に近づけた。彼女の綺麗な銀色の髪が手に触れた。
早くなった心臓の音が聞かれそうで恥ずかしかったが、彼女を離したくなかった。
レイージョはミヅキの胸に頬を付けた。
「ドキドキしていますわね。わたくしも幸せでドキドキしますの」
「レイ様」
強く強く、レイージョを抱きしめた。なぜ、ここまで自分を慕ってくれるか分からなかったが、今までにないくらい幸せだった。
村での生活が不幸であった訳ではない。両親からたくさんの愛情をもらった。しかし、自分から愛を渡したいと思ったのは彼女だけであった。
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